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冬に咲く花

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 真っ先に反応したのはルイだった。


「緊急事態を知らせる合図だ」


 それを聞いて、孝宏は例の記憶を思い出した。


「まさか……だってあれは27日で今日はまだ…………」


「今日は24日だけど、それが何?」


「それは……それは……ば、馬鹿な!早すぎる! って言ってみたりして………ははっは、は……」


 芝居がかった口調に、ルイが呆れて小さく舌打ちをする。


――kachikaci――



「ふざけてないで、早く皆の所に戻ろう!ここも危ないかもしれない!」



――kachikachikachikachi――

――kachikaci――



「……何の音だ?」


 二人からさほど遠くない、近くから聞こえた。


 周囲を見渡せば、崩れた建物の向こう側、薄く半透明の羽が二枚つき出している。

 羽が震え、その度に不気味な音が聞こえてきた。


「タカヒロは下がってて」


 すかさずルイが孝宏の前に立ち、自分の短剣を引き抜き構えた。


 羽が建物の下に隠れたかと思うと、とうとうそいつは姿を現した。

 三つに分かれた、体を覆う漆黒の甲羅。顔を半分を占める巨大な目に、蛾のような二本の触覚。

 胸部分に四本、腹部分に二本、合計六本の足。前四本に比べると、極端に太い後ろ足の、ふくらはぎに生える四本の鉤状の刺。

 背中には細長い半透明の羽が生え、頻りに震わせている。頭、胸、腹を繋ぐ関節部分は極端にクビれ、手足を含めるすべての関節を小さな球体が繋ぐ。


 それを見た瞬間、ルイが空に向かって魔術を打ち上げた。空にがたなびく。


――kachikachikachi――


 それは発達した大きな顎で音を立てていた。

 威嚇しているのだろう。一般的な日本人男性ほどの大きさのそれは、一言で表すのなら巨大なアリ。

 ただし羽はトンボの、触角は蛾の物によく似ている。

 お尻は薄い黒と漆黒の縞模様で、先にはとがった針が見え隠れする。収納式になっている辺り、まるで蜂のようだ。


「岩に捕らわれるのは、黒い侵入者。包まれて残るのは石の人形。これで……終わりだ」


 ルイが呪文を唱えた。石の壁が地面から伸び、巨大アリを囲ったが、巨大アリの強靭な顎は、石など簡単に噛み砕いてしまった。

 石の壁がガラガラ音を立てて崩れていく。


 巨大アリは太い後ろ足で地面を思いっきり蹴ると、羽をバタつかせ、一気に間合いを詰め襲い掛かってきた。ルイは孝宏を横に引っ張って避わし、二人とも地面に倒れこんだ。


「タカヒロは逃げる事を考えて。でないと死ぬよ」


 ルイはすばやく体勢を直しつつ、孝宏を背に隠すと、巨大アリに短剣を向けた。

 続けざまに火の魔術を放つが、アリの黒い体は、弾けた水滴が如く平然と火を受け流した。


「こいつもあれと一緒か。くそっ!」



 ならばと、今度は孝宏がルイの前に出た。



「頼むから、届いてくれよ」


 孝宏は検問所でもしたように、火の槍を巨大アリ目掛け投げた。

 やはり槍はすぐに崩れ刺さ去らなかったが、代わりに相手を炎で包んだ。

 羽が解け、触角が燃えていく。

 恐ろしいことに体が火に包まれ焼かれてもなお、アリの闘志は消えなかった。

 燃え盛る羽を羽ばたかせ、獲物目掛けて飛びかかってくる。


 二人は左右に飛びかわし、同時にルイの体が大きく真紅の獣へと膨れ上がった。

 体の大きさならルイの方が大きい。

 ルイが横から巨大アリの首元を抑え込み、蟻の目に牙をむき出しに噛みついた。体全体を使いアリの行動を封じにかかる。

 その隙に、孝宏はアリの側面から、頭と胸を繋ぐ関節に、引き抜いた自身の短剣を振り下ろしたが、関節をすっぽりと覆う黒い球体が、いとも容易く短剣を跳ね返した。


 蟻の体は恐ろしく固く、短剣どころか、ルイの牙も通しはしない。


 巨大アリとルイがもみ合っている内に、火がルイにも燃え移った。


 二体の獣は同じに色に染まっていってしまう。


「ルイ、そいつから離れろ!お前まで燃えるだろうが!」


 孝宏は力の限り叫んだ。

 しかし聞こえていないのか、ルイは蟻から離れようとしない。


 大きな生物同士の取っ組み合いの間に割って入れるほど、孝宏は強靱な肉体も勇気も持っておらず、だからといって引き離す妙案も思いつかない。


(俺がいるから、ルイも逃げない?だってさっきも俺をかばって……)


 ならば逃げよう、とはならなかった。孝宏は弱点を探すべく、アリをギッと睨み付けた。


 孝宏は荒れくるう感情を内にぎゅっと押し込め、冷静という仮面をかぶり、用心深く巨大蟻アリの体に隙間を探した。

 短剣を握る拳に力が入り、柄頭を太ももに打ち付けた。


「見つけた!」


 孝宏は叫んだかと思えば、徐に靴と靴下を脱ぎ走り出した。

 助走をつけ、巨大蟻の背後から飛び掛かると、振り落とされないよう、全身を使いしがみついた。


「ぐっ……」


 アリの体は見た目通りツルツルして、指先まで神経を尖らせていないと、すぐにでも振り落とされてしまいそうだ。


「ここ……だぁ」



 孝宏は巨大アリの背中の二つの穴に手をかけた。



 背中に空いた二つの穴、それはアリの焼き切った羽のあった場所だ。

 蟻が大きく体を揺さぶり孝宏を落としにかかるが、後は指先から火を中に注ぎこむだけだで済む。


 吹き飛ばされる寸前、穴に指をかけた瞬間に、孝宏は凶鳥の兆しの火を注ぎ込んだ。


 瓦礫の上に投げ出された孝宏が、頭を振り起き上がった時には、すでに勝敗は決していた。


 ルイも離れ、単体で体を震わせている巨大アリを見て、孝宏はふっと力を抜いた。もう襲ってこないだろう。

 指先から炎とを繋ぐ感覚がなくなる。


 だがすぐに間違いに気が付いた。


「しまった!ルイ!すぐに火を消すから!」


 蟻の獣と違って、ルイの火の回りが遅いのは、孝宏が無意識に加減をしていたためだろう。


 ルイも火を消そうと躍起になり、地面に体をこすり合わせているが、見る限り効果のほどは期待できない。


(消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ……)


 孝宏が心の中で強く念じても、一度手放した感覚は簡単には繋がらず、僅かに掴み取り勢いを弱めても、消すまでは叶わなかった。

 孝宏の視界の端に、地面に置き去りになっていたルイの短剣が映った。


「これなら……」


 もはや何の躊躇もなかった。孝宏は迷いなくそれを拾い上げ、左手で刃を握り込んだ。


「だぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!」


 鋭い痛みと気合の悲鳴。

 火は一度ルイを包み、そして狙い通り、一瞬にして消えさった。


 同様に蟻の火も消えてしまったが、幸いにも、蟻はもはや動かなかった。


 
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