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冬に咲く花
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教会までは知っている光景だったが、その奥は想像以上に悲惨だった。
一面黒く煤けた大地が広がる。
足を踏み入れるのに、多分な勇気を振り絞らなければいけないだろう。
「だ、誰か……いませんか?」
声が震える。孝広は心の中で自分を叱咤し、足を村の奥へ進めた。
それから数時間、孝宏はできるだけ丁寧に、村の中を見てわまった。
本当は生存者でも発見できればと思っていたのだが、今の所、奇跡は起きていない。
ないよりは良いだろうと、運よく焼け残ったものを集め、袋の中は少しずつであるが増えていた。
その頃になると、耐火用布が存在感を増していた。
そこはまさに地獄と呼ぶにふさわしく感じた。
一面の焼野原には生き物の気配はなく、辛うじて焼け残った人形や道具たちが、現れもしない持ち主を待っている。
それから回収されず放置された、もう動かない人々もまた、誰かを待っている気がした。
テレビでは決して流れない現実が、孝宏の目の前に広がっている。
今が冬なのが何よりも幸いだったと、心の底から思った。
村の奥では、毒を噴き出す獣もいくつか見た。それに火が有効だと知ったのは単なる事故だった。
建物の陰に獣の死体があったのだが、焼け残ったものがないか、探すのに夢中になっていた孝宏は、気が付かず、うっかり傍まで近づいてしまった。
防火用布はともかく、剥き出しの手に走る激痛に、孝宏は火を力任せに飛ばした。
すると獣は燃え上がり、一瞬にして、毒の霧までもが消えてしまったのだ。
それから孝宏は探しながらも、目につく獣をすべて燃やして回った。
何かあった際、人間側が立ち回りやすいようにだ。
関節が痛むのも、体が鉛のように重くなるのも、恐怖と後悔の念でねじ伏せた。
それまで見てきた中で、割と原型を留めている建物の中を覗いた時だった。
原型を留めているとはいえ、壁の一部と屋根はほぼ崩れ落ち、室内は外気に晒されている。
黒く炭化した室内を見るに、ここも他と違わず、炎にまかれたのだろう。
「誰か、いますか?」
とても静かだった。
自分の荒い息でさえ、恐怖を掻きたてる。
溢れる涙は拭わず、嗚咽を止める術もなく、感情を制御することなど、もはや不可能だった。火は絶えず零れ出て、耐火用布は内側から溶けはじめていた。
奥の台所には回収できそうなのは残っておらず、孝宏は右手のドアから奥へ進んだ。
一つ目の部屋は屋根どころか、壁も崩れ、部屋そのものがなくなっていた。
二つ目の部屋も屋根はなく、壁は残っていたが、ヒビが入って今にも崩れ落ちそうだった。
「誰かいませんか?」
耳を澄ましても誰の返事もなく、瓦礫をいくつかどかしてみたが何も見つからなかった。
「何も……ない」
孝宏は安堵のため息を吐いて、また泣いた。
最後の部屋を覗いた時、孝宏は驚いた。
部屋のドアと入り口付近は黒く焼け、壁の一部がはがれ落ちているだけで、大部分がソックリそのまま存在していたのだ。
部屋はさほど広くなかったが、天井まである本棚で埋め尽くされ、それらは煤で汚れているだけで、焦げてすらない。
棚に並ぶ本は魔術書が大半を占めていた。
一部本が並んでいない棚には、術式を細工した、様々な魔法具が並んでいる。
町中が瓦礫と化し、崩れずに残っていた建物は、オウカが守った教会一つだけ。
この建物だけを見たとしても、部屋は異様だった。
「ここはルイたちに見せた方が良いのかもしれない」
孝宏は直感的に思った。
棚の中から何かの役に立つかもしれないと、いくつかの魔法具と、机の上に置いてあった手書きのノートを一冊、他とは別の袋に入れた。
逆に多すぎる本は手を付けなかった。キリがないからだ。
孝宏が部屋を出ようとした時、崩れた壁に見覚えのある模様が描かれているのに気が付いた。
真下に落ちていた崩れた落ちた壁を拾って合わせてみると、それは円の中に三角が二つ、上下逆に重なり合っている、いわゆるダビデの星に酷似た模様だった。
「これってあれだろう?魔法物とかでよく出てくるやつ」
壁に描かれた模様は線ではなく、小さな文字が並んで描かれており、その文字の羅列は、孝宏の知る術式に良く似ていた。
さらには剥がれた落ちた壁中に、布地の質感を持った物体を見つけた。孝宏が壁を剥がし、奥の物を取り出してみると、出てきたのは一冊の小さな、おそらくは手作りとおぼしき絵本だった。
左のページに手書きの文字と、右のページにはおそらく子供の書いた絵。
青色の装丁、厚さは一センチはあるだろうか。背表紙はなく、紐でしっかり閉じられている。
表紙に題名はなく、壁と同じ魔法陣が描かれており、裏表紙にも雰囲気の違う魔法陣がある。
内表紙に書かれた題名は《勇者の物語》
他と違い明らかに隠されている本を、持って行ってよいものか。孝宏は迷った挙句、上着のポケットに入れた。
一面黒く煤けた大地が広がる。
足を踏み入れるのに、多分な勇気を振り絞らなければいけないだろう。
「だ、誰か……いませんか?」
声が震える。孝広は心の中で自分を叱咤し、足を村の奥へ進めた。
それから数時間、孝宏はできるだけ丁寧に、村の中を見てわまった。
本当は生存者でも発見できればと思っていたのだが、今の所、奇跡は起きていない。
ないよりは良いだろうと、運よく焼け残ったものを集め、袋の中は少しずつであるが増えていた。
その頃になると、耐火用布が存在感を増していた。
そこはまさに地獄と呼ぶにふさわしく感じた。
一面の焼野原には生き物の気配はなく、辛うじて焼け残った人形や道具たちが、現れもしない持ち主を待っている。
それから回収されず放置された、もう動かない人々もまた、誰かを待っている気がした。
テレビでは決して流れない現実が、孝宏の目の前に広がっている。
今が冬なのが何よりも幸いだったと、心の底から思った。
村の奥では、毒を噴き出す獣もいくつか見た。それに火が有効だと知ったのは単なる事故だった。
建物の陰に獣の死体があったのだが、焼け残ったものがないか、探すのに夢中になっていた孝宏は、気が付かず、うっかり傍まで近づいてしまった。
防火用布はともかく、剥き出しの手に走る激痛に、孝宏は火を力任せに飛ばした。
すると獣は燃え上がり、一瞬にして、毒の霧までもが消えてしまったのだ。
それから孝宏は探しながらも、目につく獣をすべて燃やして回った。
何かあった際、人間側が立ち回りやすいようにだ。
関節が痛むのも、体が鉛のように重くなるのも、恐怖と後悔の念でねじ伏せた。
それまで見てきた中で、割と原型を留めている建物の中を覗いた時だった。
原型を留めているとはいえ、壁の一部と屋根はほぼ崩れ落ち、室内は外気に晒されている。
黒く炭化した室内を見るに、ここも他と違わず、炎にまかれたのだろう。
「誰か、いますか?」
とても静かだった。
自分の荒い息でさえ、恐怖を掻きたてる。
溢れる涙は拭わず、嗚咽を止める術もなく、感情を制御することなど、もはや不可能だった。火は絶えず零れ出て、耐火用布は内側から溶けはじめていた。
奥の台所には回収できそうなのは残っておらず、孝宏は右手のドアから奥へ進んだ。
一つ目の部屋は屋根どころか、壁も崩れ、部屋そのものがなくなっていた。
二つ目の部屋も屋根はなく、壁は残っていたが、ヒビが入って今にも崩れ落ちそうだった。
「誰かいませんか?」
耳を澄ましても誰の返事もなく、瓦礫をいくつかどかしてみたが何も見つからなかった。
「何も……ない」
孝宏は安堵のため息を吐いて、また泣いた。
最後の部屋を覗いた時、孝宏は驚いた。
部屋のドアと入り口付近は黒く焼け、壁の一部がはがれ落ちているだけで、大部分がソックリそのまま存在していたのだ。
部屋はさほど広くなかったが、天井まである本棚で埋め尽くされ、それらは煤で汚れているだけで、焦げてすらない。
棚に並ぶ本は魔術書が大半を占めていた。
一部本が並んでいない棚には、術式を細工した、様々な魔法具が並んでいる。
町中が瓦礫と化し、崩れずに残っていた建物は、オウカが守った教会一つだけ。
この建物だけを見たとしても、部屋は異様だった。
「ここはルイたちに見せた方が良いのかもしれない」
孝宏は直感的に思った。
棚の中から何かの役に立つかもしれないと、いくつかの魔法具と、机の上に置いてあった手書きのノートを一冊、他とは別の袋に入れた。
逆に多すぎる本は手を付けなかった。キリがないからだ。
孝宏が部屋を出ようとした時、崩れた壁に見覚えのある模様が描かれているのに気が付いた。
真下に落ちていた崩れた落ちた壁を拾って合わせてみると、それは円の中に三角が二つ、上下逆に重なり合っている、いわゆるダビデの星に酷似た模様だった。
「これってあれだろう?魔法物とかでよく出てくるやつ」
壁に描かれた模様は線ではなく、小さな文字が並んで描かれており、その文字の羅列は、孝宏の知る術式に良く似ていた。
さらには剥がれた落ちた壁中に、布地の質感を持った物体を見つけた。孝宏が壁を剥がし、奥の物を取り出してみると、出てきたのは一冊の小さな、おそらくは手作りとおぼしき絵本だった。
左のページに手書きの文字と、右のページにはおそらく子供の書いた絵。
青色の装丁、厚さは一センチはあるだろうか。背表紙はなく、紐でしっかり閉じられている。
表紙に題名はなく、壁と同じ魔法陣が描かれており、裏表紙にも雰囲気の違う魔法陣がある。
内表紙に書かれた題名は《勇者の物語》
他と違い明らかに隠されている本を、持って行ってよいものか。孝宏は迷った挙句、上着のポケットに入れた。
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