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冬に咲く花

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 その後、孝宏は何も言わず服を着て、その場を後にした。

 外に出る間際、魔術師に餞別と言われ渡されたのは、壊れていた孝宏の携帯電話だった。やはり何も言わず受け取り、外に出た。

 気分は最悪だった。苛立ちばかりが先立ち、やり場のない怒りが心の中で燻っていた。

 ふと手に持った、二つ折りの携帯電話が光っているのに気が付いた。


「まさか!?」


 焦って開くと、壊れていたはずの携帯はすっかり直っており、孝宏は電話を掛けようとボタンを押した。


「………………………………繋がらない。」


 よく見ると圏外で、当たり前と言えば当たり前なのだが、期待した分肩すかしな気分だ。


(未読のメール?)


 孝宏がボタンを押すと、電子音と共にメール一覧が表示された。


(本当に全部直ってる……信じらんねぇ)


「何だよ……これ」


 画面に表示されたのは学校の友人や家族からの、たくさんのメールだった。


――早く帰ってこい――

――おーい、今どこだよ?――

――お前どこにいるんだよ。皆心配してんだぞ?――

――父さんも母さんも孝宏の無事を信じてるから。必ず、見つけるから――



「父さん……母さん……」


 胸が痛い。

 自分は無事でいると伝えられたら、どれだけ良いだろう。

 自分を探して憔悴しているであろう両親や、心配してくれている友人たちを思うと、胸が締め付けられる思いだ。


 孝宏はメールの中に木下からのメールを見つけた。


 いくつかあるうちのほとんどは安否を気遣うのもであったが、たった一つだけ、他と違うメールを見つけた。

 日付は、携帯電話の日付からちょうど10日前、電話が通じた日だ。思わず息を飲む。








――どの世界だって待ってるから――



































――あなたが好きです――







 孝宏は両手で握りしめた携帯を胸に押し当てた。




 夜空を仰げば雲が晴れ、満点の星空が広がる。

 いつかだったか、子供の頃母方の田舎で、星座早見盤片手に眺めた星空を思い出した。


(星座盤あってもここじゃあ意味ないよな)


 大きく吐き出す息が震えていた。

 車の傍まで来ると、すぐ横で白い獣が丸まって寝ていた。


(白い、大きな……狼?カダン?)


 孝宏が近づくと、気が付いて頭を上げた。獣姿のためなのか、一言も喋らない。孝宏は震える手で腹を撫でた。


「カダン……だよな?」


 獣が尻尾を上下に振った。孝宏は合図の意味を理解できなかったが、一度見たカダンの姿はまだ記憶に新しい。

 勝手に肯定と判断し、腹と後ろ足の辺りに寄りかかり目を閉じた。カダンに嫌がる素振りはない。


 カダンは温かく、孝宏の緊張も徐々に解けてくる。

 孝宏は嗚咽が漏れないよう、柔らかい毛に顔を埋めて泣いた。

 カダンが大きな尻尾を毛布代わりに孝宏に当てると心地良く、孝宏はいつの間にか眠ってしまっていた。





 そして夜が明けた。

 カダンたちがその晩の出来事の一部を知ったのは、翌朝になってからだった。

 が村人が集められているテントに赴いた時に、すでに噂はテント中に広まり、収拾がつかなくなっていた。


 噂の内容は《孝宏が例の化け物の仲間》だという。


 そして、襲われた恐怖から逃れられない村人たちは、簡単に怒りの矛先をカウルたちに向けた。

 冷静な者など、一人もいなかった。



「どうして村を襲ったやつを連れてきた!?」
「あの化け物を許すな!」
「お前たちは故郷を裏切るのか!?」


「サドラおじさん落ち着いて。タカヒロはあいつらの仲間じゃないよ。僕らの仲間なんだ」


「なら、どうして見た人がいるんだ!?きっとお前は騙されているんだ」


 いくらルイがなだめても


「グリナイア…………もう村に帰ってきてのか。しっかりしろ。今手当してやるから」


「これってあなたたちの復讐じゃないよね?昔の仕返しに、あの化け物を仕掛けたんじゃないわよね?例の子供と二人は違うのよね?」


「そんな……わ、け………………あるはず無いだろう?その例の子供も皆を助けに来た味方だ」


 拳を握りながらも、冷静にカウルが諭しても、心の風向きは変わりはしなかった。




「これじゃあ、埒が明かないね」


 孝宏を除く4人は一旦テントの外に出ていた。苛立ちを隠せないカダンの指が組んだ腕でリズムを刻んでいる。


「まあ、仕方ないんじゃない?こんな状態ですもの、情報を聞き出すにしても、本当のことを分かってもらうにしても、もう少し時間が必要ね」


「だな。とにかくタカヒロはこのテントに近づけさせないほうが良い」


 孝宏が今朝外に出るのを渋った理由がよくわかる。

 病気を装っていたが、孝宏は演技が得意でないらしい。

 無理矢理にでも連れて来なくて正解だったと、カウルは内心ホッとしていた。


 もしもこの場に孝宏がいたら、こんなものでは済まなかったはずだ。


「誰かタカヒロに事情を説明しに行かないと。ああ、僕が行ってこよ……」


「そうだな。今なら二人っきりになれるぞ。しばらくぶりだろ?ついでに看病でもして来いよ」


 カウルがカダンに対して食い気味で言った。

 カダンと孝宏が二人っきりになるのはそう珍しい事でもない。カウルが意味ありげに笑みを浮かべるのを、カダンは不機嫌に返す。


「何が言いたい?俺は別にそんなの…………どうでも良いよ」


「そういえば、昨夜は外で二人っきりだったじゃない?何してたの?」



「……………別に、何もないよ」


 マリーまで何をと、カダンが溜息を吐いた。


「じゃあ僕が行ってくる!ついでに看病もしてこようかなー」


 明らかな仮病に看病も何もない。カウルも飽きれた様にルイを見て、首を振った。


「何でもいいから早く行って。伝えに行くだけで大げさだよ」


「わかってるって。行ってきまーす」


 カダンが払う仕草で、ルイを急かすと、ルイはお道化て言った。



 車はテントの合間を抜けだした先、目前に林のある。

 牛が二頭、物静かに草を食べていた。近づいて来た人物に気が付き、嬉しそうに首を振って鳴いたが、それが敬愛する人でないとわかると、とたんに興味をなくし、再び草を食べ始めた。


「お前たち……露骨すぎるぞ。同じ顔じゃないか。まあ、いいけどね。タカヒロちょっと良い?」


 車の外から声を掛けたが、返事がない。

 きっと寝ているのだと思い、ルイは車の中を覗いた。


「あれ?いないや」


 しかし、車の中は自分たちの荷物があるだけで、肝心の人物がいない。


「まさかすれ違ったとか?う、ん……」


 ルイは腕を組み、ガランとした車内を睨んだ。


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