上 下
57 / 180
冬に咲く花

54

しおりを挟む
 凶鳥の兆しは何者かによって作られた魔法で、単純に言ってしまえば意志を持った魔力の塊と言えるわね。


 精霊と呼ばれる存在にとてもよく似ているわ。これは術式を骨に魔力を肉として、人工的に作られた精霊と言えばわかりやすいかしら。


 ある程度の実力を持った魔術師なら、誰でも人工的精霊を作り出して使役する。だから、存在自体は珍しくないの。

 通常、自然界に存在する、どれだけ強力な精霊でも、自身を構成するのが魔力のみでは、魔力が離散してしまい自身を保てないの。

 人だって、肉体と言う器を持っているでしょう?だから精霊たちは何かに寄生し、自身を保つ必要があるのよ。


 それは人工物だって同じ。術式だけではもろくて保っていられないの。凶鳥の兆しはあなたを依り代としたのね。


 普通人工物は製作者が手放してしまえば消滅するのが常なのに、これは消滅するどころか、自分で新たな依り代を見つけ出した。


 信じられないけど……これを作った人は天才ね。


 でも術式が古過ぎて、かけている部分も多いの。あなたと同化し欠落部分を補っているようだけど、おかげでよくわからない部分が多いのよね。


 あと読み解けるのは、依り代とされたあなたが、凶鳥の兆しを構成する火に支配さているという点。


 おそらく今のままでは、火の魔法以外は使うのは難しいでしょうね。


 それから外部からの魔法を受け付けないみたい。これは推測だけれども、依り代であるあなたを守る為じゃないかしら。

 さっきもすごかったわ。

 腹を殴ったらあなたから炎が噴き出して、私を攻撃し始めるし、焼かれそうになるしで、少しも触れなかったのよ。

 あなたに手出ししないって、何度も言ってようやく大人しくなったの。おかげでここにあなたを連れてくるだけなのに、ハラハラしたわ。


 ただ、私の手当てが有効だったし、今は多少魔法が効くようだけど、同化が進めばどんな魔法もあなたには効かなくなるでしょうね。


 でもそう悲観しなくても大丈夫。

 凶鳥の兆しには、火の属性魔法には通常ないはずの、再生の力があるの。

 たぶん大丈夫でしょうけど、でも、極力危険は避けるのね。大怪我をしても、治癒魔法が効かないって事態も今度は出てくるでしょうね。

 その時凶鳥の兆しがあなたを見捨てず、助けてくれれば良いのでしょうけど、そんな確証はないのでね。





 これらの情報がすべて、一つの術式の中に納まっている情報らしい。

 素人の孝宏には見ただけで、さっぱりなのだが、それを生業としている彼女には、読み解くなど造作もないのだろう。


「これほど強力な力は、普通の人間だと耐えきれず、死んでしまいそうなものよ。だけど今の所あなたには何の影響もないみたい。よほど相性が良いのね」


 孝宏は体を起こした。

 ストーブには火が焚かれ、部屋は十分に暖められている。裸でいても寒くはないが、毛布を前から肩に掛けた。服は枕元に畳んで置いてあり、右手で掴んで、乱暴に毛布の中に引きいれた。


――カシャンー……――


 孝宏の壊れた携帯電話が、服を引き込んだ勢いで床に飛ばされた。携帯はクルクル回りながら、都合よく魔術師の足元へ滑っていく。

 魔術師は携帯電話を拾った。二つ折りの携帯電話を開いて、閉じた。


「そういえば助けて欲しいのよね?」


 どうしてほしいのか、魔術師が尋ねてきた。


「あ……」


 孝宏は一度言いかけた言葉を飲み込んだ。口に手を当て、指で頬をさすり、視線を毛布の上に落とした。


「化け物を倒せる、すごい力が欲しい」


 視線は毛布に注がれたまま、孝宏はピクリとも動かない。魔術師に向いているのは右耳だけ。のど仏が上下する。


「そうじゃなきゃ、村を元に戻したい。前の姿のままに戻したい」


 孝宏の右耳以外の全神経は、毛布に注がれていた。視界もじわじわ狭くなり、自身のプレッシャーに左右から押しつぶされそうだ。


「どちらも無理よ。出来るのなら、事態はもっと簡単に済んでる」


 なんでも願いを聞いてくれると言ったのに、孝宏は裏切られた気分になった。

 正確には私に出来ることなら何でもと言ったのだが、人の記憶が都合よく改ざんされるのは良くあることだ。


「何でだよ!?あんた達すごいんだろう?宮廷魔術師なんだろう?だったら何とかしてくれよ!?」


 孝宏は魔術師を睨んだ。魔術師は椅子から立ち上がり、手に持ってた携帯電話をテーブルの上に置いた。


「皆が化け物を何とかしようと、村の人を助けようと必死になっているの。あなたもそうでしょう?だからここにいる。それで十分じゃない」


「……俺は何もできない。燃やすしかできない、役に立たない……ただの子供だ」


「何もできないと言うのは、無知な人かやる気のない愚かな人の言うことよ。あれだけの力があるのにできないというのは、ただの臆病者と言うのよ」


 魔術師の怒気を孕んだ言葉に、孝宏は顔がさっと熱くなった。


「あなたは誰を、何の為に助けて欲しいの?自分が苦しいだけなら、さっさと家に帰りなさい。迷いがあるやつは、いくら力があろうと足手まといでしかないわ。」


「俺が臆病者だって?……知ってるよ。だから頼んでるじゃないか」


 魔術師を睨む孝宏の目に涙が溢れていた。零すまいと開かれた瞳に力がこもる。


「怖くてたまらない。検問所での出来事を思い出すだけで、体が震えて止まらない。安全だった家に帰りたいし、大切な人達に会いたい……それはそんなに悪いことか?」


 検問所で獣に押し倒され、胸にやつの鋭い爪が食い込み血が流れた。

 息を感じるほどの至近距離でむき出した牙と、自分など丸のみできる大きな口。

 それらは死を覚悟するには十分だった。


「いいえ、悪い事ではないわよ。生き物である以上、自分を守ろうとするのは当然だわ。でも怖いだけなら邪魔よ。この場にはふさわしくない。言ったでしょう?取り返しがつかなくなる前に帰るのね」


「怖いよ!帰れるのなら帰りたい!それでも!あんな思いをするのは嫌だ!何もしなかったことを後悔するのは、もう二度と嫌なんだ。だから力が欲しい。何がいけないんだよ!?」


「無いものねだりは見苦しいわ。誰もが自分のできることを、できる範囲でするのよ」


「やったけど、化け物だって言われた。きっと今のままじゃあ、駄目なんだ」


「なら諦めなさい。他人に何かを求めるには、あなたは幼すぎるわ」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百花繚乱 〜国の姫から極秘任務を受けた俺のスキルの行くところ〜

幻月日
ファンタジー
ーー時は魔物時代。 魔王を頂点とする闇の群勢が世界中に蔓延る中、勇者という職業は人々にとって希望の光だった。 そんな勇者の一人であるシンは、逃れ行き着いた村で村人たちに魔物を差し向けた勇者だと勘違いされてしまい、滞在中の兵団によってシーラ王国へ送られてしまった。 「勇者、シン。あなたには魔王の城に眠る秘宝、それを盗み出して来て欲しいのです」 唐突にアリス王女に突きつけられたのは、自分のようなランクの勇者に与えられる任務ではなかった。レベル50台の魔物をようやく倒せる勇者にとって、レベル100台がいる魔王の城は未知の領域。 「ーー王女が頼む、その任務。俺が引き受ける」 シンの持つスキルが頼りだと言うアリス王女。快く引き受けたわけではなかったが、シンはアリス王女の頼みを引き受けることになり、魔王の城へ旅立つ。 これは魔物が世界に溢れる時代、シーラ王国の姫に頼まれたのをきっかけに魔王の城を目指す勇者の物語。

半身転生

片山瑛二朗
ファンタジー
忘れたい過去、ありますか。やり直したい過去、ありますか。 元高校球児の大学一年生、千葉新(ちばあらた)は通り魔に刺され意識を失った。 気が付くと何もない真っ白な空間にいた新は隣にもう1人、自分自身がいることに理解が追い付かないまま神を自称する女に問われる。 「どちらが元の世界に残り、どちらが異世界に転生しますか」 実質的に帰還不可能となった剣と魔術の異世界で、青年は何を思い、何を成すのか。 消し去りたい過去と向き合い、その上で彼はもう一度立ち上がることが出来るのか。 異世界人アラタ・チバは生きる、ただがむしゃらに、精一杯。 少なくとも始めのうちは主人公は強くないです。 強くなれる素養はありますが強くなるかどうかは別問題、無双が見たい人は主人公が強くなることを信じてその過程をお楽しみください、保証はしかねますが。 異世界は日本と比較して厳しい環境です。 日常的に人が死ぬことはありませんがそれに近いことはままありますし日本に比べればどうしても命の危険は大きいです。 主人公死亡で主人公交代! なんてこともあり得るかもしれません。 つまり主人公だから最強! 主人公だから死なない! そう言ったことは保証できません。 最初の主人公は普通の青年です。 大した学もなければ異世界で役立つ知識があるわけではありません。 神を自称する女に異世界に飛ばされますがすべてを無に帰すチートをもらえるわけではないです。 もしかしたらチートを手にすることなく物語を終える、そんな結末もあるかもです。 ここまで何も確定的なことを言っていませんが最後に、この物語は必ず「完結」します。 長くなるかもしれませんし大して話数は多くならないかもしれません。 ただ必ず完結しますので安心してお読みください。 ブックマーク、評価、感想などいつでもお待ちしています。 この小説は同じ題名、作者名で「小説家になろう」、「カクヨム」様にも掲載しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

シスターヴレイヴ!~上司に捨て駒にされ会社をクビになり無職ニートになった俺が妹と異世界に飛ばされ妹が勇者になったけど何とか生きてます~

尾山塩之進
ファンタジー
鳴鐘 慧河(なるがね けいが)25歳は上司に捨て駒にされ会社をクビになってしまい世の中に絶望し無職ニートの引き籠りになっていたが、二人の妹、優羽花(ゆうか)と静里菜(せりな)に元気づけられて再起を誓った。 だがその瞬間、妹たち共々『魔力満ちる世界エゾン・レイギス』に異世界召喚されてしまう。 全ての人間を滅ぼそうとうごめく魔族の長、大魔王を倒す星剣の勇者として、セカイを護る精霊に召喚されたのは妹だった。 勇者である妹を討つべく襲い来る魔族たち。 そして慧河より先に異世界召喚されていた慧河の元上司はこの異世界の覇権を狙い暗躍していた。 エゾン・レイギスの人間も一枚岩ではなく、様々な思惑で持って動いている。 これは戦乱渦巻く異世界で、妹たちを護ると一念発起した、勇者ではない只の一人の兄の戦いの物語である。 …その果てに妹ハーレムが作られることになろうとは当人には知るよしも無かった。 妹とは血の繋がりであろうか? 妹とは魂の繋がりである。 兄とは何か? 妹を護る存在である。 かけがいの無い大切な妹たちとのセカイを護る為に戦え!鳴鐘 慧河!戦わなければ護れない!

「専門職に劣るからいらない」とパーティから追放された万能勇者、教育係として新人と組んだらヤベェ奴らだった。俺を追放した連中は自滅してるもよう

138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「近接は戦士に劣って、魔法は魔法使いに劣って、回復は回復術師に劣る勇者とか、居ても邪魔なだけだ」  パーティを組んでBランク冒険者になったアンリ。  彼は世界でも稀有なる才能である、全てのスキルを使う事が出来るユニークスキル「オールラウンダー」の持ち主である。  彼は「オールラウンダー」を持つ者だけがなれる、全てのスキルに適性を持つ「勇者」職についていた。  あらゆるスキルを使いこなしていた彼だが、専門職に劣っているという理由でパーティを追放されてしまう。  元パーティメンバーから装備を奪われ、「アイツはパーティの金を盗んだ」と悪評を流された事により、誰も彼を受け入れてくれなかった。  孤児であるアンリは帰る場所などなく、途方にくれているとギルド職員から新人の教官になる提案をされる。 「誰も組んでくれないなら、新人を育て上げてパーティを組んだ方が良いかもな」  アンリには夢があった。かつて災害で家族を失い、自らも死ぬ寸前の所を助けてくれた冒険者に礼を言うという夢。  しかし助けてくれた冒険者が居る場所は、Sランク冒険者しか踏み入ることが許されない危険な土地。夢を叶えるためにはSランクになる必要があった。  誰もパーティを組んでくれないのなら、多少遠回りになるが、育て上げた新人とパーティを組みSランクを目指そう。  そう思い提案を受け、新人とパーティを組み心機一転を図るアンリ。だが彼の元に来た新人は。  モンスターに追いかけ回されて泣き出すタンク。  拳に攻撃魔法を乗せて戦う殴りマジシャン。  ケガに対して、気合いで治せと無茶振りをする体育会系ヒーラー。  どいつもこいつも一癖も二癖もある問題児に頭を抱えるアンリだが、彼は持ち前の万能っぷりで次々と問題を解決し、仲間たちとSランクを目指してランクを上げていった。  彼が新人教育に頭を抱える一方で、彼を追放したパーティは段々とパーティ崩壊の道を辿ることになる。彼らは気付いていなかった、アンリが近接、遠距離、補助、“それ以外”の全てを1人でこなしてくれていた事に。 ※ 人間、エルフ、獣人等の複数ヒロインのハーレム物です。 ※ 小説家になろうさんでも投稿しております。面白いと感じたらそちらもブクマや評価をしていただけると励みになります。 ※ イラストはどろねみ先生に描いて頂きました。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

処理中です...