上 下
54 / 180
冬に咲く花

51

しおりを挟む

 カダンの告白を、孝宏は黙って聞いていた。

 カダンは一度も孝宏を見ようとしなかったが、カダンが話し始めてから、孝宏は一度も目を離さなかった。

 マリーがチラリと横目で見ていたのは、気が付いていた。何か言いたいのを我慢しているのだろうが、今カダンの話を中断させるほどのことでもないなかったのだろう。黙って聞いていた。


「それでどうして俺が引き受けるって思ったんだよ。やっぱりそれも暗示をかけたんじゃぁ……」


「それは誓ってやってない。ただタカヒロは自分にできることは、自分で何とかしようとするだろう?だから自信さえ持てば、必ず引き受けてくれるって。………もう何をしてもダメで、鍵も失ってしまって…………だから…」


「俺が鳥の力を暴走させた時の。あれもそうなんだんよな?」


 カダンは一瞬の躊躇の後、無言で頷いた。孝宏の握る拳に、深く爪が食い込んだ。


「仕方なかったんだろう?そのおかげで助かったわけだし?………怒鳴ってごめん」


 言えたのはそれだけだった。

 結局は力を制御できず、火を暴走させ、さらにその暴走を止めたのも、彼がいてこそだ。


(俺は所詮ただの中学生。何もできない……子供だ)


「俺便所に行ってくる。すぐに戻るから、二人は先に寝ててよ」


 そう言ってその場を離れようとした孝宏に、マリーは何も言わなかったが、カダンが呼び止めた。カダンは自分が着ていた上着を脱いで、孝宏に差し出した。


「森の中は危険だから、………気を付けてね」


「……分かったよ」


 孝宏はそれを受け取り、軍のテントが並ぶ方へ、足早に向かった。

 上着は直前まで彼が着ていただけあり、とても暖かかった。微かに香るのは、彼の匂いだろうか。


(まさかずっと着てたやつ?……まあいいか、暖かいし)


 テントの中は静まり返り、足音さえもはばかれるとはいえ、見張りの兵士たちがいるわけで、何人かには声を掛けられた。夕方の一件を見ていた人たちだろう。


「こんな時間にどうしたんだ?」


 一番大きなテントの横を通った時だった。

 近くで見張りをしていた兵士に呼び止められた。
 鎧を身に着け、手には大きな槍を持って立っている。

 松明に浮かび上がる容姿は鱗も羽毛もなく、孝宏と何ら変わらない。歳は自分の父親と同じくらいか、炎よりも赤い、特徴的な髪が風になびく。


「お前、もしかして奇跡の子か?ほら、結界焼いたの、お前さんだろ?」


「確かに俺ですけど。……奇跡の子って……俺なんかに……」


 奇跡の子などと呼ばれると、特に今は嫌に複雑な気持ちになる。

 孝宏が頷くと、兵士は人の良い笑みを浮かべた。そうかと何度も頷き、繰り返し礼を言った。


「実はな、あの中に友人がいたんだ。俺もこの村の出身で、今回自分で志願したんだか、どうしようもなくて、本当は諦めていたんだ。でもあんたのおかげで、また友人と会えた。ありがとう」


「いえ、俺は大したしてませんから」


「子供が謙遜なんかするな。あんたは多くの人の命を救ったんだ。俺もおかげで救われた」


「……ありがとう……ございます」


「あんたが何で、礼を言うんだ?はははっ!おかしな坊主だな」


 たったそれだけの出来事だった。たったそれだけで胸の奥でくすぶっていた火が、少しずつ小さくなっていく。

 孝宏は唇を噛んで顔を俯けた。つま先で地面をトントンと軽くノックする。


「俺、戻らないと。お休みなさい」


 足先は自然と来た方角を向いた。






「そこにいる子供は、教会を燃やしたやつじゃないのか?」





 孝宏が兵士に背中を向け、馬車に戻ろうとした時だった。

 突然しわがれた声が、テントと孝宏の間にストンと落ちた。

 体を強張らせ声の方を振り向くと、大きなテントの出入り口に、よれた服装の男が立っていた。

 テントの幕に両手でしがみ付き、膝はくの字に曲がったまま。立っているのもやっとなのだろう。


「教会を燃やしたんじゃなくて、教会の結界を焼いたんだよ」


 兵士が声を潜めて言った。引きつった笑みが、兵士の顔に浮かぶ。それでも男は言うのを止めなかった。


「やはりそうなんだな?その子供が私たちを殺そうとしたんだな!?」


「いや、それは違う!彼は結界を焼いて、あんた達を助けてくれたんだ」


「そんなはずがあるか!私は見たんだこいつが炎を操るところを!」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百花繚乱 〜国の姫から極秘任務を受けた俺のスキルの行くところ〜

幻月日
ファンタジー
ーー時は魔物時代。 魔王を頂点とする闇の群勢が世界中に蔓延る中、勇者という職業は人々にとって希望の光だった。 そんな勇者の一人であるシンは、逃れ行き着いた村で村人たちに魔物を差し向けた勇者だと勘違いされてしまい、滞在中の兵団によってシーラ王国へ送られてしまった。 「勇者、シン。あなたには魔王の城に眠る秘宝、それを盗み出して来て欲しいのです」 唐突にアリス王女に突きつけられたのは、自分のようなランクの勇者に与えられる任務ではなかった。レベル50台の魔物をようやく倒せる勇者にとって、レベル100台がいる魔王の城は未知の領域。 「ーー王女が頼む、その任務。俺が引き受ける」 シンの持つスキルが頼りだと言うアリス王女。快く引き受けたわけではなかったが、シンはアリス王女の頼みを引き受けることになり、魔王の城へ旅立つ。 これは魔物が世界に溢れる時代、シーラ王国の姫に頼まれたのをきっかけに魔王の城を目指す勇者の物語。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

シスターヴレイヴ!~上司に捨て駒にされ会社をクビになり無職ニートになった俺が妹と異世界に飛ばされ妹が勇者になったけど何とか生きてます~

尾山塩之進
ファンタジー
鳴鐘 慧河(なるがね けいが)25歳は上司に捨て駒にされ会社をクビになってしまい世の中に絶望し無職ニートの引き籠りになっていたが、二人の妹、優羽花(ゆうか)と静里菜(せりな)に元気づけられて再起を誓った。 だがその瞬間、妹たち共々『魔力満ちる世界エゾン・レイギス』に異世界召喚されてしまう。 全ての人間を滅ぼそうとうごめく魔族の長、大魔王を倒す星剣の勇者として、セカイを護る精霊に召喚されたのは妹だった。 勇者である妹を討つべく襲い来る魔族たち。 そして慧河より先に異世界召喚されていた慧河の元上司はこの異世界の覇権を狙い暗躍していた。 エゾン・レイギスの人間も一枚岩ではなく、様々な思惑で持って動いている。 これは戦乱渦巻く異世界で、妹たちを護ると一念発起した、勇者ではない只の一人の兄の戦いの物語である。 …その果てに妹ハーレムが作られることになろうとは当人には知るよしも無かった。 妹とは血の繋がりであろうか? 妹とは魂の繋がりである。 兄とは何か? 妹を護る存在である。 かけがいの無い大切な妹たちとのセカイを護る為に戦え!鳴鐘 慧河!戦わなければ護れない!

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

「専門職に劣るからいらない」とパーティから追放された万能勇者、教育係として新人と組んだらヤベェ奴らだった。俺を追放した連中は自滅してるもよう

138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「近接は戦士に劣って、魔法は魔法使いに劣って、回復は回復術師に劣る勇者とか、居ても邪魔なだけだ」  パーティを組んでBランク冒険者になったアンリ。  彼は世界でも稀有なる才能である、全てのスキルを使う事が出来るユニークスキル「オールラウンダー」の持ち主である。  彼は「オールラウンダー」を持つ者だけがなれる、全てのスキルに適性を持つ「勇者」職についていた。  あらゆるスキルを使いこなしていた彼だが、専門職に劣っているという理由でパーティを追放されてしまう。  元パーティメンバーから装備を奪われ、「アイツはパーティの金を盗んだ」と悪評を流された事により、誰も彼を受け入れてくれなかった。  孤児であるアンリは帰る場所などなく、途方にくれているとギルド職員から新人の教官になる提案をされる。 「誰も組んでくれないなら、新人を育て上げてパーティを組んだ方が良いかもな」  アンリには夢があった。かつて災害で家族を失い、自らも死ぬ寸前の所を助けてくれた冒険者に礼を言うという夢。  しかし助けてくれた冒険者が居る場所は、Sランク冒険者しか踏み入ることが許されない危険な土地。夢を叶えるためにはSランクになる必要があった。  誰もパーティを組んでくれないのなら、多少遠回りになるが、育て上げた新人とパーティを組みSランクを目指そう。  そう思い提案を受け、新人とパーティを組み心機一転を図るアンリ。だが彼の元に来た新人は。  モンスターに追いかけ回されて泣き出すタンク。  拳に攻撃魔法を乗せて戦う殴りマジシャン。  ケガに対して、気合いで治せと無茶振りをする体育会系ヒーラー。  どいつもこいつも一癖も二癖もある問題児に頭を抱えるアンリだが、彼は持ち前の万能っぷりで次々と問題を解決し、仲間たちとSランクを目指してランクを上げていった。  彼が新人教育に頭を抱える一方で、彼を追放したパーティは段々とパーティ崩壊の道を辿ることになる。彼らは気付いていなかった、アンリが近接、遠距離、補助、“それ以外”の全てを1人でこなしてくれていた事に。 ※ 人間、エルフ、獣人等の複数ヒロインのハーレム物です。 ※ 小説家になろうさんでも投稿しております。面白いと感じたらそちらもブクマや評価をしていただけると励みになります。 ※ イラストはどろねみ先生に描いて頂きました。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

処理中です...