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冬に咲く花

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「ははっ!」


 孝宏は特に可笑しくもないのに、笑ってしまった。さっきから足が震えて止まらず、背中がゾクゾクしている。


(あーもう限界。これ以上は俺が死んじゃうかも)


 孝宏は両腕をサッと交差させた。


 火は再び勢いを増し、結界を覆った。

 それを勢いそのままに、左回りに半円を描けば、火もぐるぐる渦を巻き始めた。

 手を回せば回すほど、火は勢い良く渦を巻く。

 手をクルッと回す度、手首が傷んだ。寒気が止まらずゾクゾクするし、さらには吐き気もしてきた。


 本当は力を抜いて楽になりたいし、地べたに座り込んで、俺はやりきったからもう良いだろうと言いたかった。

 それだというのに、体は意志に反して、止まってくれないのだ。もう少しならいけるはずだ、もう少しで結界が壊れるかもしれないと。なんと厄介なのだろう。


「タカヒロ、もう大丈夫。後は私に任せて」


 決して強い力でなかった。

 軽く振れる程度に肩を引かれ、孝宏はよろめいてあっさり地面に尻餅をついた。

 立てないまま、見上げた先にマリーが鞘から剣を抜いて立っていた。

 買ったばかりだというのに、使いこまれたような中古のボロボロの剣。鞘も柄も古ぼけているのに両刃だけは鋭く、不思議な光を湛えている。

 マリーが右足を後ろに引き、腰を落とした。右肘を引いて、剣を地面と水平に構えた。剣先は険しい視線の先、結界の楔、オウカに向けられている。


「本当に良いのよね?」


 マリーは苦しそうだった。すでに死んでるとはいえ、人を剣で貫くなど、初めてに違いない。

 カウルとルイが頷いても、しばらくは構えたまま辛そうに呻いていた。その声も表情もきっと他の人には聞こえていないのだろう。


(たぶん俺にだけ聞こえてる)


「戻って、もう終わりだ」


 孝宏の差し出した両掌に、火から零れた光が吸い込まれていった。

 夜空に揺らめく天の川に似た、光の洪水がほとんど消えた時、孝宏は指先でオウカの《淵》をなぞった。見えない壁とオウカが接する部分だけに火が灯る。

 マリーが刃を立てに、剣を構え直した。

 気合の唸りと共に、マリーの上体が前にのめり腕が伸びた。剣先がオウカを捉え、結界を貫いた。


―ピシ…パシパキッパキ……―


 マリーの剣はオウカの脇腹辺り、結界と境目辺りを器用に突き刺していた。

 一度ぐっと力を込めて、剣を押し込んだ。その時触れた刃が、オウカの体を揺らした。
 剣が貫いた場所を起点に結界にヒビが入っていく。


「結界が……崩れる……」


 マリーが剣を勢いよく引き抜いた。

 それまで地面から生える岩のように、わずかにも動かなかったオウカが右に傾き、前にぐらりと倒れた。だが彼女の両手だけが、元の位置で結界とつながったままで、不自然な態勢で前のめっている。


「「母さん!」」


 カウルとルイがたまらず、オウカに駆け寄った。

 二人の腕が彼女の背中に回され、彼女を抱えるようにゆっくりを引き寄せ、結界から引きはがした。

 オウカの両手が、結界から離れた次の瞬間、結界が四方に飛び散った。
 こまごまに砕かれた破片は空中で離散し、細かな光となり、地上に降り注ぐ。


 兵士たちが大きな歓声を上げた。




 孝宏は重い足を奮い立たせ、兵士の流れに逆らって歩いた。十分に離れた所で、崩れた壁に背を持たれ、腰を下ろした。

 腕を上げる気力もない。力なくだらんと投げ出した掌が天を仰ぐ。ついて間もない掌の傷が、ぱっくりと開き疼く。

 それからしばらくは流れるような救助の様子を、ぼうっと眺めていた。



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