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冬に咲く花
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しおりを挟む――闇に紛れて彼らはやって来た。人が深い眠りに落ちる頃、生き物が寝息を立てる時分、闇夜よりも暗い漆黒の波となって押し寄せたのだ――
再び浮かんだ一文に孝宏は身を震わせた。
動悸が早まり、強張っているかもしれない顔を見られたくなくて、積荷に身を預け、背中を丸めて寝るふりをした。
孝宏には皆に黙っている秘密があった。
それは例えるなら、家で一人の時は裸でいるだとか、実はおねしょをしただとか、他人からすればどうでも良いもの、孝宏にはその程度の感覚だった。
しかし、今になって何よりも重大だったと思い知らされる。
今更どうにもならないのはわかっている。忘れようと努めて、考えないようにすればするほど、唐突に頭の中であの声が囁く。
このままでは罪悪感に押しつぶされそうだった。
この世界に落ちて来てしまったあの日、孝宏には予感めいたものがあった。誰にも言わず、自分自身が信じず忘れようしたもの。そして現実になってしまったもの。
「気分でも悪い? 」
ルイの手が孝宏の額に当てられた。冷やりとしてとても気持ちが良いが、一瞬体が強ばる。
「少し熱いかなぁ。鳥の力を使ったためかも知れない。すごく濃い魔力だったし、体への負担が大きいのかも」
今は心配してくれるルイが、いつ真相に気付くともしれない。
孝宏の鼓動が速く打つ。
孝宏はルイの手をやんわり払いのけた。
「俺もともと体温高いから。全然平気だよ」
嘘ではない。体調は本当に悪くないはずだ。そう見えるとすれば、それは孝宏の恐怖心が滲み出ている為だろう。
「そう……なのか?」
外見に大差なくとも異界人同士。ルイは違和感を感じつつも、そんなものかと頷いた。
その時ルイはあることを思いついた。
「ならさ、魔力の制御を覚える良い方法があるんだけど、試してみない?」
そう言って笑顔で手を差し出すルイに対して、孝宏は一抹の不安が過ぎった。唐突な申し出なのもそうだか、行為そのものも何か引っかかる。
「それってまさか、ルイの魔力を俺の中に流したり…………その……色々するやつ?」
「そうそう。僕がタカヒロの魔力を誘導して制御の補助をするんだけど……前にした事あったっけ?」
孝宏はやはりと思った。
以前カダンにされたアレが、ルイの言う良い方法だろうが、確かあの時は火を噴いて、カダンを吹っ飛ばした。
(あれは、不味いよな。それにあれすごく……かったし)
「何?怖いの?大丈夫。意外と心地良いもんだよ」
うつ向いたまま考え込んだ孝宏の顔が怯えているように見えたのか、ルイの言いようは、幼い子供に言い聞かせるものだ。
(俺と四つしか違わないじゃないか)
あの時怖かったのは確かだし、今もそう見えるのも仕方ないとしても子供扱いは不本意だ。それにあの苦しさは体験した人でないとわからないだろう。
「やったことあるよ、前に………………カダンが。だからもう大丈夫。いいよ」
何が大丈夫なのだと、自分で自分に内心で突っ込むが、当のルイからは予想外の反応が返ってきた。ルイは意味ありげに苦笑いを浮かべる。
「カダンに!?それはそれは……」
「カダンが相手なら、大変だったろう?」
二人の会話が聞こえていたらしく、馭者席のカウルが言った。ルイも何度も頷く。
「カダンの魔力は特別だから、常人にはとても辛いと思うよ。カウルなんて気を失ったしね」
「ほんの少しだろ。そういうルイだってしばらく立てなかったじゃないか」
「う……カウルよりは耐えたよ。タカヒロはどうだった」
「え?俺?」
あの時孝宏はどうだったか。少なくとも心地良いものじゃなかったのは確かだ。
初めは大した違和感ではなかったが、次第に頭がぼうっとしてめまいがしてきた。
それから違和感が徐々に大きくなり、終いには立てなくなるほど息苦しくなった。
孝宏は細かな描写は避け、大まかに伝えた。
「だんだん息苦しくなったの?へぇ……」
ルイは意外そうに頷き、外のカウルも短く相槌を打っただけだった。
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