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冬に咲く花

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「ヤッター!」


 畑の向こうの林からマリーの甲高い声が聞こえてきた。林の中に少々開けた場所があり、いつもそこで魔術や剣術の訓練をしていた。

 嬉しいことがあると、マリーは高い声で叫ぶ。
 それが毎回畑の方まで聞こえてくるから、孝宏はその度にもやっと腹のあたりが重くなった。

 このままでは食欲までなくなるかもしれない。孝宏はお腹を擦った。


「タカヒロもきっとできるようになるさ。自信を持てよ」

 
「自信がそのへんに落ちてたら楽なんだけどね」


「いやぁ……まぁ、何とかなるさ。はっはっはっはっは!」


 経験の豊富な大人ほど、無責任なことをいうものだ。

 そのうちと言われ既に一ヶ月が経とうとしている。もともとない根性をそれでもと振るい立たせたが、それも折れてしまいそうだ。

 孝宏は感情に任せ一面に広がる草を引き抜いた。


 プチ・・・プチ・・・プチ・・・


 手元は見ない。摘んだ草を手当たり次第に抜いては捨て、抜いては捨てた。


「あ!それ!ちょっと!待った!」


 エンストした車のようにスタッカートが効いた声が降ってきた。同時にガルブの白い毛で覆われた両手が孝宏の手を止めた。


「これ!すごいよ!」


 《これ》とは今引き抜こうとした草で、クローバーに似た、ハート型の赤い葉を四枚付けた可愛らしい草だった。

 葉の根元から、それぞれの葉に四本の黄色の筋が放射状に伸びる。


「これを見つけた人は願い事が叶うんだ!見つけたら鉢に植えて大事に育てなきゃ!」


 欲しかった玩具を手に入れた子供のように、目を輝かせて両手を小さな草にかざした。

 異世界でも地球と同じジンクスがあると知ると、どうしてか少しだけ胸がすく。

 ガルブが周囲の土ごと丁寧に摘み取り渡してきた。
 丸いお団子の土から、ちょこんと小さな赤い草が突き出している。さっきの目の輝き様を見るに、ガルブもきっと欲しかったに違いない。

 孝宏は一瞬断ろうかとも思った。

   しかし土まみれになったガルブの手を見て、結局素直に受け取ることにした。


「ありがとう……ございます」


 礼を言った後も受け取って良いものか戸惑っていると、素直にそれが表情に出てしまうあたり、孝宏はまだ子供だ。

 ガルブは小さく吹きだし乱暴に孝宏の頭を、掃ったとは言え土の付いた手で撫でた。


「いいよ。でももしこれが増えたらさ、株分けてよ。私にも幸せのおすそ分けよろしく」


 ガルブは若木が収穫した野菜を持ってきた袋に入れると、孝宏にコインを三枚渡して上機嫌で帰っていった。

 ほんの少しだけ気分が持ち直したのは、決して願いを叶えてくれる草のおかげだけではない。 
   
  多少の土が頭に付いたくらい気にならなかった。


 孝宏はコインはポケットに入れ、ガルブにもらった幸せの赤い草を手に、一旦家へ戻った。
  
  鉢に植える為だ。家の裏には普段使わない物をしまってある倉庫 があった。そこならば鉢があるかもしれないのだ。

 孝宏は真っ直ぐに家の裏に回った。
 家の裏には腰程の高さの塀に囲まれた井戸があり、井戸から3m程離れた場所に小さな物置がある。


    物置のとなりには二本の木の柱と、その先端にロープが渡して張ってあり、見ると、獲物が逆さまにぶら下がっていた。孝宏はハッとして足を止めた。


 丁度カダンが井戸の傍で手に付いた血を流している最中だった。布の上に広げられた生々しい毛皮が目に飛び込んでくる。


「タカヒロ、帰ってたんだね」


 カダンが孝宏に気が付いて声をかけてきた。


「いや鉢探しに来たんだ。これを植えようかと思って」


 孝宏は余計な物を見たくなくて、出来るだけ自然に見えるよう視線を手元の赤い草に落とした。

 肉が肉として加工されるまで、頭では知っているつもりでも実際に見るのではまるで違う。

 初めて見たときは隠れて朝食を吐いてしまった。その時の衝撃は今での鮮明に記憶に残っている。


「ってそれ!?まさか見つけたの?すごいね、俺初めて見たよ!」


 孝宏が落とした視線を追って、両手で大事に持っている物に目を止めたカダンが、軽く両手を打つ。 

 カダンが小走りにこちらに近づいてきたが、カダンの持つ小刀が目に入り、孝宏は左足を一歩引いてしまった。

  血の付いたままの小刀は、孝宏にとって今も恐怖の対象で、まだしばらくは慣れそうにない。


「もしかすると、タカヒロにもきっと恋人が見つかるかも知れないよ」


「な!?は!?っえぇ!?」


 今までの流れでどうしてそうなるのか。


    しかし全く的外れでもないカダンの発言に、孝宏はしどろもどろにで上手く言葉がでない。

 否定するでもなく、肯定したも同然の反応があまりに恥ずかしく、孝宏の心臓がトットットッと早く打ち、顔が熱くなる。

 どうしていいかわからず指が鍵盤をはじくようにバラバラに動いた。

 弾みで手に持っていた幸せの草を落としそうになり、孝宏は慌てて胸に抱え込んだ。


 カダンは手に持っていたナイフを、井戸の側に器用に投げて地面に差した。

 桶の水を組み直して、自分に付いた血を綺麗に流し、獣と毛皮には丸めていたシートを広げて被せる。

 作業をしながらカダンが言ったのは、先程の言葉の続きだった。

「スズキが街に行く時も、マリーが訓練している時も、よく変な顔で見てるでしょ。バレバレだよ」

「別に俺はそんなつもりじゃ……」


 正直妬みはあった。
  
 最近鈴木は左手薬指にしていた指輪を外した。

 おしゃれを気にするようになり、今日はコートの下に街で流行っている上下とも黒の、チェックのスラックスとシャツで出かけていった。

 それで察しがつかないほど子供ではない。

 マリーも同様に始めの頃よりも変わった。カウルやルイと話している時、妙に女っぽく感じることが多くなった。


「隠さなくてもいいさ。彼らはもう大人だから。でもタカヒロはまだ15でしょ?相手を見つけるのはこれからでも……」


「俺にも恋………こ、恋人くらいいるよ」


「え?」


 ずれたシートを直すカダンの手が止まった。シートから手を離した後も、背を向けたまま立ち尽くしている。

 正確ではないが、完全な嘘でもないと孝宏自身は思っていた。

 木下との距離は確かに縮まっていたし、あれは友人の距離感ではなかった。
 友人に話せばキモイと辛らつな答えをもらえるかもしれないが、そう考えても差支えないはずだ。

    以前木下はただの友達の男と、二人で出かける真似はしないと言っていた。
 その時は単純に牽制されたと落ち込んだが、今はそれが両想いであると考える根拠だ。


「う、うん、地球にいるから、今は会えないだけ」


「じゃあ、いないのは俺だけか。なんだ、タカヒロも同じだと思ったんだけどな」


 嘘を付いた良心の呵責か、勝手に恋人に昇格させた、木下への罪悪感か。孝宏の口から乾いた笑いが漏れた。

 カダンはずれたシートを直すとそのまま、物置に入っていった。


「はい、鉢探してたんだろ?これに入れるといいよ」


 一分もかからず、カダンは手ごろな大きさの鉢を持って出てきた。


「ありがとう」


 鉢を日あたりの良い窓の下、壁に付けて置いた。他にも鉢植えが並び、見た目的にもしっくりくる。


 並ぶ他の鉢植えも蕾を付け、咲く頃を待つばかり。
 ここでは春に実をつける植物は、冬に花を咲かせるという。日差しが弱くとも、少しでも多く浴びようと葉を広げている。


 願い事の叶う草


 迷信なんてどの世界にもある。本気にはしないが、孝宏の中ですでに期待が頭を持ち上げ始めていた。


(早く、帰れるといいな)


 願いは初めからたった一つだった。


(木下に会いたいな……デートしたい)



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