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冬に咲く花

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「まあまあマリーさん、落ち着いてください。彼は目を覚ましたばかりで、まだ混乱しているんですよ」

 一番年長のヒョロイ男がやんわりと間に入った。
 マリーを優しげな声で宥める。

「それに自己紹介もまだです。呼び名がわからないのでは色々と面倒でしょう?」

 それもそうだと、一様に頷いた。

「それでは私から」

 一番ひょろく年上の男が、微笑み孝宏を見下ろした。

 メガネをかけた三十五、六といったところか。

 どう見ても日本人に見える彼は、タイに出張中のやはり日本人だった。
 名は鈴木一郎、33歳のサラリーマンだ。


「次は私」

 初対面で苦手意識が芽生えてしまった、彼女はマリー。
 23歳のフランス在中のガイド。
 夏のバカンスで中国旅行中のロシア人なのだそう。


「俺たちは元からこの世界いる、この家の住人だ」

 双子のカウルとルイ。
 顔だけならそっくりの双子。狼の耳と尻尾が特徴的な大柄の男達だ。

 坊主頭なのがカウルで長髪なのがルイ。この世界の基準は知らないが、日本ではさぞかしモテそうな男前だ。

「ここは俺の家なんだ」

 白髪の少年はカダン。
 聞き覚えのある声と白髪。

 自分が寄りかかってもびくともしない力強さに、孝宏は風呂場で自分を支えてくれていた人を、大人の男だと思っていたがどうやら違っていたようだ。

 背丈は同じくらいだろうが、体力は完全に彼には敵いそうにない。

 異界だ。人は見かけによらないということだ。


「俺は進藤孝宏。15歳です。それと……助けてくれてありがとうございます」

 お礼を言いなさいと叱られるのは、いつぶりだろうか。
 幼児が受ける注意を受けた恥ずかしさから、孝宏は顔を上げられず、始めにチラリと見上げたきり、視線を皆の足元に落とした。


「うん。でも、本当はこちらこそ謝らなきゃいけないんだ」

 カダンがしゃがみ目線を孝宏と合わせると、となりでルイが気まずそうに、左斜め下に視線を落とした。

「タカヒロね、本当に危なかったんだよ。君がこちらに来て、丸一日以上外に放置されていてね。俺たちもマリーとスズキが来たんで浮かれていたから、気がつかなかったんだ」

 カダンが本当に申し訳なさそうに言うので、孝宏は逆に居たたまれず、慌てて口を開いた。


 気がつかなかったのは、彼らの責任ではない。
 自分がこちらに来たのは事故のようなものだ。

 それは決して加害者などではなく、彼が気がつかなかっただけで、責任があると非難できるほど、孝宏も浅はかではない。

 だが、カダンの代わりに今度はカウルが首を横に振った。

「そうじゃなんだ。ルイはお前がこちらに来ていたことを知っていた。それどころかこのまま放置すれば、いずれ死ぬことも判っていた」

 ルイは項垂れ、カダンの横に膝を付いた。

「ごめん!助けるつもりだった。けど、そのう、あの、うっかり忘れてしって……」

 驚いて彼を見るが、もう先ほどの得意げな表情はない。
 やや芝居がかってはいるが、唇をキュッと結び、目を伏せ、耳を真っ赤にして耐えるように拳を固く握っていた。

 孝宏は呆気にとられ黙ってルイの説明を聞いた。



 そもそも始まりはカダンが暗示的な夢を見たあの日。
 マリーと鈴木が立て続けに現れた日の事だ。

 畑の手入れを魔法の人形に任せ、ルイ自身はが畑の脇、木陰で魔術書を読んでいた時だった。

 風が吹かない中、林の奥で木がワシャワシャと揺れた。

 初めは気にも止めていなかったが、それは次第に間を詰め数分後、それらの影がルイの視界に入った。

 それらは三本の《カンギリ》の木だった。

 カンギリは言葉を喋る木で、大陸北部に主に生息する、植物でも人でもなく、根を張らない為どこへでも自由に移動する特別な生き物だ。


―異世界への扉が開いた―


 左端のカンギリが言った。


―犠牲者が三人現れた―


 真ん中のカンギリが言った。


―ううっ…―


 右端のカンギリが呻く。


―犠牲者を…勇者とぅええええ!!―


 右端のカンギリが言い切らない内に、大きく開かれた口から大きな塊が中からこぼれ落ちた。

 透明の液体にまみれ、ベチャっと音を立てて地面に落ちたそれは、明らかに人の形をした生き物だった。

 人の形をした生き物は激しく咳き込み、獣の呻きに似た声はものの数秒で止み、その後立ち上がりはしたものの、そのまま動かなくなってしまった。                     

 ルイは透明の液体がカンギリの樹液だと、すぐに気づいた。

 カンギリ独特の甘い匂いがあたりに充満していたし、何よりカンギリの中から出てきたのだから、少なくとも彼らの体液なのは間違いない。

「これは一体何の真似?わざわざ人間を体内に取り込んで……」

 カンギリが一斉に枝葉を揺らした。

―ワシャワシャ―
―ワシャワシャ―
―ワシャワシャ―

 カンギリ同士は枝葉を揺らして会話する。
 人にわかるはずもない。

 すでにカンギリが吐き出した人間はカチコチに固まっている。
 樹液が固まるのが早いのもカンギリの特徴だ。



「それで、僕はカンギリの樹液を溶かすために、すぐにお湯を沸かしに行ったんだ。けど、家に帰ると、カダンとカウルが知らない人たちと一緒にいて、異世界から来たって言うからいろんな話をして……」

「それで俺を忘れたんですか?」

「……うん、でも呼吸しているのは確認したから緊急性は低いと思って…………その本当にごめんなさい!」

 なんて衝撃的な話なんだろうか。
 生き物の口の中から吐き出された結果がこれだ。

 吐瀉物なんて単語が脳裏を過ぎる。
 美しい響きはかけらもない。

 目を覚ましてすぐは、拘束されたと恐怖を感じたし、思うところがまったくないわけではないが、献身的に看病してもらえ、今は快調そのもの。

 孝宏には不都合などないように思えた。

「でも、思い出して助けてくれたんで大丈夫です。ありがとうございます」

「……お前、変な奴だね。怒らないの?」

「まあ、結局助かりましたし?それにおれすごく調子良いですし、全然大丈夫です」

 カダンは死にかけたと言っていたが、孝宏自身はそれが信じられない程いつも以上に快調で、今ならグランド10周くらいはできそうだ。

 両腕を振ってアピールするが、ルイの表情が思いかけず曇った。

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