青と虚と憂い事

鳴沢 梓

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六章 憂色の軌跡

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『ここに来るのは久しぶりだな』





黒い雲に覆われた昼下がり。
激しい雨が傘を打ち付けていた。


熱心な捜索も虚しく、碧を見つけられなかった僕は
フラフラと叶多に会いに来た。


辺りには誰もいない。
降り止まない雨の音だけがこだましている。


墓石の前に座り、手を合わせる。



『なあ……もう諦めるしかないのかな』


掠れた声でつぶやく。


答えは返ってこない。


マイクスタンドの前で、荒々しくも楽しそうに歌う碧の姿を思い出す。
それは奇しくも彼女叶多と酷似していて。


『碧はもう、歌いたくないのかな』


あの楽しかった日々は、もう帰ってこないのだろうか。


いや、きっと彼女は帰ってくる。
そう信じるしかない。


メンバーが信じられなくてどうする。
彼女が帰ってきたいと思える居場所を、僕らが作らなければ。



きっと、叶多ならそう言うだろう。



『やっぱり来てよかったな』



墓石を撫で、立ち上がる。
少し元気を貰えたような気がした。



そう、家に帰ろうとしたその瞬間。






_______!?







視線の先。



青くて長い、艶やかな髪。
その表情は暗い。
光が宿らないその瞳の持ち主は、確かに碧だった。



碧は、黒い傘を持って、入口の方に立っていた。



『碧!?』



僕は思わず駆け出した。





「来ないで!」



劈くような声で、足を止める。




「ごめんなさい、私は」



後ずさりしながら、彼女は言う。



「普通に生きてていい人間じゃなかった。
ましてや、あんな風に人前で歌っていい人間じゃなかった」



『待って、どういう事だ?
記憶を取り戻したのか?』



「ごめん、なさい
私はもう歌えない」



彼女は涙ぐみながら言う。

僕は1歩ずつ、彼女に近づきながら問いかけた。



『碧、無理して歌わなくていい。
やりたくないことをやらせるつもりは無い。
記憶を取り戻したなら、自由に生きていいんだ』



「……」




『ただ1回だけ、話がしたいだけなんだ』




碧は、ぼーっとこちらを見つめる。
傘を打ち付ける雨は、次第に強くなっていく。



『僕は碧に何度も救われた。
だから困ってる事があるなら助けてあげたいんだ。

記憶が戻って、前の自分が受け入れられなくても
今は僕らが一緒にいるじゃないか』



「……もう”碧”に戻れなくても?」



『ああ、なんだっていい。
だから聞かせてくれないか、背負っている事全部』



「……」



碧は涙を溜めて、口を噤んだ。
何かを言おうとして、でも言いたくないようで。



そしてくるっと背中を向ける。



仕草も、表情も、まるで前の彼女とは違って見えた。





「……き、…いん」




『え?』




去り際に、彼女は呟く。





一色いっしき病院」




『え、病院?』




瞬間。突風が吹き荒れる。




傘が飛ばされ『うわっ!』と声を上げる。




傘を拾い上げて入口の方を見ると






彼女は忽然と、姿を消した。
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