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第四章 たたかうやつら
四ノ二十 虎丸
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山の中から見る頼光軍の動きは、溜まっていた水があふれ流れ出ていくようであった。
中ノ原へと向かう道にどんどん兵が入っていくし、先ほど熊が倒された西の森にも兵達が吸い込まれていく。
虎丸の目にうつる、そのあきらかに活気づいている軍の動きは、ある種の不安を感じさせるものだった。
――これは、本陣が押されているな。
虎丸はそう直感した。
――奇襲をかけるのは今かもしれない。
こちら側で敵に打撃をあたえれば、軍全体が動揺して、進撃をゆるめさせることができるはずだ。
そうすれば、主力の朱天隊が押すにせよ引くにせよ、そのきっかけを与えることができる。
――今、やるしかない。
ずっと孤独に生きてきた虎丸にとって、朱天との出会いは、人生をまったく逆の方向へと変転させた。
友達もできたし、初めて生きがいと呼べるもの――楽団での合奏、というものに出会えた。
その恩を今、返したい。
もらった恩はかならず返す。
――それが、俺の流儀だ。
「おい」まわりに控えている攪乱部隊の者に声をかけた。「これからあの頼光に奇襲をかける。必ず死ぬ。ついてきたいものだけついてこい。無理じいはせぬ」
三人だけが手をあげた。
もともと、この隊には死んでもいいような人間を選んだ。
家族の厄介者だとか、ひとりぐらしのぐうたら男とか、ふだんたいして人と交わらずにいる飲んだくれとかであった。
自分たちでも選ばれた理由はわかっているはずだろうに、いざとなると、命を投げ出すものは、十人中たった三人しかいなかった。
――これくらいがいい。
護衛の武者達の間をかいくぐり、総大将たる源頼光に近接するためには、少数のほうがやりやすいだろう。
虎丸はその三人にうなずいた。
「目指すは大将源頼光のみ」
三人がうなずいた。
四人は山をおりると、慎重に頼光軍に近づいた。
ここで察知されればおしまいであった。
木の幹に隠れ行ったり来たりしている見張りをやりすごし、陣にまぎれこむ。
荷駄の影から影へと隠れて進み、ある程度陣の中へと入りこむ。
ここまで奥深く潜入してしまえば、あとは楽なものだ。
誰かの下人のような顔をして、胸をはって部隊と部隊の間を歩くのだ。
あまりにも堂堂としているものだから、誰もそれが敵だとは気がつかない。
そして、陣の中ほど。
床几に腰かけ、周りを数人の武士に囲まれている男の背中が見えた。
――頼光だ。
虎丸は後ろの三人に目配せをする。
三人がうなずく。
そして、そろそろと武士達に背後から近づくと、頃合いをみて、だっと走りだした。
武士達は、後ろから走りすぎた四つの影にはっとした。
「大将!」
頼光に呼びかけるものがいたが、その声が頼光の耳に届いた時には、すでに虎丸は太刀を抜いて飛びあがり、上空から頼光の脳天めがけて斬りかかっていた。
が、さすがの頼光、後ろを振り向きもせずに、横に跳んで一閃をかわした。
空を切った太刀は胡床を斬り倒し地面を割り、虎丸は片膝をつく。
その瞬間、虎丸は、
――終わった。
と思った。
この一撃にすべてがかかっていた。
あきらめぬ三人の仲間が頼光を追って斬りかかった。
だが、横合いから、さっと一陣の風が吹いた。
いや、卜部季武が三人の前を走り抜けた。
三人の太刀を持った腕が宙に舞いあがる。
駈けつけた武士達が、三人を滅多切りに切り刻む。
そして、立ちあがった虎丸の胸に、太刀の切っ先が背中から突き抜けた。
走り近づく季武が、太刀を横薙ぎに薙いだ。
虎丸の首が弾かれたように青い空を駈けた。
どん。
大地に落ちた頭が、しばらくころころと転がって止まった。
地面に立って、まるで、首から下が土に埋められてでもいるかのように、季武のほうを向いて止まった。
季武はその首をじっと見つめた。
「虎丸ではないか」
後方の攪乱攻撃を指揮していたのはこの男であったか。
どうりで、素人の集まりのはずなのに、手練れのような、呼吸を読んだ攻撃であったのもうなずける。
虎丸の口は、薄く笑っているようにみえる。
まるで、ここまで敵の侵入をゆるし、背中に嫌な汗をかいている季武達を見下しているようである。
ちっ、と季武は舌打ちした。
「誰か、この死体をかたづけさせよ。それから、もう後方の警戒はせずともよい。これでしまいだ」
時を同じくして、ふたつの陣で総大将への襲撃が行われたのは、単なる偶然ではなく、戦の流れの中での必然であったのかもしれない。
それが双方とも未遂に終わったことも……。
中ノ原へと向かう道にどんどん兵が入っていくし、先ほど熊が倒された西の森にも兵達が吸い込まれていく。
虎丸の目にうつる、そのあきらかに活気づいている軍の動きは、ある種の不安を感じさせるものだった。
――これは、本陣が押されているな。
虎丸はそう直感した。
――奇襲をかけるのは今かもしれない。
こちら側で敵に打撃をあたえれば、軍全体が動揺して、進撃をゆるめさせることができるはずだ。
そうすれば、主力の朱天隊が押すにせよ引くにせよ、そのきっかけを与えることができる。
――今、やるしかない。
ずっと孤独に生きてきた虎丸にとって、朱天との出会いは、人生をまったく逆の方向へと変転させた。
友達もできたし、初めて生きがいと呼べるもの――楽団での合奏、というものに出会えた。
その恩を今、返したい。
もらった恩はかならず返す。
――それが、俺の流儀だ。
「おい」まわりに控えている攪乱部隊の者に声をかけた。「これからあの頼光に奇襲をかける。必ず死ぬ。ついてきたいものだけついてこい。無理じいはせぬ」
三人だけが手をあげた。
もともと、この隊には死んでもいいような人間を選んだ。
家族の厄介者だとか、ひとりぐらしのぐうたら男とか、ふだんたいして人と交わらずにいる飲んだくれとかであった。
自分たちでも選ばれた理由はわかっているはずだろうに、いざとなると、命を投げ出すものは、十人中たった三人しかいなかった。
――これくらいがいい。
護衛の武者達の間をかいくぐり、総大将たる源頼光に近接するためには、少数のほうがやりやすいだろう。
虎丸はその三人にうなずいた。
「目指すは大将源頼光のみ」
三人がうなずいた。
四人は山をおりると、慎重に頼光軍に近づいた。
ここで察知されればおしまいであった。
木の幹に隠れ行ったり来たりしている見張りをやりすごし、陣にまぎれこむ。
荷駄の影から影へと隠れて進み、ある程度陣の中へと入りこむ。
ここまで奥深く潜入してしまえば、あとは楽なものだ。
誰かの下人のような顔をして、胸をはって部隊と部隊の間を歩くのだ。
あまりにも堂堂としているものだから、誰もそれが敵だとは気がつかない。
そして、陣の中ほど。
床几に腰かけ、周りを数人の武士に囲まれている男の背中が見えた。
――頼光だ。
虎丸は後ろの三人に目配せをする。
三人がうなずく。
そして、そろそろと武士達に背後から近づくと、頃合いをみて、だっと走りだした。
武士達は、後ろから走りすぎた四つの影にはっとした。
「大将!」
頼光に呼びかけるものがいたが、その声が頼光の耳に届いた時には、すでに虎丸は太刀を抜いて飛びあがり、上空から頼光の脳天めがけて斬りかかっていた。
が、さすがの頼光、後ろを振り向きもせずに、横に跳んで一閃をかわした。
空を切った太刀は胡床を斬り倒し地面を割り、虎丸は片膝をつく。
その瞬間、虎丸は、
――終わった。
と思った。
この一撃にすべてがかかっていた。
あきらめぬ三人の仲間が頼光を追って斬りかかった。
だが、横合いから、さっと一陣の風が吹いた。
いや、卜部季武が三人の前を走り抜けた。
三人の太刀を持った腕が宙に舞いあがる。
駈けつけた武士達が、三人を滅多切りに切り刻む。
そして、立ちあがった虎丸の胸に、太刀の切っ先が背中から突き抜けた。
走り近づく季武が、太刀を横薙ぎに薙いだ。
虎丸の首が弾かれたように青い空を駈けた。
どん。
大地に落ちた頭が、しばらくころころと転がって止まった。
地面に立って、まるで、首から下が土に埋められてでもいるかのように、季武のほうを向いて止まった。
季武はその首をじっと見つめた。
「虎丸ではないか」
後方の攪乱攻撃を指揮していたのはこの男であったか。
どうりで、素人の集まりのはずなのに、手練れのような、呼吸を読んだ攻撃であったのもうなずける。
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まるで、ここまで敵の侵入をゆるし、背中に嫌な汗をかいている季武達を見下しているようである。
ちっ、と季武は舌打ちした。
「誰か、この死体をかたづけさせよ。それから、もう後方の警戒はせずともよい。これでしまいだ」
時を同じくして、ふたつの陣で総大将への襲撃が行われたのは、単なる偶然ではなく、戦の流れの中での必然であったのかもしれない。
それが双方とも未遂に終わったことも……。
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