平安ROCK FES!

優木悠

文字の大きさ
上 下
65 / 72
第四章 たたかうやつら

四ノ十八 逆転

しおりを挟む
 小康状態とでも言うのだろうか。

 頼光軍は森の出口から出てこなくなったし、西の森のほうも熊が暴れているような雰囲気を感じない。

 だが、

 ――不気味なものだ。

 と朱天は思う。

 敵が何かをたくらんでいるのではないか、いや、すでに反撃のための行動を開始しているのではないか、そんな気がするのだ。

「不気味なものよのう」

 ふと耳元で声がした。

「何をしておる、あやめ」

「何というて、婿殿の手助けをしに来たのではないか」

「邪魔だ。女は奥にひっこんでおれ」

「そう邪険にせんでもよいではないか。まあ、そう闘志をみなぎらせた婿殿も悪くはないぞえ」

 そう軽口をききながら、あやめは油断なく周囲に目を走らせている。

 なにも、朱天をからかいに来たのではない。

 ――敵は必ず暗殺という手段をこうじてくるに違いない。

 そうあやめは考えている。

 朱天のような正義漢にとっては、暗殺などという卑劣な手段を敵が使ってくるなどとはおよびもつかぬことであろう。

 そんな、人を見る目が甘い男を守れるのは、自分のような性根の曲がった人間しかおるまい、と。

 ――だが、このなかから暗殺者をどう見分けるか。

 なにぶん、村に来て日が浅いあやめである。

 村人の顔をいちいち覚えてなどはいないし、この混沌した状態では、最初から村にいたものでさえも、部外者を見分けるのは困難なのではないか。

 そんな気がする。



 警戒の巡回をしていた彦一少年は目を凝らした。

 森の奥で何かが動いた気がする。

 熊がもどってきてしまったのだろうか。

 それにしては、影が小さかった気がする。

 やがて、それは気のせいでないとわかる。

 影が、ひとつ、ふたつ、と増えていき、瞬く間に樹間を埋め尽くすほどにふくれあがった。

「敵だっ!敵襲ーっ!」

 喉が張り裂けんばかりに叫んだ。



 はっとして、茨木は声のしたほうを振り向いた。

 熊が倒されたことを茨木は瞬時に理解した。

「よし、迎撃しろ!」

 茨木は自分のまかされた部隊に命じた。

 まさに、こんな時のために、茨木隊三十人は西の森の前で待機していたのだ。

 南から襲い来る敵兵たちは、すでに防御柵に取り付いて、乗り越えようと登りはじめていた。

 柵は簡易的なものではあったが、二メートルほどはある。

 乗り越えようとするものは、弓矢や投石で撃ち落とした。

「おちつけ!」

 敵軍から声がした。

「柵は急場しのぎにあつらえたものだ。簡単に壊せるぞ!」

 ――見破られたな。

 と茨木は歯噛みした。

 柵は、人の腕ほどの太さの丸太を、縦横に縄でしばって組んであるに過ぎない。

 つまり、しばってある綱を太刀で切断すれば、横木は簡単に崩れ落ちてしまう。

 たちまち柵ではなくなった柱の間から、木木の間から、兵たちが飛び出してきた。

 茨木隊は、太刀や棒や石や弓で、必死に応戦した。



 朱天は台の上から、西の隊が戦闘状態に入ったことを確認した。

 なにぶん、幅は二百メートルほどの狭い戦場である。

 西の防衛隊が崩れれば、すぐにこの本隊まで敵は迫ってくるだろう。

 ――どうする、増援をおくるか?

 そう自分に問うた時であった。

 山間の道から、竹束を盾にして敵兵が押し寄せてきた。

 簡易に作った盾を大量に準備してきたのだ。

 竹束の前衛は、矢も石もものともせず、細い道から噴出し、水鉄砲の水のように押し寄せてきた。

 竹束は高さが二メートル以上はあり、後衛の部隊を矢から防御している。

 敵数十人の盾部隊と、こちらの最前列の盾部隊がぶつかりあった。

 敵の盾部隊はすぐに引いて、引いたと思ったら太刀兵があらわれる。

 この洪水のような攻撃に、盾部隊は混乱した。

 敵と味方があっという間に混じりあってしまったため、矢を射かけることも石を投げつけることもできなくなってしまった。

 そうして飛び道具を封じておいて、敵はぐいぐいと押してくる。

 戦いなれた兵たちに、村人たちは押されるばかりであった。

 その中で。

 敵部隊を錐で貫くように前進していく一隊があった。

「あきらめるな、あきらめるんでねえぞ!」

 熊八が、浮き足だつ村人たちを叱咤し、長柄のまさかりを振り回しながら、突き進んでいく!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

獅子の末裔

卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。 和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。 前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。

転生一九三六〜戦いたくない八人の若者たち〜

紫 和春
歴史・時代
二〇二〇年の現代から、一九三六年の世界に転生した八人の若者たち。彼らはスマートフォンでつながっている。 第二次世界大戦直前の緊張感が高まった世界で、彼ら彼女らはどのように歴史を改変していくのか。

雪のしずく

優木悠
歴史・時代
――雪が降る。しんしんと。―― 平井新左衛門は、逐電した村人蓮次を追う任務を命じられる。蓮次は幕閣に直訴するための訴状を持っており、それを手に入れなくてはならない。新左衛門は中山道を進み、蓮次を探し出す。が、訴状が手に入らないまま、江戸へと道行きを共にするのであったが……。

鬼が啼く刻

白鷺雨月
歴史・時代
時は終戦直後の日本。渡辺学中尉は戦犯として囚われていた。 彼を救うため、アン・モンゴメリーは占領軍からの依頼をうけろこととなる。 依頼とは不審死を遂げたアメリカ軍将校の不審死の理由を探ることであった。

明治仕舞屋顛末記

祐*
歴史・時代
大政奉還から十余年。年号が明治に変わってしばらく過ぎて、人々の移ろいとともに、動乱の傷跡まで忘れられようとしていた。 東京府と名を変えた江戸の片隅に、騒動を求めて動乱に留まる輩の吹き溜まり、寄場長屋が在る。 そこで、『仕舞屋』と呼ばれる裏稼業を営む一人の青年がいた。 彼の名は、手島隆二。またの名を、《鬼手》の隆二。 金払いさえ良ければ、鬼神のごとき強さで何にでも『仕舞』をつけてきた仕舞屋《鬼手》の元に舞い込んだ、やくざ者からの依頼。 破格の報酬に胸躍らせたのも束の間、調べを進めるにしたがって、その背景には旧時代の因縁が絡み合い、出会った志士《影虎》とともに、やがて《鬼手》は、己の過去に向き合いながら、新時代に生きる道を切り開いていく。 *明治初期、史実・実在した歴史上の人物を交えて描かれる 創 作 時代小説です *登場する実在の人物、出来事などは、筆者の見解や解釈も交えており、フィクションとしてお楽しみください

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

処理中です...