58 / 72
第四章 たたかうやつら
四ノ十一 裂ける村
しおりを挟む
喜造は三十過ぎの男で、この村の近くの土地で暮らしていたのだが、朱天達の村づくりに、面白そうだという理由で加わり、以後農業の指導役として活動していた。
鷹揚で闊達な性格もあいまって、特に朱天が大江山にやってきてから仲間に加わった人人のまとめ役としても、頼りにされる男であった。
「なあ、朱天さん。今日はちょっと言いにくいことを言いにきたぜ」
縁側に座りながら喜造が言った。
朱天もその隣に座って、
「ははあ、新しく来た三人のことだな」
「そう察してくれると話がはやい。どうだろう、杞憂と言われてしまえばそれまでだが、彼らを村に留めておくと、京のやつらから目をつけられるんじゃないかな」
「それは俺も考えた。目をつけられると言っても、三人がここに逃げてきたのは京には知られていないし、だいいち、ここに俺達が村を築いていることすら、認知されていないからな」
「そう、知られていないから良かったんだ。これで知られることになりかねない。村人達は不安なんだ。皆、新しくきた三人のことを言えるような、キレイな人生を送ってきた者ばかりじゃない。スネに傷を持つような人間ばかりさ。けど、そんなやつらが、やっと平穏にくらせる場所をみつけたんだ。その居場所を壊されたくないんだ」
「それはわかる。けどな、三人は俺の友達だ。熊八や星や金時たちと同じように、仲良くやってくれないか」
「群盗の親玉とか?」
「そうは言うがな、ここに村を築けたのは、彼女がこの土地を確保してくれていたからだし、たった三年でそれなりの収穫がえられるようになったのだって、管理してある程度の手入れをしていてくれたからだ。彼女に感謝しこそすれ、嫌って追い出すなんてことは、俺にはできない」
「村人の何人かが出て行くとなったとしてもか?」
「それは嫌だ。嫌だが、どうしてもというなら、俺は三人を取る」
「そうか、わかった。それがあんたの本音だな」
「いや、変なふうに受け取らないでくれ。あくまでも、仮定の話だし、村人の誰も追い出すつもりはない」
「ああ、わかっているさ。皆には、間違いのないように伝えておくよ」
喜造は、納得はできないながらも、ともかく村人に話を伝えるために帰って行った。
「そんな話があったらしいのよ」
その晩、野良仕事から帰ってきた熊八に、玉尾が話した。
「ひどいやみんな。三人ともいい奴らなのに」熊八が首を振り振り答えた。
「いい人かどうかは、今は関係ないの。三人が京の朝廷に追われているという事実が重要なのよ」
「追われているかどうかは関係ない。いい人だってことが重要なんだ」
「あんたって、本当、人のいいところしか見ないのね。あの三人を放っておくと、この村が壊滅してしまいかねないのよ」
「どうして」
「げんに、もう、村人の間にさざ波がたってしまっているじゃないの」
「さざ波がたつ意味がわかんねえんだよ」
「ここはいわゆる隠れ里なのよ。朝廷に露見していない、ないしょの場所なの。だから平和なの」
「みんなが黙っていれば、大丈夫だよ」
「この村を旅人が通り過ぎることがあるし、行人だって山での修行の行き帰りに立ち寄ることもあるわ」
「心配すんな。考えすぎだよ」
「ああもう、どう言ったらわかってくれるのかしら。私たちの仲だって引き裂かれかねないのよ」
「なんでそうなるの?」
そうしてその夜、寝床についても、玉尾は不安がつのって眠れず、ずっと考え続けるのであった。
――どうしてあの三人が来てしまったのかしら。あの三人さえ現れなければ、この村は平和で、皆なかよくやっていたのに。このままこの土地が朝廷の知るところとなれば、私がここにいることも家族に知られてしまう。それでは、私とこの人との幸せな生活も崩壊しかねないわ。あの三人さえ現れなければよかったのに。
この思考が、玉尾の暗い心のなかでこね回されているうちに、いつか飛躍してしまうのだった。
――あの三人さえいなければいいのに。
と。
――たとえば、あの三人を検非違使に差し出したらどうかしら。この村にいままでどおり干渉しないことを条件に。そうよ、これは天才的なひらめきだわ。土蜘蛛という盗賊の首領をさしだすのならば、こんな小さな村のひとつくらい、朝廷だって見逃してくれるはずよ。
それが、実に身勝手で小さな了見からの思いつきであるとは、まだ歳若いこの女は気づかない。みずからの思考を顧みる心のゆとりなどは、持ち合わせていないのだった。
しかし、誤ったひらめきでも、ひらめいてしまえばあとは行動するだけだった。
なにせ、公家の家を平然と飛び出してこの村までやってきたほど、行動力だけはある女である。
その夜が明ける前には、もう、玉尾の姿は村から消えていた。
鷹揚で闊達な性格もあいまって、特に朱天が大江山にやってきてから仲間に加わった人人のまとめ役としても、頼りにされる男であった。
「なあ、朱天さん。今日はちょっと言いにくいことを言いにきたぜ」
縁側に座りながら喜造が言った。
朱天もその隣に座って、
「ははあ、新しく来た三人のことだな」
「そう察してくれると話がはやい。どうだろう、杞憂と言われてしまえばそれまでだが、彼らを村に留めておくと、京のやつらから目をつけられるんじゃないかな」
「それは俺も考えた。目をつけられると言っても、三人がここに逃げてきたのは京には知られていないし、だいいち、ここに俺達が村を築いていることすら、認知されていないからな」
「そう、知られていないから良かったんだ。これで知られることになりかねない。村人達は不安なんだ。皆、新しくきた三人のことを言えるような、キレイな人生を送ってきた者ばかりじゃない。スネに傷を持つような人間ばかりさ。けど、そんなやつらが、やっと平穏にくらせる場所をみつけたんだ。その居場所を壊されたくないんだ」
「それはわかる。けどな、三人は俺の友達だ。熊八や星や金時たちと同じように、仲良くやってくれないか」
「群盗の親玉とか?」
「そうは言うがな、ここに村を築けたのは、彼女がこの土地を確保してくれていたからだし、たった三年でそれなりの収穫がえられるようになったのだって、管理してある程度の手入れをしていてくれたからだ。彼女に感謝しこそすれ、嫌って追い出すなんてことは、俺にはできない」
「村人の何人かが出て行くとなったとしてもか?」
「それは嫌だ。嫌だが、どうしてもというなら、俺は三人を取る」
「そうか、わかった。それがあんたの本音だな」
「いや、変なふうに受け取らないでくれ。あくまでも、仮定の話だし、村人の誰も追い出すつもりはない」
「ああ、わかっているさ。皆には、間違いのないように伝えておくよ」
喜造は、納得はできないながらも、ともかく村人に話を伝えるために帰って行った。
「そんな話があったらしいのよ」
その晩、野良仕事から帰ってきた熊八に、玉尾が話した。
「ひどいやみんな。三人ともいい奴らなのに」熊八が首を振り振り答えた。
「いい人かどうかは、今は関係ないの。三人が京の朝廷に追われているという事実が重要なのよ」
「追われているかどうかは関係ない。いい人だってことが重要なんだ」
「あんたって、本当、人のいいところしか見ないのね。あの三人を放っておくと、この村が壊滅してしまいかねないのよ」
「どうして」
「げんに、もう、村人の間にさざ波がたってしまっているじゃないの」
「さざ波がたつ意味がわかんねえんだよ」
「ここはいわゆる隠れ里なのよ。朝廷に露見していない、ないしょの場所なの。だから平和なの」
「みんなが黙っていれば、大丈夫だよ」
「この村を旅人が通り過ぎることがあるし、行人だって山での修行の行き帰りに立ち寄ることもあるわ」
「心配すんな。考えすぎだよ」
「ああもう、どう言ったらわかってくれるのかしら。私たちの仲だって引き裂かれかねないのよ」
「なんでそうなるの?」
そうしてその夜、寝床についても、玉尾は不安がつのって眠れず、ずっと考え続けるのであった。
――どうしてあの三人が来てしまったのかしら。あの三人さえ現れなければ、この村は平和で、皆なかよくやっていたのに。このままこの土地が朝廷の知るところとなれば、私がここにいることも家族に知られてしまう。それでは、私とこの人との幸せな生活も崩壊しかねないわ。あの三人さえ現れなければよかったのに。
この思考が、玉尾の暗い心のなかでこね回されているうちに、いつか飛躍してしまうのだった。
――あの三人さえいなければいいのに。
と。
――たとえば、あの三人を検非違使に差し出したらどうかしら。この村にいままでどおり干渉しないことを条件に。そうよ、これは天才的なひらめきだわ。土蜘蛛という盗賊の首領をさしだすのならば、こんな小さな村のひとつくらい、朝廷だって見逃してくれるはずよ。
それが、実に身勝手で小さな了見からの思いつきであるとは、まだ歳若いこの女は気づかない。みずからの思考を顧みる心のゆとりなどは、持ち合わせていないのだった。
しかし、誤ったひらめきでも、ひらめいてしまえばあとは行動するだけだった。
なにせ、公家の家を平然と飛び出してこの村までやってきたほど、行動力だけはある女である。
その夜が明ける前には、もう、玉尾の姿は村から消えていた。
1
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
獅子の末裔
卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。
和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。
前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。
返歌 ~酒井抱一(さかいほういつ)、その光芒~
四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】
江戸後期。姫路藩藩主の叔父、酒井抱一(さかいほういつ)は画に熱中していた。
憧れの尾形光琳(おがたこうりん)の風神雷神図屏風を目指し、それを越える画を描くために。
そこへ訪れた姫路藩重役・河合寸翁(かわいすんおう)は、抱一に、風神雷神図屏風が一橋家にあると告げた。
その屏風は、無感動な一橋家当主、徳川斉礼(とくがわなりのり)により、厄除け、魔除けとしてぞんざいに置かれている――と。
そして寸翁は、ある目論見のために、斉礼を感動させる画を描いて欲しいと抱一に依頼する。
抱一は、名画をぞんざいに扱う無感動な男を、感動させられるのか。
のちに江戸琳派の祖として名をはせる絵師――酒井抱一、その筆が走る!
【表紙画像】
「ぐったりにゃんこのホームページ」様より
不屈の葵
ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む!
これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。
幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。
本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。
家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。
今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。
家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。
笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。
戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。
愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目!
歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』
ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。

軟弱絵師と堅物同心〜大江戸怪奇譚~
水葉
歴史・時代
江戸の町外れの長屋に暮らす生真面目すぎる同心・十兵衛はひょんな事に出会った謎の自称天才絵師である青年・与平を住まわせる事になった。そんな与平は人には見えないものが見えるがそれを絵にして売るのを生業にしており、何か秘密を持っているようで……町の人と交流をしながら少し不思議な日常を送る二人。懐かれてしまった不思議な黒猫の黒太郎と共に様々な事件?に向き合っていく
三十路を過ぎた堅物な同心と謎で軟弱な絵師の青年による日常と事件と珍道中
「ほんま相変わらず真面目やなぁ」
「そういう与平、お前は怠けすぎだ」
(やれやれ、また始まったよ……)
また二人と一匹の日常が始まる
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる