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第二章 たすけるやつら
二ノ三 賭博師
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虎丸は、すぐに戻ってきた。
「鮫九郎は獅子蔵の屋敷にいた。話はつけてきたが、他に仲間が多く、ひとりだけ連れ出すわけにはいかなかった。が、一刻(二時間)ばかりしたら、ここに出向いてくるそうだ。来なかったら、また夜にでも屋敷に忍び込む」
「そうか」朱天は首を掻いた。「鮫九郎が来るまでに、なにか妙案をひねり出そう」
そうして一刻。
男が三条大橋を渡ってくる。
刃物のような鋭い目つきをして、小柄だが俊敏そうな体をした男だった。
「鮫九郎!」叫びながら孝安が飛びだした。「釈迦如来像を返せ!」
鮫九郎、凄まじい形相の孝安が近づいていっても、まったく平然としている。
孝安と、彼を追ってきた朱天と茨木が、橋のなかほどで鮫九郎の前に立ちふさがる。
ほかの一味の者達は、広場や橋の向こうなどに散らばっていて、鮫九郎が来たことに気がついていないようだ。
「おいおい、なんだ、上野サマよ。あんた、ひとりじゃ何もできねえから、こんな下種野郎どもにすがりついたのか」
「まあ、そう言いなさんな、鮫九郎さん」朱天が気おされまいと胸を張って、「今日はあんたに折り入って頼みがあるんだ」
「釈迦如来の掛け軸なら、返さねえぜ。あれは借金のカタだ。返してほしかったら、借金を耳そろえて持ってきな」
「そりゃ無理な相談だ」
「なめてんのか」
「なめてなんぞいないさ。それよりも、こうしたらどうかな。掛け軸が賭けのカタというのなら、それを賭けて、もういっちょ勝負してみねえか」
「馬鹿言うんじゃねえ。もうこの上野サマにはさんざん貸しがたまってるんだ。これ以上貸しを増やしてたまるか。だいたい、賭けをすんなら、賭け銭は持ってんのか。こいつの借金は、こいつが数年働き続けねえと返せねえくらいなもんだぞ」
――こいつは困った。
朱天は内心焦った。
賭け金なんぞまったく用意していない。
「そ、そりゃあんた」朱天はそれでも気丈に、「まず、なにで賭けをするかによるな。双六で勝負といきたいが、ここには双六なんぞねえ。が、サイコロならある。どうだ、サイコロで勝負といかねえか」
「お前、頭弱いんとちゃうか?なんでお前の用意したサイコロで勝負しなきゃなんねんだ。細工でもしてあるんじゃねえのか」
「ば、馬鹿を言え」
図星であった。
この一刻ばかり、せっせとサイコロを削って細工をしていたのだ。
それも、そう簡単にはわからないくらい見事なイカサマサイコロができあがっていたのだ。
「賭けをしたいってんなら、こんなんはどうだ」鮫九郎が言い出した。「橋のたもとを見ろ。東にも西にも、猫がいるだろう」
朱天達は、左右を見た。
確かに、今までまったく気がつかなかったが、橋の両たもとに、東に一匹、西に二匹、猫がいて、寝転んだり、退屈そうにあくびをしたりしている。
「あの猫たちが、これから半刻(一時間)の間に、この三条大橋を渡ってここまで来るかどうかを賭けてみねえか」
「おもしれえ、いいだろう、その賭け乗ったぜ」
「おいおい、大丈夫か、ダンナ」
茨木が不安そうに言うのへ、朱天はこくりとうなずいた。
「決まりだな」鮫九郎がにやりと笑った。「で、何を賭ける」
「俺達を賭ける」朱天が自信満々で言う。
「なに?」
「もしこの賭けに負けたら、俺達の仲間五人全員、お前の奴婢になって三年働いてやる」
「あ」と鮫九郎は一瞬あっけにとられて、「あはははは。こいつはいいや。決まりだ。じゃあ、賭けを始めようぜ。その意味不明な自信に免じて、あんたに決めさせてやる。猫が渡ってくるほうに賭けるか、それとも、渡ってこねえほうに賭けるか?」
「渡ってこないほうに賭けるぜ」
「よし、いいぜ。俺は渡ってくるほうに釈迦如来の掛け軸を賭ける。これからちょうど半刻というと、陽が沈む頃合いが半刻だろう」
「うむ、陽が沈むまでに、猫が渡ってこなければ、俺達の勝ち。渡ってきたら、あんたの勝ち」
鮫九郎が手を差し上げた。
「はじめ!」
「鮫九郎は獅子蔵の屋敷にいた。話はつけてきたが、他に仲間が多く、ひとりだけ連れ出すわけにはいかなかった。が、一刻(二時間)ばかりしたら、ここに出向いてくるそうだ。来なかったら、また夜にでも屋敷に忍び込む」
「そうか」朱天は首を掻いた。「鮫九郎が来るまでに、なにか妙案をひねり出そう」
そうして一刻。
男が三条大橋を渡ってくる。
刃物のような鋭い目つきをして、小柄だが俊敏そうな体をした男だった。
「鮫九郎!」叫びながら孝安が飛びだした。「釈迦如来像を返せ!」
鮫九郎、凄まじい形相の孝安が近づいていっても、まったく平然としている。
孝安と、彼を追ってきた朱天と茨木が、橋のなかほどで鮫九郎の前に立ちふさがる。
ほかの一味の者達は、広場や橋の向こうなどに散らばっていて、鮫九郎が来たことに気がついていないようだ。
「おいおい、なんだ、上野サマよ。あんた、ひとりじゃ何もできねえから、こんな下種野郎どもにすがりついたのか」
「まあ、そう言いなさんな、鮫九郎さん」朱天が気おされまいと胸を張って、「今日はあんたに折り入って頼みがあるんだ」
「釈迦如来の掛け軸なら、返さねえぜ。あれは借金のカタだ。返してほしかったら、借金を耳そろえて持ってきな」
「そりゃ無理な相談だ」
「なめてんのか」
「なめてなんぞいないさ。それよりも、こうしたらどうかな。掛け軸が賭けのカタというのなら、それを賭けて、もういっちょ勝負してみねえか」
「馬鹿言うんじゃねえ。もうこの上野サマにはさんざん貸しがたまってるんだ。これ以上貸しを増やしてたまるか。だいたい、賭けをすんなら、賭け銭は持ってんのか。こいつの借金は、こいつが数年働き続けねえと返せねえくらいなもんだぞ」
――こいつは困った。
朱天は内心焦った。
賭け金なんぞまったく用意していない。
「そ、そりゃあんた」朱天はそれでも気丈に、「まず、なにで賭けをするかによるな。双六で勝負といきたいが、ここには双六なんぞねえ。が、サイコロならある。どうだ、サイコロで勝負といかねえか」
「お前、頭弱いんとちゃうか?なんでお前の用意したサイコロで勝負しなきゃなんねんだ。細工でもしてあるんじゃねえのか」
「ば、馬鹿を言え」
図星であった。
この一刻ばかり、せっせとサイコロを削って細工をしていたのだ。
それも、そう簡単にはわからないくらい見事なイカサマサイコロができあがっていたのだ。
「賭けをしたいってんなら、こんなんはどうだ」鮫九郎が言い出した。「橋のたもとを見ろ。東にも西にも、猫がいるだろう」
朱天達は、左右を見た。
確かに、今までまったく気がつかなかったが、橋の両たもとに、東に一匹、西に二匹、猫がいて、寝転んだり、退屈そうにあくびをしたりしている。
「あの猫たちが、これから半刻(一時間)の間に、この三条大橋を渡ってここまで来るかどうかを賭けてみねえか」
「おもしれえ、いいだろう、その賭け乗ったぜ」
「おいおい、大丈夫か、ダンナ」
茨木が不安そうに言うのへ、朱天はこくりとうなずいた。
「決まりだな」鮫九郎がにやりと笑った。「で、何を賭ける」
「俺達を賭ける」朱天が自信満々で言う。
「なに?」
「もしこの賭けに負けたら、俺達の仲間五人全員、お前の奴婢になって三年働いてやる」
「あ」と鮫九郎は一瞬あっけにとられて、「あはははは。こいつはいいや。決まりだ。じゃあ、賭けを始めようぜ。その意味不明な自信に免じて、あんたに決めさせてやる。猫が渡ってくるほうに賭けるか、それとも、渡ってこねえほうに賭けるか?」
「渡ってこないほうに賭けるぜ」
「よし、いいぜ。俺は渡ってくるほうに釈迦如来の掛け軸を賭ける。これからちょうど半刻というと、陽が沈む頃合いが半刻だろう」
「うむ、陽が沈むまでに、猫が渡ってこなければ、俺達の勝ち。渡ってきたら、あんたの勝ち」
鮫九郎が手を差し上げた。
「はじめ!」
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