21 / 72
第二章 たすけるやつら
二ノ三 賭博師
しおりを挟む
虎丸は、すぐに戻ってきた。
「鮫九郎は獅子蔵の屋敷にいた。話はつけてきたが、他に仲間が多く、ひとりだけ連れ出すわけにはいかなかった。が、一刻(二時間)ばかりしたら、ここに出向いてくるそうだ。来なかったら、また夜にでも屋敷に忍び込む」
「そうか」朱天は首を掻いた。「鮫九郎が来るまでに、なにか妙案をひねり出そう」
そうして一刻。
男が三条大橋を渡ってくる。
刃物のような鋭い目つきをして、小柄だが俊敏そうな体をした男だった。
「鮫九郎!」叫びながら孝安が飛びだした。「釈迦如来像を返せ!」
鮫九郎、凄まじい形相の孝安が近づいていっても、まったく平然としている。
孝安と、彼を追ってきた朱天と茨木が、橋のなかほどで鮫九郎の前に立ちふさがる。
ほかの一味の者達は、広場や橋の向こうなどに散らばっていて、鮫九郎が来たことに気がついていないようだ。
「おいおい、なんだ、上野サマよ。あんた、ひとりじゃ何もできねえから、こんな下種野郎どもにすがりついたのか」
「まあ、そう言いなさんな、鮫九郎さん」朱天が気おされまいと胸を張って、「今日はあんたに折り入って頼みがあるんだ」
「釈迦如来の掛け軸なら、返さねえぜ。あれは借金のカタだ。返してほしかったら、借金を耳そろえて持ってきな」
「そりゃ無理な相談だ」
「なめてんのか」
「なめてなんぞいないさ。それよりも、こうしたらどうかな。掛け軸が賭けのカタというのなら、それを賭けて、もういっちょ勝負してみねえか」
「馬鹿言うんじゃねえ。もうこの上野サマにはさんざん貸しがたまってるんだ。これ以上貸しを増やしてたまるか。だいたい、賭けをすんなら、賭け銭は持ってんのか。こいつの借金は、こいつが数年働き続けねえと返せねえくらいなもんだぞ」
――こいつは困った。
朱天は内心焦った。
賭け金なんぞまったく用意していない。
「そ、そりゃあんた」朱天はそれでも気丈に、「まず、なにで賭けをするかによるな。双六で勝負といきたいが、ここには双六なんぞねえ。が、サイコロならある。どうだ、サイコロで勝負といかねえか」
「お前、頭弱いんとちゃうか?なんでお前の用意したサイコロで勝負しなきゃなんねんだ。細工でもしてあるんじゃねえのか」
「ば、馬鹿を言え」
図星であった。
この一刻ばかり、せっせとサイコロを削って細工をしていたのだ。
それも、そう簡単にはわからないくらい見事なイカサマサイコロができあがっていたのだ。
「賭けをしたいってんなら、こんなんはどうだ」鮫九郎が言い出した。「橋のたもとを見ろ。東にも西にも、猫がいるだろう」
朱天達は、左右を見た。
確かに、今までまったく気がつかなかったが、橋の両たもとに、東に一匹、西に二匹、猫がいて、寝転んだり、退屈そうにあくびをしたりしている。
「あの猫たちが、これから半刻(一時間)の間に、この三条大橋を渡ってここまで来るかどうかを賭けてみねえか」
「おもしれえ、いいだろう、その賭け乗ったぜ」
「おいおい、大丈夫か、ダンナ」
茨木が不安そうに言うのへ、朱天はこくりとうなずいた。
「決まりだな」鮫九郎がにやりと笑った。「で、何を賭ける」
「俺達を賭ける」朱天が自信満々で言う。
「なに?」
「もしこの賭けに負けたら、俺達の仲間五人全員、お前の奴婢になって三年働いてやる」
「あ」と鮫九郎は一瞬あっけにとられて、「あはははは。こいつはいいや。決まりだ。じゃあ、賭けを始めようぜ。その意味不明な自信に免じて、あんたに決めさせてやる。猫が渡ってくるほうに賭けるか、それとも、渡ってこねえほうに賭けるか?」
「渡ってこないほうに賭けるぜ」
「よし、いいぜ。俺は渡ってくるほうに釈迦如来の掛け軸を賭ける。これからちょうど半刻というと、陽が沈む頃合いが半刻だろう」
「うむ、陽が沈むまでに、猫が渡ってこなければ、俺達の勝ち。渡ってきたら、あんたの勝ち」
鮫九郎が手を差し上げた。
「はじめ!」
「鮫九郎は獅子蔵の屋敷にいた。話はつけてきたが、他に仲間が多く、ひとりだけ連れ出すわけにはいかなかった。が、一刻(二時間)ばかりしたら、ここに出向いてくるそうだ。来なかったら、また夜にでも屋敷に忍び込む」
「そうか」朱天は首を掻いた。「鮫九郎が来るまでに、なにか妙案をひねり出そう」
そうして一刻。
男が三条大橋を渡ってくる。
刃物のような鋭い目つきをして、小柄だが俊敏そうな体をした男だった。
「鮫九郎!」叫びながら孝安が飛びだした。「釈迦如来像を返せ!」
鮫九郎、凄まじい形相の孝安が近づいていっても、まったく平然としている。
孝安と、彼を追ってきた朱天と茨木が、橋のなかほどで鮫九郎の前に立ちふさがる。
ほかの一味の者達は、広場や橋の向こうなどに散らばっていて、鮫九郎が来たことに気がついていないようだ。
「おいおい、なんだ、上野サマよ。あんた、ひとりじゃ何もできねえから、こんな下種野郎どもにすがりついたのか」
「まあ、そう言いなさんな、鮫九郎さん」朱天が気おされまいと胸を張って、「今日はあんたに折り入って頼みがあるんだ」
「釈迦如来の掛け軸なら、返さねえぜ。あれは借金のカタだ。返してほしかったら、借金を耳そろえて持ってきな」
「そりゃ無理な相談だ」
「なめてんのか」
「なめてなんぞいないさ。それよりも、こうしたらどうかな。掛け軸が賭けのカタというのなら、それを賭けて、もういっちょ勝負してみねえか」
「馬鹿言うんじゃねえ。もうこの上野サマにはさんざん貸しがたまってるんだ。これ以上貸しを増やしてたまるか。だいたい、賭けをすんなら、賭け銭は持ってんのか。こいつの借金は、こいつが数年働き続けねえと返せねえくらいなもんだぞ」
――こいつは困った。
朱天は内心焦った。
賭け金なんぞまったく用意していない。
「そ、そりゃあんた」朱天はそれでも気丈に、「まず、なにで賭けをするかによるな。双六で勝負といきたいが、ここには双六なんぞねえ。が、サイコロならある。どうだ、サイコロで勝負といかねえか」
「お前、頭弱いんとちゃうか?なんでお前の用意したサイコロで勝負しなきゃなんねんだ。細工でもしてあるんじゃねえのか」
「ば、馬鹿を言え」
図星であった。
この一刻ばかり、せっせとサイコロを削って細工をしていたのだ。
それも、そう簡単にはわからないくらい見事なイカサマサイコロができあがっていたのだ。
「賭けをしたいってんなら、こんなんはどうだ」鮫九郎が言い出した。「橋のたもとを見ろ。東にも西にも、猫がいるだろう」
朱天達は、左右を見た。
確かに、今までまったく気がつかなかったが、橋の両たもとに、東に一匹、西に二匹、猫がいて、寝転んだり、退屈そうにあくびをしたりしている。
「あの猫たちが、これから半刻(一時間)の間に、この三条大橋を渡ってここまで来るかどうかを賭けてみねえか」
「おもしれえ、いいだろう、その賭け乗ったぜ」
「おいおい、大丈夫か、ダンナ」
茨木が不安そうに言うのへ、朱天はこくりとうなずいた。
「決まりだな」鮫九郎がにやりと笑った。「で、何を賭ける」
「俺達を賭ける」朱天が自信満々で言う。
「なに?」
「もしこの賭けに負けたら、俺達の仲間五人全員、お前の奴婢になって三年働いてやる」
「あ」と鮫九郎は一瞬あっけにとられて、「あはははは。こいつはいいや。決まりだ。じゃあ、賭けを始めようぜ。その意味不明な自信に免じて、あんたに決めさせてやる。猫が渡ってくるほうに賭けるか、それとも、渡ってこねえほうに賭けるか?」
「渡ってこないほうに賭けるぜ」
「よし、いいぜ。俺は渡ってくるほうに釈迦如来の掛け軸を賭ける。これからちょうど半刻というと、陽が沈む頃合いが半刻だろう」
「うむ、陽が沈むまでに、猫が渡ってこなければ、俺達の勝ち。渡ってきたら、あんたの勝ち」
鮫九郎が手を差し上げた。
「はじめ!」
1
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
獅子の末裔
卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。
和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。
前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。
転生一九三六〜戦いたくない八人の若者たち〜
紫 和春
歴史・時代
二〇二〇年の現代から、一九三六年の世界に転生した八人の若者たち。彼らはスマートフォンでつながっている。
第二次世界大戦直前の緊張感が高まった世界で、彼ら彼女らはどのように歴史を改変していくのか。
雪のしずく
優木悠
歴史・時代
――雪が降る。しんしんと。――
平井新左衛門は、逐電した村人蓮次を追う任務を命じられる。蓮次は幕閣に直訴するための訴状を持っており、それを手に入れなくてはならない。新左衛門は中山道を進み、蓮次を探し出す。が、訴状が手に入らないまま、江戸へと道行きを共にするのであったが……。
鬼が啼く刻
白鷺雨月
歴史・時代
時は終戦直後の日本。渡辺学中尉は戦犯として囚われていた。
彼を救うため、アン・モンゴメリーは占領軍からの依頼をうけろこととなる。
依頼とは不審死を遂げたアメリカ軍将校の不審死の理由を探ることであった。
明治仕舞屋顛末記
祐*
歴史・時代
大政奉還から十余年。年号が明治に変わってしばらく過ぎて、人々の移ろいとともに、動乱の傷跡まで忘れられようとしていた。
東京府と名を変えた江戸の片隅に、騒動を求めて動乱に留まる輩の吹き溜まり、寄場長屋が在る。
そこで、『仕舞屋』と呼ばれる裏稼業を営む一人の青年がいた。
彼の名は、手島隆二。またの名を、《鬼手》の隆二。
金払いさえ良ければ、鬼神のごとき強さで何にでも『仕舞』をつけてきた仕舞屋《鬼手》の元に舞い込んだ、やくざ者からの依頼。
破格の報酬に胸躍らせたのも束の間、調べを進めるにしたがって、その背景には旧時代の因縁が絡み合い、出会った志士《影虎》とともに、やがて《鬼手》は、己の過去に向き合いながら、新時代に生きる道を切り開いていく。
*明治初期、史実・実在した歴史上の人物を交えて描かれる 創 作 時代小説です
*登場する実在の人物、出来事などは、筆者の見解や解釈も交えており、フィクションとしてお楽しみください
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる