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第一章 うごめくやつら
一ノ一 朱天、逃げる
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「なあ、親方。手間賃あげてくんねえかな」
朱天は言った。
相手は大工の棟梁だ。しかもでかい。朱天よりも頭ひとつぶん背が高いし、横幅は朱天の倍はある。ついでに、目もでかい。
そんな相手だ。
さすがに怖い。
だが言わなくっちゃいられない。
「あんだと、おめえ誰に向かってモノ言ってんだ」
朱天、ちょっと怖じ気づいた。
けど負けちゃいられない、だって、
「銭もっとあげてくれねえと、飯食えねえんだよ、腹減ってしかたねえんだよっ!」
「知るか、ボケ」
「食うもん食わねえと、力がでねえだろ、仕事にも身が入らねえんだよ」
「じゃあ、身なんぞいれるな」
「んだと?」
「どうせ貧乏人が住む、棟割り長屋だ」
「地震がきたら潰れちまうぜ」
「そんときは地震が悪いんだろう、俺のせいじゃあねえ」
「てめえ、ひでえな、おい」
「さっきから、黙って聞いてりゃ、なんだてめえ、目上にたいする物言いか?」
「黙って聞いてねえじゃねえか、黙って手間賃あげろや」
朱天が言い終わらないうちに、拳骨が飛んできた。
ゴツン!
鈍い音とともに、朱天の首がほぼ百八十度後ろに回った。
「ざけんなよ、くそジジイ!」
「かかってこいや、くそガキ!」
朱天は、果敢に巨体オヤジに掴みかかった。
でかいクソオヤジの年齢は四十くらい。朱天の倍くらい。こっちの方が若いんだ。ケンカをしたって勝てるかもしれない。いや、きっと勝つ。
が。
あっと思ったら、地べたにころがっていた。
棟梁はそれでも怒りがおさまらない。
朱天の首根っこをつかむと、もう片方の手で、なんども朱天をなぐった。
「痛えか、痛えか、クソガキ。俺にさからったらこうなるんだよ」
言いながら、頭領は殴り続ける。
「ご、ごめんなはい。もう言いません、ゆるしてください」
なぐられながら、朱天はあやまった。
心の底から。
じゃないけど、うわべだけでもあやまっておいた。
「けっ」と棟梁は唾を吐いた。
手を放し、立ちあがった。
「てめえなんぞ、クビだ。俺の前から消え失せろ!」
朱天は地べたに、じつに惨めに、はいずった。
「ばかだな、朱天」
「あんなんに歯向かうからだ」
「黙って働いていりゃ、死なねえ程度には食えてたのによ」
周りで、助けもせずに、黙って見ていた仲間たちが、いや、もう仲間でもなんでもない奴らが、口々に言った。
朱天は立ち上がった。
そうして、その建築現場から立ち去った。
どこにいくあてなんて、まったくない。
朱天はふらふらとした足どりで、平安京の方へと歩いて行った。
片手には、愛用の琵琶を握りしめて。
――どうしよっかな、俺。
朱天はたちまち不安に襲われた。
殴りまくられた顔も痛い。
これからどうやって生きて行けばいいんだろう。
しかたがない。
三条大橋(と人は呼ぶが、簡易的な造りの細い橋)の東の端の、ちょっと開けた場所ですわって、琵琶を弾きはじめた。
いぜんにもやったことがあったのだが、こうして道端で一日中奏でているだけで、通りすがりに銭を投げてくれる者もいて、一日なんとか食っていけるのだ。
周りには、多くの大道芸人たちが芸を披露していた。
独楽回し、お手玉、体を張ったとんぼ返り、芝居、そして……。
――赤い髪?
黄色い着物を身にまとった男が、赤い髪を振り乱して踊っている。
――めだつ男もいるものだ。
その容姿に惹かれるのか、その躍る男の周りには見物人で黒山の人だかり、といった様相だ。
目立つものだから、見物人だけじゃない、別の面倒な人間たちにも目をつけられたようだ。
放免。
である。
治安維持組織たる検非違使の、犬。しもべ。つまり使いっ走り。
赤髪の男と放免ふたりで、口喧嘩が始まった。
朱天はああいう権力を振りかざす奴らをみていると、ヘドがでそうな気分になる。
脇に転がっていた石ころをつかむと、放免のひとりにむかって、投げた。
おでこに見事命中。
ざまあみやがれ。
石の当たった男は、なにかわめき散らしながら周りを恫喝しているが、十五メートルほども離れた場所にいる朱天はノーマークだ。
朱天も、そしらぬ顔で琵琶を弾く。
向こうじゃ、怒号がとびかっている。
赤髪も放免も、頭の血管がぶち切れそうなほどの大声で怒鳴り合っている。
――知ったこっちゃない、俺は琵琶を弾き続けるぜ。
しばらくして、ふと気がつくと、
「なんだぁぁぁぁとぉぉぉぉぉっ!?」
朱天は思わず叫んだ。
赤髪の男がこっちへ向かって走ってくる。
その後ろには、いつのまにか十数人にふくれあがった放免たちが、赤髪を追いかけている。
いや。
ひょっとして、さっき石を投げたのがバレて、こっちに向かって来てるんじゃないの?
朱天は立ち上がった。
逃げた。
朱天は言った。
相手は大工の棟梁だ。しかもでかい。朱天よりも頭ひとつぶん背が高いし、横幅は朱天の倍はある。ついでに、目もでかい。
そんな相手だ。
さすがに怖い。
だが言わなくっちゃいられない。
「あんだと、おめえ誰に向かってモノ言ってんだ」
朱天、ちょっと怖じ気づいた。
けど負けちゃいられない、だって、
「銭もっとあげてくれねえと、飯食えねえんだよ、腹減ってしかたねえんだよっ!」
「知るか、ボケ」
「食うもん食わねえと、力がでねえだろ、仕事にも身が入らねえんだよ」
「じゃあ、身なんぞいれるな」
「んだと?」
「どうせ貧乏人が住む、棟割り長屋だ」
「地震がきたら潰れちまうぜ」
「そんときは地震が悪いんだろう、俺のせいじゃあねえ」
「てめえ、ひでえな、おい」
「さっきから、黙って聞いてりゃ、なんだてめえ、目上にたいする物言いか?」
「黙って聞いてねえじゃねえか、黙って手間賃あげろや」
朱天が言い終わらないうちに、拳骨が飛んできた。
ゴツン!
鈍い音とともに、朱天の首がほぼ百八十度後ろに回った。
「ざけんなよ、くそジジイ!」
「かかってこいや、くそガキ!」
朱天は、果敢に巨体オヤジに掴みかかった。
でかいクソオヤジの年齢は四十くらい。朱天の倍くらい。こっちの方が若いんだ。ケンカをしたって勝てるかもしれない。いや、きっと勝つ。
が。
あっと思ったら、地べたにころがっていた。
棟梁はそれでも怒りがおさまらない。
朱天の首根っこをつかむと、もう片方の手で、なんども朱天をなぐった。
「痛えか、痛えか、クソガキ。俺にさからったらこうなるんだよ」
言いながら、頭領は殴り続ける。
「ご、ごめんなはい。もう言いません、ゆるしてください」
なぐられながら、朱天はあやまった。
心の底から。
じゃないけど、うわべだけでもあやまっておいた。
「けっ」と棟梁は唾を吐いた。
手を放し、立ちあがった。
「てめえなんぞ、クビだ。俺の前から消え失せろ!」
朱天は地べたに、じつに惨めに、はいずった。
「ばかだな、朱天」
「あんなんに歯向かうからだ」
「黙って働いていりゃ、死なねえ程度には食えてたのによ」
周りで、助けもせずに、黙って見ていた仲間たちが、いや、もう仲間でもなんでもない奴らが、口々に言った。
朱天は立ち上がった。
そうして、その建築現場から立ち去った。
どこにいくあてなんて、まったくない。
朱天はふらふらとした足どりで、平安京の方へと歩いて行った。
片手には、愛用の琵琶を握りしめて。
――どうしよっかな、俺。
朱天はたちまち不安に襲われた。
殴りまくられた顔も痛い。
これからどうやって生きて行けばいいんだろう。
しかたがない。
三条大橋(と人は呼ぶが、簡易的な造りの細い橋)の東の端の、ちょっと開けた場所ですわって、琵琶を弾きはじめた。
いぜんにもやったことがあったのだが、こうして道端で一日中奏でているだけで、通りすがりに銭を投げてくれる者もいて、一日なんとか食っていけるのだ。
周りには、多くの大道芸人たちが芸を披露していた。
独楽回し、お手玉、体を張ったとんぼ返り、芝居、そして……。
――赤い髪?
黄色い着物を身にまとった男が、赤い髪を振り乱して踊っている。
――めだつ男もいるものだ。
その容姿に惹かれるのか、その躍る男の周りには見物人で黒山の人だかり、といった様相だ。
目立つものだから、見物人だけじゃない、別の面倒な人間たちにも目をつけられたようだ。
放免。
である。
治安維持組織たる検非違使の、犬。しもべ。つまり使いっ走り。
赤髪の男と放免ふたりで、口喧嘩が始まった。
朱天はああいう権力を振りかざす奴らをみていると、ヘドがでそうな気分になる。
脇に転がっていた石ころをつかむと、放免のひとりにむかって、投げた。
おでこに見事命中。
ざまあみやがれ。
石の当たった男は、なにかわめき散らしながら周りを恫喝しているが、十五メートルほども離れた場所にいる朱天はノーマークだ。
朱天も、そしらぬ顔で琵琶を弾く。
向こうじゃ、怒号がとびかっている。
赤髪も放免も、頭の血管がぶち切れそうなほどの大声で怒鳴り合っている。
――知ったこっちゃない、俺は琵琶を弾き続けるぜ。
しばらくして、ふと気がつくと、
「なんだぁぁぁぁとぉぉぉぉぉっ!?」
朱天は思わず叫んだ。
赤髪の男がこっちへ向かって走ってくる。
その後ろには、いつのまにか十数人にふくれあがった放免たちが、赤髪を追いかけている。
いや。
ひょっとして、さっき石を投げたのがバレて、こっちに向かって来てるんじゃないの?
朱天は立ち上がった。
逃げた。
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