帯刀医師 田村政次郎

第八話 悲壮の剣 後編

三

　「あっ！」
そう言って、陽は河川敷に倒れ込んだ。太郎と鍔迫り合いになり、引き下がろうと体制を変えたとき、太郎は陽の身体を押し倒した。
「やっと。やっとここまで来た。父を殺し、俺を一人に追いやった。この女を殺せる…」
そう言って刀を陽へ向けた。
「良かったな。太郎殿。これで土浦藩への帰藩が叶うな。」
「俺は帰藩などせぬ。旅に出る。」
そう言うと、太郎は陽の胸へ刀を吸い込ませたのだった。その時の陽の顔は、安堵に満ちた顔で、とても死顔、しかも殺される様な顔では無かったのを、観客は皆目に焼き付けた。

　太郎は陽への仇討ちを果たすと、その場に膝から崩れ落ちた。
「父上…やりました。太郎は、父上の仇を果たし申しました。」
そう太郎は静かに叫んだ。

「白井太郎殿であるな。」
そう言って崩れる太郎に後ろから話しかけたのは、政次郎であった。
「貴殿は、どちら様で。」
パッと見た身なりからして、自分より身分が上の者と判断したのだろう。太郎は、着崩れを直し、姿勢を直す。
「このままでは仇討ちの事実が明るくなり、問答が寄せられる。一度我が家へ参られるが良かろう。」
政次郎が小さく言ったのに対して、太郎は、小さく頷いた。
　政次郎は事が大きな事にならぬよう、いち早く太郎をその場から避難させることを考えて、早速静寂に包まれた闇夜の中を走り出した。陽がこの場に着いたときにはあった筈の太陽も何時の間にか消えている。