帯刀医師 田村政次郎

序文

　時は江戸。時の将軍は家光の時代。夕方になりかけても尚、人が絶えないここ上野には、繁盛はしていないものの、少なくとも江戸では一番の医者がいた。それもただの医者ではない。将軍家縁者なのである。さらに特例として町人であるにもかかわらず帯刀、つまり刀を持つことを許されているのである。
　その男、名を田村政次郎と言い、先の将軍秀忠の20歳で亡くなった嫡男徳川家政の忘れ形見である。家政が十六のとき、狩りの帰りに立ち寄った村の村長の長女お滝に手を付け産ませた者で、その後お滝が家政の正室となった為、家政嫡男と密かに公認はされているものの、家政の死後混乱を避けて旗本の田村家に養子に入り、身を引いたため、政次郎の存在を知っているものは極わずか。
 政次郎自身、将軍等には興味がなく、そんなことは考えたことすらない。今は家政から受け継いだ名刀義光の太刀と正宗の脇差しを医者を続けながら守っている。