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第五話
しおりを挟む翌日から、私は暇さえあると、翡翠の姿を捜して宮城の敷地内をうろつくようになった。どうせ部屋で待っていても、青帝陛下の訪れはないのだから。
――できる限り、下女の手は借りないよう、自分のことは自分でするとして……。
考え事をしながら歩いていると、
「これは、番様」
たまに人とすれ違う際、私に気づいた相手はすぐさま目線を下げて、深くお辞儀をする。私に道を譲り、私がそこを立ち去るまで、その体勢から動かない。会う人会う人、皆この調子なので、私は次第に居心地が悪くなってきた。自然と足が、人気のない場所へと向かう。
――翡翠は、普通に接してくれたのに。
さる高官の息子だと養父は言っていたけれど、本当のところはどうなのだろう。翡翠はほとんど自分の話をしないから、私も彼については何も知らない。
――でも、それが何だって言うの。
私だって、罪人の娘であることは周囲の人たちに隠している。話したくもないし、触れられたくもない。翡翠にもきっと、似たような事情があるのだ。
「――翡翠っ」
果樹園の近くで彼を見つけて、私は嬉しさのあまり走り出していた。
「こんなところにいた」
「走るな、珊瑚。転ぶぞ」
ぶすっとした顔で言いながら、振り返ってこちらを見る。
「また俺を探してたのか」
「何をしてるの?」
「別に、何も」
「一緒にいてもいい?」
「ダメだ、帰れ」
「どうしてよ。暇なんでしょ?」
「暇じゃない」
なんだかんだ言い合いながら、私は翡翠の隣に立って、美しい花を咲かせる樹木を眺めた。
「林檎の花って、いつ見ても綺麗ね」
「龍の好物だ。だからここでも育ててる」
「そうなの? てっきり水草しか食べないのかと思ってた」
「果物も食べる」
「私も好きよ、林檎。見た目も可愛いし」
「……ふーん」
興味なさそうにつぶやいて、翡翠は言いにくそうに口を開いた。
「おまえ、あんまり外、出歩かないほうがいいぞ」
「外って? ここ敷地内でしょ」
「けど後宮と違って、危険だ。宦官以外の男もいるし」
「自分のこと言ってる?」
「俺のことは勘定に入れなくていいんだよ」
確かに翡翠は私と同じ十五歳だから、厳密に言えば成人男性ではない。
「でも、青帝陛下は何もおっしゃらないわ」
「それは……うるさく言って、おまえに嫌われたくないからだろ」
「後宮に入れるつもりもないようだし」
「……後宮に入りたいのか?」
「ぜんぜん」
「だからだよ」
私はふてくされたように翡翠を見る。
「ずいぶんと陛下の肩を持つのね」
「そうか?」
「同じ男として気持ちがわかる、とか?」
「まあ、そうだな」
「だったらどうして陛下は私に会いに来ないの? まるで避けておられるみたい」
「……単にびびってるだけだと思う。おまえに拒絶されるかもって」
「平民である私が、陛下を拒めるわけないでしょ」
「それだよ」
翡翠は苦笑いを浮かべて指摘する。
「それが分かってるから、おまえに近づけないんだ」
「つまり私に無理強いしたくないってこと?」
それでは矛盾していると、私は眉を寄せる。
「私を妻にするのは当たり前、みたいなこと公言してたくせに」
「そこは理性よりも本能を優先したんだろ」
「番を前にすると平常心を失うってやつ? 翡翠もあの書物、読んだんだ」
曖昧な態度でうなずく翡翠に、私は続ける。
「で、私が十八になったら夜伽を命じるわけね」
「……嫌か?」
こわごわ訊ねられて、かぶりを振る。
「何もしないでいるよりはマシ。なにせ居候の身だし?」
冗談めかして答えると、翡翠は困ったように目を伏せた。
「俺を恨んでもいいんだぞ」
「どうして? 翡翠は私の命の恩人なのに」
私は翡翠のことが好きだった。今でも好きだ。
けれど今さら――このような状況下で、思いを伝える気は毛頭ない。
彼を困らせるだけだから。最悪、また姿を消してしまう恐れもある。
「悪いと思うんだったら約束して。もう黙っていなくならないって」
「……約束する」
「絶対よ」
「絶対」
ほっとして、私は林檎の木に視線を戻した。
…………
………
……
数日後、甘い香りに誘われて、台所に立ち寄った私は唖然とした。
「これ、何ですか」
「林檎でございます」
律儀に答えてくれる下女に、「それは見ればわかるんですけど」と遠慮がちに言う。
「収穫はまだたいぶ先でしたよね?」
「わたくしも詳しくは存じませんが、陛下のお力で収穫を早められたそうです」
よほど林檎が食べたかったのかと首をひねる。
「これらは全て、陛下から番様への贈り物です」
私は龍か、と思わずツッコミを入れてしまうほどの量だった。
地面を埋め尽くすほどの、大量の林檎。
「おすそ分けは大変ありがたいんですけど、さすがにこの量は……」
「番様が食す分だけ頂いて、あとは龍の宿舎へ持っていきましょうか?」
気の利く下女に、お願いしますと頭を下げる。
それにしても、なぜに贈り物が林檎なの?
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