上 下
13 / 59
危険なヴァレ山で恐怖の岩登り

13

しおりを挟む

 荒れた山道に入ってから、かなりの時間が経った気がした。

 まばらに生えた木々の間を抜けて、苔生した森に入る。



 最初はドラゴンの襲撃を警戒しつつ、森を進んでいたのだが、それほど心配する必要はなかったようだ。ドラゴンの鳴き声は絶えず聞こえてくるものの、今のところ、こちらに近づいてくる気配はない。



 木々が途切れて、森が終わると、一気に視界が開けた。細い道だが展望が良く、そびえ立つ山々が一望できる。眼下にはエメラルドグリーンに輝く湖が広がり、数頭のドラゴンが水を飲んでいるのが見えた。



 前を歩いていたシアが振り返り、「静かに」と目で合図してくる。

 水を飲んでいるドラゴンたちを刺激しないためだろう。

 アネーシャは「わかった」と頷き返し、極力物音を立てないように進んだ。



 しばらくはゆるやかな上りが続き、周囲の景色を楽しむ余裕もあったのだが、



「ねぇコヤ様」

『なあに、アネーシャ』

「雲行きが怪しくなってきたね」

『そうねぇ』

「雨まで降ってきた」

『あら、ホント』

「……なんか寒いし」

『足元、滑らないように気をつけなさい』



 じゃなくて、とアネーシャは頬を膨らませる。



「悪天候にならないって言ったくせに」

『アネーシャ、知らないの? 神様って気まぐれなのよ』

「もういい、下山するから」



 呆れて来た道を引き返そうとするものの、



『わかったわかった』



 一瞬、強い風が吹いたかと思えば、瞬く間に空が晴れて、暖かな日差しがさす。



『ほら、これでいいでしょ?』



 ありがとうと呟いて、再び歩を進める。



 コヤは現在、猫の姿ではなく、栗鼠の姿に化けてアネーシャの肩にしがみついている。

 アネーシャの身体を正常な状態に保つため、常に神力を注いでくれているようだ。



 おかげで体力が尽きることも、呼吸が苦しくなることもなく――口ではなんだかんだと言いつつも、アネーシャは初めての登山を楽しんでいた。



 ひんやりとした澄んだ空気に、美しい景色――登山口までの道のりは荒地と化していたものの、ヴァレ山にはまだ十分緑が残っていて、上の方に見えるゴツゴツとした岩場も、迫力があった――たまに道端に咲いた可憐な花を見つけると、心がほっこりした。



 ともあれ、用心に用心を重ねても、ドラゴンに遭遇する時は遭遇するもので、



「もしかしてこの岩を登るの?」

「たぶんな」



 途中から道が途切れ、広い場所に出ると、岩場の前でシアが足を止めた。

 岩場はほぼ垂直で、ごつごつとした岩があちこちに突き出ている。



「上からロープがぶら下がっているだろ? これを使って登るんだ」



 言いながらシアはロープを引っ張って、安全性を確かめている。



「先に俺が登る」

「……無理しないで」



『ちょっとあんたたち、のんきに話してていいの? そこ、ドラゴンがいるんですけど』



 はっと顔を上げたアネーシャは「どこ?」と素早く視線を走らせた。



『あのでっかい岩。ドラゴンが擬態してる』

「シア、気をつけて。そこの岩、擬態したドラゴンだって」



 岩壁にぴったり張り付いて、他の岩に紛れ込んでいる。

 かなりの大きさだ。



 おそらく、ここを餌場にしているのだろう。よくよく目を凝らせば、岩場の尖った箇所や地面の隅に、ここで犠牲になっただろう登山家やドラゴンハンターの衣類やら荷物の残骸やらが引っかかっていた。



「逃げる?」

「いや……あいつを追っ払わないと上には上がれないだろ」

「じゃあ、どうするの?」

「実験台にする」



 そう言ってシアは、アネーシャにここから離れるよう指示すると、ロープを使って、音もなく岩壁を登り始めた。あっという間にドラゴンのいる場所まで登ると、手袋を外してその身体に触れる。



 ジュウッと何かが焼ける音がし、たちまち青い炎に包まれたドラゴンが身悶えして地面に落ちた。焼き焦げるような匂いが辺りに充満し、ドラゴンの肉体が徐々に崩れ落ちていく。



 骨と心臓だけ残して、他の部分は溶けてドロドロになってしまった。



「……何が起きたの?」

『炎と毒の合わせ技ってやつでしょ』



 凄まじい悪臭に鼻をつまみつつ、アネーシャは「はぁ」と感心した声を出す。

 自分の力が上位種にも通用すると分かって自信を持ったのか、シアは得意気に言った。



「俺はこのまま上まで登る」

「はいはい」



 貴重な戦利品を革袋に入れて、アネーシャも慎重に登り始めた。



『下を見ちゃダメよ、アネーシャ』

「やめて。そう言われると見ちゃうから」



 案の定ちらりと下を見てしまい、ぞっとした。



「私も手袋つけてくれば良かった」



 岩の尖った部分や欠けた箇所が皮膚に食い込んで、痛みを感じる。



『怪我した先から治してあげるわよ』

「それに結構、力いるね」



 ロープがあるおかげでかろうじて前進しているものの、握力が弱いせいか、うまく岩にしがみつけない。腕や足だけでなく、普段使わないような部分にまで力が入ってしまう。足場も不安定で、少し力を抜いただけで滑り落ちそうになった。 



『ちょっと、さっきから全く進んでないんですけど?』

「進んでます。ただちょっとゆっくりなだけです」

『ゆっくり過ぎるでしょ。もうちょっとスピード上がらないの?』

「無茶言わないでよ」



 大小関わらず、落石する音が聞こえるたびに、怖がって動きを止めるアネーシャ。



『……こりゃ長期戦か』



 アネーシャがようやく岩場を登りきった頃には、日は既に暮れていて、



「やっと来たか」



 良い匂いがすると思ったら、野営の準備を済ませたシアが、生肉を火であぶっていた。一体何の肉かと思いきや、近くにグロテスクな見た目の小型ドラゴンが転がっていて、「ああ」と察する。



「それ、食べられるの?」

「腹は膨れる」



 猛毒を食しても平気な彼なら、まあ腹を下すことはないのだろう。



「お前も食うか?」

「遠慮します」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵家に生まれて初日に跡継ぎ失格の烙印を押されましたが今日も元気に生きてます!

小択出新都
ファンタジー
 異世界に転生して公爵家の娘に生まれてきたエトワだが、魔力をほとんどもたずに生まれてきたため、生後0ヶ月で跡継ぎ失格の烙印を押されてしまう。  跡継ぎ失格といっても、すぐに家を追い出されたりはしないし、学校にも通わせてもらえるし、15歳までに家を出ればいいから、まあ恵まれてるよね、とのんきに暮らしていたエトワ。  だけど跡継ぎ問題を解決するために、分家から同い年の少年少女たちからその候補が選ばれることになり。  彼らには試練として、エトワ(ともたされた家宝、むしろこっちがメイン)が15歳になるまでの護衛役が命ぜられることになった。  仮の主人というか、実質、案山子みたいなものとして、彼らに護衛されることになったエトワだが、一癖ある男の子たちから、素直な女の子までいろんな子がいて、困惑しつつも彼らの成長を見守ることにするのだった。

【完結】愛されなかった私が幸せになるまで 〜旦那様には大切な幼馴染がいる〜

高瀬船
恋愛
2年前に婚約し、婚姻式を終えた夜。 フィファナはドキドキと逸る鼓動を落ち着かせるため、夫婦の寝室で夫を待っていた。 湯上りで温まった体が夜の冷たい空気に冷えて来た頃やってきた夫、ヨードはベッドにぽつりと所在なさげに座り、待っていたフィファナを嫌悪感の籠った瞳で一瞥し呆れたように「まだ起きていたのか」と吐き捨てた。 夫婦になるつもりはないと冷たく告げて寝室を去っていくヨードの後ろ姿を見ながら、フィファナは悲しげに唇を噛み締めたのだった。

魔力ゼロの出来損ない貴族、四大精霊王に溺愛される

日之影ソラ
ファンタジー
魔法使いの名門マスタローグ家の次男として生をうけたアスク。兄のように優れた才能を期待されたアスクには何もなかった。魔法使いとしての才能はおろか、誰もが持って生まれる魔力すらない。加えて感情も欠落していた彼は、両親から拒絶され別宅で一人暮らす。 そんなある日、アスクは一冊の不思議な本を見つけた。本に誘われた世界で四大精霊王と邂逅し、自らの才能と可能性を知る。そして精霊王の契約者となったアスクは感情も取り戻し、これまで自分を馬鹿にしてきた周囲を見返していく。 HOTランキング&ファンタジーランキング1位達成!!

愛する寵姫と国を捨てて逃げた貴方が何故ここに?

ましゅぺちーの
恋愛
シュベール王国では寵姫にのめり込み、政を疎かにする王がいた。 そんな愚かな王に人々の怒りは限界に達し、反乱が起きた。 反乱がおきると真っ先に王は愛する寵姫を連れ、国を捨てて逃げた。 城に残った王妃は処刑を覚悟していたが今までの功績により無罪放免となり、王妃はその後女王として即位した。 その数年後、女王となった王妃の元へやってきたのは王妃の元夫であり、シュベール王国の元王だった。 愛する寵姫と国を捨てて逃げた貴方が何故ここにいるのですか? 全14話。番外編ありです。

私の愛する人は、私ではない人を愛しています

ハナミズキ
恋愛
代々王宮医師を輩出しているオルディアン伯爵家の双子の妹として生まれたヴィオラ。 物心ついた頃から病弱の双子の兄を溺愛する母に冷遇されていた。王族の専属侍医である父は王宮に常駐し、領地の邸には不在がちなため、誰も夫人によるヴィオラへの仕打ちを諫められる者はいなかった。 母に拒絶され続け、冷たい日々の中でヴィオラを支えたのは幼き頃の初恋の相手であり、婚約者であるフォルスター侯爵家嫡男ルカディオとの約束だった。 『俺が騎士になったらすぐにヴィオを迎えに行くから待っていて。ヴィオの事は俺が一生守るから』 だが、その約束は守られる事はなかった。 15歳の時、愛するルカディオと再会したヴィオラは残酷な現実を知り、心が壊れていく。 そんなヴィオラに、1人の青年が近づき、やがて国を巻き込む運命が廻り出す。 『約束する。お前の心も身体も、俺が守るから。だからもう頑張らなくていい』 それは誰の声だったか。 でもヴィオラの壊れた心にその声は届かない。 もうヴィオラは約束なんてしない。 信じたって最後には裏切られるのだ。 だってこれは既に決まっているシナリオだから。 そう。『悪役令嬢』の私は、破滅する為だけに生まれてきた、ただの当て馬なのだから。

優秀な姉の添え物でしかない私を必要としてくれたのは、優しい勇者様でした ~病弱だった少女は異世界で恩返しの旅に出る~

日之影ソラ
ファンタジー
前世では病弱で、生涯のほとんどを病室で過ごした少女がいた。彼女は死を迎える直前、神様に願った。 もしも来世があるのなら、今度は私が誰かを支えられるような人間になりたい。見知らぬ誰かの優しさが、病に苦しむ自分を支えてくれたように。 そして彼女は貴族の令嬢ミモザとして生まれ変わった。非凡な姉と比べられ、常に見下されながらも、自分にやれることを精一杯取り組み、他人を支えることに人生をかけた。 誰かのために生きたい。その想いに嘘はない。けれど……本当にこれでいいのか? そんな疑問に答えをくれたのは、平和な時代に生まれた勇者様だった。

「僕は病弱なので面倒な政務は全部やってね」と言う婚約者にビンタくらわした私が聖女です

リオール
恋愛
これは聖女が阿呆な婚約者(王太子)との婚約を解消して、惚れた大魔法使い(見た目若いイケメン…年齢は桁が違う)と結ばれるために奮闘する話。 でも周囲は認めてくれないし、婚約者はどこまでも阿呆だし、好きな人は塩対応だし、婚約者はやっぱり阿呆だし(二度言う) はたして聖女は自身の望みを叶えられるのだろうか? それとも聖女として辛い道を選ぶのか? ※筆者注※ 基本、コメディな雰囲気なので、苦手な方はご注意ください。 (たまにシリアスが入ります) 勢いで書き始めて、駆け足で終わってます(汗

夫と妹に裏切られて全てを失った私は、辺境地に住む優しい彼に出逢い、沢山の愛を貰いながら居場所を取り戻す

夏目萌
恋愛
レノアール地方にある海を隔てた二つの大国、ルビナとセネルは昔から敵対国家として存在していたけれど、この度、セネルの方から各国の繁栄の為に和平条約を結びたいと申し出があった。 それというのも、セネルの世継ぎであるシューベルトがルビナの第二王女、リリナに一目惚れした事がきっかけだった。 しかしリリナは母親に溺愛されている事、シューベルトは女好きのクズ王子と噂されている事から嫁がせたくない王妃は義理の娘で第一王女のエリスに嫁ぐよう命令する。 リリナには好きな時に会えるという条件付きで結婚に応じたシューベルトは当然エリスに見向きもせず、エリスは味方の居ない敵国で孤独な結婚生活を送る事になってしまう。 そして、結婚生活から半年程経ったある日、シューベルトとリリナが話をしている場に偶然居合わせ、実はこの結婚が自分を陥れるものだったと知ってしまい、殺されかける。 何とか逃げる事に成功したエリスはひたすら逃げ続け、力尽きて森の中で生き倒れているところを一人の男に助けられた。 その男――ギルバートとの出逢いがエリスの運命を大きく変え、全てを奪われたエリスの幸せを取り戻す為に全面協力を誓うのだけど、そんなギルバートには誰にも言えない秘密があった。 果たして、その秘密とは? そして、エリスとの出逢いは偶然だったのか、それとも……。 これは全てを奪われた姫が辺境地に住む謎の男に溺愛されながら自分を陥れた者たちに復讐をして居場所を取り戻す、成り上がりラブストーリー。 ※ ファンタジーは苦手分野なので練習で書いてます。設定等受け入れられない場合はすみません。 ※他サイト様にも掲載中。

処理中です...