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第十話

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 志伊良タスクの命が狙われている。

 その犯人を見つけて捕まえてやると、息巻いていた俺だったが、



 ――だめだ、さっぱり分からん。



 これがドラマや映画の中なら、早々に犯人に繋がる手がかりを見つけ、それを元に捜査したり推理したりするのだろうが、そもそも手がかりなんてものはないし――そういえば以前、通学カバンの中に女性ものの下着が突っ込まれていたが、もしやあれが手がかりか? 気味が悪くてすぐに捨ててしまったが――俺は刑事でも名探偵高校生でもない。いうなれば超スーパーイケメン高校生の皮を被ったモブだ。



 怪しいと思えばクラスメイト全員が怪しく見えるし、高齢の男子教師にすら疑いの目を向けてしまう。そもそも読書は好きだが頭を使うのは苦手だ。頭痛がして夜眠れなくなる。ということで、俺は早々に犯人捜しをやめてしまった。



 捜すまでもなく、どうせ向こうから接触してくるに違いない。

 俺タスクが生きている限り、何度でも命を狙ってくるだろう。



 ――ただ、いつ来るのか分かんねぇから怖いんだよな。



 とりあえず防犯ブザーと催涙スプレーを買ってみたが、役に立つかは分からない。痴漢を撃退するように殺人犯も撃退できればいいが。背後からぶすっとナイフで刺されたらどうしよう。エスカレーターでいきなり突き落とされたら? ただその瞬間を待っているだけなのに、日に日に神経がすり減っていく。



 ――とりあえず、高い場所から突き落とされた時の対処法でも考えるか。



 二度あることは三度あるというし。

 備えあれば患いなし、である。



 ――やっぱりイケメンになったって、ろくなことがない。





「志伊良さん、最近御伽さんのお見舞いに来ていないようですが、どうしてですか?」

 

 

 帰り道、ふらりと立ち寄った公園で、地域猫を撫でている甘神に出くわした。

 

「もしかして私のこと、避けてます?」



 今まさに回れ右して逃げようとした俺だったが、その言葉で足を止めてしまう。あらためて甘神の顔を見ると、目に生気がない。珍しく落ち込んでいるようだ。何かあったのだろうか。



「どうしてそう思うんだ?」

「御伽さんが私のことを好きだから。恋敵のことを憎いと思うのは当然でしょう」



 どうやら例の勘違いは絶賛継続中らしい。



「何度も言うようだけど、俺、御伽のことなんてなんとも思っていないから……」



 勘違いしないでよね、と古いアニメのツンデレキャラみたいな台詞を吐いてしまう自分が嫌だ。



「分かりました、そいうことにしておいてあげます」



 相変わらずな甘神の対応に涙が出てくる。



 元から人懐こいのか、地域猫はニャーと鳴きながら甘神の足もとにまとわりついている。三毛猫だから、おそらくメスだろう。毛並みも艶やかで、健康そうだ。猫を見たのは久しぶりで、俺の手は中毒患者のように震え始めた。どうやら禁断症状が出始めたらしい。



 ――もうひと月も猫に触っていない。



 いい加減、限界だ。

 

 数秒間、俺は我を忘れていたのだと思う。

 気づけば甘神の隣にしゃがみこみ、猫を撫でまわしていた。



 その様子を、信じられないとばかりに甘神が凝視している。



「志伊良さん、貴方……猫アレルギーのはずでは?」



 そういえばそうだった。

 自覚した途端、鼻がムズムズして、くしゃみが止まらなくなってしまう。



 一方の猫は、リラックスした体勢で地面に寝転がっていた。もっと撫ぜろと言わんばかりに「ニャー」と鳴かれて、俺の手が勝手に動いてしまう。目と鼻から透明な液体が流れ出しても、俺はその手を止めることができなかった。



「その手つき……まるで御伽さんみたい」



 近くを通りかかった車のクラクションに驚いて猫が逃げ出してしまうと、その場に俺と甘神だけが残された。



「拭いてください、ひどい有様ですよ」



 差し出されたハンカチを、俺はありがたく受け取った。

 涙を拭いて、盛大に鼻をかむと、「ああ」と甘神の嘆く声が聞こえた。

 

「ちゃんと洗濯して返すから」

「いいえ、結構です。差し上げます」



 答えながら、不思議そうに俺タスクを見る。



「もしかして猫、おうちで飼ってらっしゃるんですか?」



 いいやとかぶりを振ると、「そうですか」と気の抜けた声を出す。

 なんだかこのやりとり、デジャブだ。



「ずいぶんと猫ちゃんの扱いに慣れているようでしたので」

「それはイメージトレーニングとキングのおかげ」



 胸を張って答えれば、甘神はハッとしたように息を飲む。



「……キング……って」

「ベンガルのキング。もうひと月も会ってないから、たぶん俺のこと忘れてるだろうな」



 甘神は怒ったように立ち上がると、



「御伽さんから聞いたんですね? そうでしょ?」



 俺も立ち上がって、正面から甘神の怒りを受け止める。



「一度もお店に来たことがない志伊良さんが、キングのことを知っているはずがありませんから」

「甘神、聞いてくれ。記憶喪失っていうのは嘘で、本当は……」

「御伽さんのふりをするのはやめてくださいっ」



 甘神が大きな声を出すの、久しぶりに聞いた気がする。

 

「よくそんな不謹慎なことができますね。御伽さんは事故に遭って……いつ目を覚ますか、分からないのに」

「ああ、そうだよ。たぶんそのせいで、タスクと入れ替わったんだ」



 まだ言うか、とばかりに甘神は俺を睨みつける。



「ふりなんかしていない。俺が御伽草士なんだよ。どういう理屈が分からないけど、目覚めたらタスクの中にいたんだ」

「信じられません」



 それはそうだろう。

 俺だって悪夢にうなされてる気分だ。



「去年、川で猫を助けたの覚えてるか? 俺はその場にいただけだけど、甘神、すげぇカッコよかったよ。川の水、結構冷たかったのにさ。あれ、絶対にあとで風邪引いただろ?」



「……危うく肺炎になりかけました」



 答えたあとで甘神はハッとしたように下唇を噛む。



「それも御伽さんから聞いたんですね」

「誰にも話していない、信じてくれよ、俺が御伽草士なんだ」



 頑なに俺を睨みつけてくる甘神だったが、



「だったら教えてください、御伽さんはどうして車の前に飛び出したりしたのですか?」



 その視線がわずかに緩んだのを、俺は見逃さなかった。



「病院で聞きました。御伽さんが車に轢かれたのは事故ではなく、自分から車の前に飛び出した……自殺を図ろうとしていたせいだと。それは本当ですか? もしもそれが事実なら、原因は、私が御伽さんのことを振ったから……?」



 甘神がやけに落ち込んでいた理由がようやく分かった。

 大きな瞳から涙が零れ落ちる前に、「違う」と声を被せる。



「車道に子猫がいたんだ。で、考える間もなく身体が動いた。川に飛び込んだ甘神と同じだよ」

「……私のせいにするんですか?」

「ごめん、そんなつもりじゃ……」



 甘神はふうと息を吐くと、涙をぬぐって笑う。



「志伊良さん、びっくりするほど演技がお上手ですね。本当に御伽さんと会話しているみたいでした」

「甘神が信じてくれるまで何度だって言うよ、俺が御伽草士だって」

「もう、いい加減にしてくださいっ」



 追い詰められた小動物のように甘神は怯えていた。



「二度とこんな真似しないでっ」



 走り去る彼女を俺は黙って見送ることしかできなかった。

 彼女を怒らせるつもりも、怖がらせるつもりもなかった。



 ただ信じてもらいたかっただけなのに。



 ――なんか焦ってんのかなぁ、俺。

 



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