上 下
463 / 469
ダークエルフの帰還

しょうゆを使ったタレ作り

しおりを挟む
 厚意で手伝ってくれるのに名乗らないのは失礼になってしまう。
 こちらから自己紹介することにした。

「名乗るのが遅れました、マルクといいます。ランス王国の方から来ました」

「そりゃまたずいぶん遠くから。あっしは兵士のデンスケっす」

 たずねるまでもなく日本人風の黒い髪と暗めの瞳の色から、彼がサクラギから来ていることが分かる。
 デンスケは兵士だけなあって、他の人たちと例に漏れず精悍な顔つきをしていた。
 日に焼けた肌をしているので、普段は畑仕事を手伝ったりしているのかもしれない。

「これから先にタレを作るので、まずはそれをモモカさんの部屋に持っていてもらえますか?」

「合点承知」

 ダイモンのひと声が効いているようで、デンスケの反応はよかった。
 渋々手伝われるよりも頼みやすい感じがする。

「タレが完成したら声をかけるので、そちらの仕事を続けてください」
 
「食器の整理が残ってるんで、向こうにいるっす」

 デンスケは愛想よく応じて、目と鼻の先にある棚の方に向かった。

 一旦かまどへと向かい、フライパンが熱くなりすぎないかを確かめる。
 火が弱くなっているので、そこまで加熱される心配はないようだ。
 それからタレ作りに必要な材料をピックアップして、調理場へと戻った。

 まずはベースとなるしょうゆを金属製の容器に注ぐ。
 そこに砂糖、料理酒を適量追加。
 味を見ながら濃さを調整して、ニンニクとショウガの汁を混ぜ合わせる。
 最後に風味づけのゴマ油をいくらか垂らして完成だ。

「……うん、この味なら十分だ」

 しょうゆが癖のない風味であることで、味がまとまりやすくなっていた。
 スパイシーだったり、甘みを強くしたりという味つけもできるのだが、モモカの好みをしっかりと把握しているわけではない。
 そのため、標準的な味つけにしたいところだし、しょうゆが使いやすいことは好都合だった。

 ブリスケの量に合わせて、だいたい二十人前を目安に作ったが、先に運んでもらうのは数人分で足りるはずだと思った。
 モモカとアンズ、それにダイモン……あとはリリアとクリストフも食べられるようにしておけば問題ないはずだ。

 完成したタレを取り分けやすい容器に移して、人数分の小皿を用意する。
 そこでデンスケに声をかけて、モモカのところに運んでもらうように頼んだ。
 俺よりもここでの配膳や運搬に慣れているので、安心してお願いできると思った。

 先ほどブリスケを焼く工程が後回しになってしまい、改めてかまどの火力を調整する。
 蒸発することでフライパンの上の油が少なくなっており、ブリスケが焦げつかないように追加しておく。

 バラムで流通しているフライパンはそれなりのものがほとんどだが、このフライパンは腕のいい鍛冶師が作っているようだ。
 サクラギでは質の高い刀剣を鍛造する技術があり、その応用でフライパンも作れるのだろう。
 
 熱の伝達が十分になったところで、調理台から必要な分のブリスケを持ってくる。
 大きめのフライパンの上に並べていくと、ジュワっと肉の焼ける音がした。
 漂ってくる脂分の香りに癖はなく、ブリスケに臭みがないことを教えてくれた。
 美味しそうな匂いを鼻腔に感じながら、ミディアムからミディアムレア辺りの焼き加減を目安に仕上げていく。

 やがてそろそろかというタイミングでフライパンを掴んで、調理台へと移動する。
 金属製の台を傷めないように、厚手の布の上にフライパンを乗せた。
 この状態では余熱で火が通ってしまうものの、誤差の範囲内だった。

 自分の口で仕上がりを確認するために取り皿に焼いたブリスケを一つ取る。
 菜箸で掴むと肉汁がにじんで、しっかりとした弾力があった。
 焼き加減もそうなのだが、ブリスケを使うのが初めてである以上は味を確認しておきたかった。

「……んんっ、これはなかなか」

 何もつけずに食べてみたら、濃厚な肉汁が口全体に広がっていった。
 掴んだ時は弾力があったものの、噛めば噛むほどに脂が溶けていく。
 肉自体に旨味があり、これだけでもずっと噛んでいたいような味がする。
 
 ステーキのイメージならば厚切りでよいのだが、今回は焼肉をイメージするような作り方をしている。
 そのため、ちょうど箸で掴めるような大きさにしておいてよかった。
 厚すぎると噛みきれないかもしれないし、ナイフやフォークよりも箸を使うことが多そうなヒイラギ(サクラギ出身)の人たちにはこれでよい気がした。

「――うわっ、びっくりした!」

 ブリスケの味に感動して振り返ると、次の指示を待つようにデンスケが立っていた。
 こちらの驚きぶりを気に留める様子はなく、彼は背筋を伸ばした状態で口を開く。

「タレを運んどいったす。モモカ様から直々に手伝うように言われたんで、何かあれば頼むといいっすよ」

「とりあえず、最初はモモカさんに食べ方を説明するので――」

 俺はそう言って、焼き上がったブリスケを皿へと移していった。
 それからデンスケに視線を戻して会話の続きをする。

「この後にどうするかはまだ決めていないので、また後でお願いします」

「了解したっす。調理場にはいるんで、気軽にどうぞ」

「お気遣いありがとうございます」

 デンスケが離れたところで焼き上がったブリスケの乗る皿を手に取り、モモカのいる部屋に向かうのだった。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

自由気ままな生活に憧れまったりライフを満喫します

りまり
ファンタジー
がんじがらめの貴族の生活はおさらばして心機一転まったりライフを満喫します。 もちろん生活のためには働きますよ。

異世界で家族と新たな生活?!〜ドラゴンの無敵執事も加わり、ニューライフを楽しみます〜

藤*鳳
ファンタジー
 楽しく親子4人で生活していたある日、交通事故にあい命を落とした...はずなんだけど...?? 神様の御好意により新たな世界で新たな人生を歩むことに!!! 冒険あり、魔法あり、魔物や獣人、エルフ、ドワーフなどの多種多様な人達がいる世界で親子4人とその親子を護り生活する世界最強のドラゴン達とのお話です。

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

転生テイマー、異世界生活を楽しむ

さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

処理中です...