460 / 473
ダークエルフの帰還
肉選びとマルク
しおりを挟む
精肉店の一軒目、二軒目と見ていくうちに好奇心が刺激されていくのを感じた。
どうやら店ごとに扱う肉の種類が違うようで、鳥肉中心の店があれば豚肉しか取り扱いのない店もある。
どの店も鮮度管理がしっかりしているようで、使ってもいいような気になる。
しかしそれでも、勝負どころで使うのならば牛肉を選びたい。
ほぼ無言で肉を吟味する状態をリリアに申し訳なく思いつつ、やがて俺たちは牛肉専門の店の前で足を止めた。
この店はひと目で品揃えが充実しているのが分かる陳列をしていた。
「らっしゃい。お客さんは旅の人だね?」
「はい、そうです」
「ようこそカルンの街へ! うちは品質に自信ありだから寄ってきなよ」
店主は体格のいいおじさんだった。
自分でも肉をしっかり食べているように見える体型だ。
柔和な顔つきのおかげで接しやすい印象を受ける。
ほどほどに言葉を交わしてから、陳列された肉の数々へと視線を注ぐ。
今までに仕入れ先のセバスから色んな部位を紹介されたものの、この店で売っているのは名前の知らないものがいくつか見受けられる。
魅力的な品揃えの中で一つの商品に目が留まった。
「その腸詰め美味しそうですね」
「おお、お目が高い。こいつはうちの自家製だから美味しいよ」
俺は店主に笑顔で応じつつ、腸詰めから視線を外して品定めを続ける。
腸詰めならば焼くだけでも美味いと思うが、それでは料理をする甲斐が薄れてしまうような気がするのだ。
とはいえ、ステーキの類も焼くだけと言ってしまえばそれまでなのだが。
「ちなみに今日の中だと、そこのブリスケがおすすめだね」
店主が指先で示したのは大きめの塊にスライスされている肉だった。
牛肉なのにブリとはどういうことかと混乱しそうだったが、見るからに肉なので部位の名前だと理解できた。
「きれいにサシが入っていて質が高そうですね。お高いんでしょう?」
「いやそれほどでもないよ。そういえば、お客さんたちはどこから来たんだい?」
「俺たちはランス王国から来ました」
「それまた遠いところから。この国は牛の牧畜が盛んで、よそよりも相場が安いらしいよ」
店主は感心したように漏らすと、何かおまけしないとなーとつぶやいた。
価格というのは需要と供給のバランスで、供給が充実していればそれだけ価格は下がりやすくなる。
エスタンブルクのように寒い国は牧畜に向いているとは思えないものの、標高が低い平野部を選ぶなどして工夫しているのだろう。
「エスタンブルクの肉事情をもっと聞きたいんですけど、人を待たせているので。そこのブリスケを買わせてもらいます」
俺は希望する大きさへのカットを依頼して、必要な量を伝えた。
店主は慣れた手つきでブリスケを塊から薄くした状態に切り分けた後、包み紙にくるんで渡してくれた。
それから支払いを済ませるとおまけに袋に入った腸詰めを譲ってくれた。
「まとまった量を買ってくれてありがとう。腸詰めはホントに美味しいから、よかったら食べてみて」
「こちらこそ、いいお肉をありがとうございます」
店主と笑顔であいさつを交わして、精肉店の前を離れる。
調理場をたずねた際にダイモンから約二十人前の量を作っていると聞いたので、ブリスケもそれに合わせた量を購入した。
そのため購入したブリスケと腸詰めを持参した布袋に入れると重みを感じた。
布袋を抱えながらリリアと二人で露店が並ぶ中を歩く。
肉メインの料理で考えているが、これから付け合わせに使う材料を選んでいたら時間がかかってしまう。
それに調理場では主食と副菜を兼ねるガレを用意していたので、一品料理を提供するだけでも十分だろう。
「これで材料が揃ったので、ヒイラギに戻ります」
「はい……」
「どうしました?」
リリアが歯切れの悪い返事をした。
もしかして、何か買っておきたいものでもあるのだろうか。
そこでふと、どこからか甘い匂いが漂ってくるのに気づいた。
匂いの元とリリアの視線は同じ方向を向いていた。
どうやら、彼女はこの匂いが気になるようだ。
「あっ、なるほど。御者をしてもらいましたし、もう一軒寄るぐらいの時間はありますよ」
「私のために申し訳ありません。とてもいい匂いで気になってしまって」
リリアは照れくさそうに笑みを浮かべた。
慎ましい性格に感心しつつ、遠慮がちな彼女を先導するように一軒の露店に向かう。
そこは必要最低限の設備ときれいな色に塗装された店だった。
レモン色の外観からは可愛らしい印象を受ける。
「いらっしゃいませ!」
店に近づくとエプロンを身につけた若い女性が俺たちに声をかけてきた。
その手にはお玉のようなものが握られており、鍋の中をかき混ぜていた。
冷えた空気の影響で鍋からは湯気が上がっている。
「甘い匂いに釣られて来ちゃいました」
「ははっ、よく言われるんですよ」
露店の女性は笑顔で応じながら手を動かしている。
「ちなみにそれは?」
「はちみつミルクです! 身体は温まるし、甘くてほっこりする味です」
女性の説明を聞いた後、リリアの様子を確かめる。
リリアがしっかりと頷いたので、買ってみることにした。
「じゃあ、それを二杯ください」
「ありがとうございます!」
俺は代金を聞いてから、硬貨を店先のトレーに置いた。
露店の女性は手際よくこげ茶色のマグカップにはちみつミルクを注いだ。
あとがき
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
エールやいいねも励みになっています。
ダークエルフのラーニャの目標が達成できたら完結しようと思い立ってから、
今月で数か月が経ちます(笑)
更新頻度は下がっていますが、エピローグまで書き上げることができたらと思います。
どうやら店ごとに扱う肉の種類が違うようで、鳥肉中心の店があれば豚肉しか取り扱いのない店もある。
どの店も鮮度管理がしっかりしているようで、使ってもいいような気になる。
しかしそれでも、勝負どころで使うのならば牛肉を選びたい。
ほぼ無言で肉を吟味する状態をリリアに申し訳なく思いつつ、やがて俺たちは牛肉専門の店の前で足を止めた。
この店はひと目で品揃えが充実しているのが分かる陳列をしていた。
「らっしゃい。お客さんは旅の人だね?」
「はい、そうです」
「ようこそカルンの街へ! うちは品質に自信ありだから寄ってきなよ」
店主は体格のいいおじさんだった。
自分でも肉をしっかり食べているように見える体型だ。
柔和な顔つきのおかげで接しやすい印象を受ける。
ほどほどに言葉を交わしてから、陳列された肉の数々へと視線を注ぐ。
今までに仕入れ先のセバスから色んな部位を紹介されたものの、この店で売っているのは名前の知らないものがいくつか見受けられる。
魅力的な品揃えの中で一つの商品に目が留まった。
「その腸詰め美味しそうですね」
「おお、お目が高い。こいつはうちの自家製だから美味しいよ」
俺は店主に笑顔で応じつつ、腸詰めから視線を外して品定めを続ける。
腸詰めならば焼くだけでも美味いと思うが、それでは料理をする甲斐が薄れてしまうような気がするのだ。
とはいえ、ステーキの類も焼くだけと言ってしまえばそれまでなのだが。
「ちなみに今日の中だと、そこのブリスケがおすすめだね」
店主が指先で示したのは大きめの塊にスライスされている肉だった。
牛肉なのにブリとはどういうことかと混乱しそうだったが、見るからに肉なので部位の名前だと理解できた。
「きれいにサシが入っていて質が高そうですね。お高いんでしょう?」
「いやそれほどでもないよ。そういえば、お客さんたちはどこから来たんだい?」
「俺たちはランス王国から来ました」
「それまた遠いところから。この国は牛の牧畜が盛んで、よそよりも相場が安いらしいよ」
店主は感心したように漏らすと、何かおまけしないとなーとつぶやいた。
価格というのは需要と供給のバランスで、供給が充実していればそれだけ価格は下がりやすくなる。
エスタンブルクのように寒い国は牧畜に向いているとは思えないものの、標高が低い平野部を選ぶなどして工夫しているのだろう。
「エスタンブルクの肉事情をもっと聞きたいんですけど、人を待たせているので。そこのブリスケを買わせてもらいます」
俺は希望する大きさへのカットを依頼して、必要な量を伝えた。
店主は慣れた手つきでブリスケを塊から薄くした状態に切り分けた後、包み紙にくるんで渡してくれた。
それから支払いを済ませるとおまけに袋に入った腸詰めを譲ってくれた。
「まとまった量を買ってくれてありがとう。腸詰めはホントに美味しいから、よかったら食べてみて」
「こちらこそ、いいお肉をありがとうございます」
店主と笑顔であいさつを交わして、精肉店の前を離れる。
調理場をたずねた際にダイモンから約二十人前の量を作っていると聞いたので、ブリスケもそれに合わせた量を購入した。
そのため購入したブリスケと腸詰めを持参した布袋に入れると重みを感じた。
布袋を抱えながらリリアと二人で露店が並ぶ中を歩く。
肉メインの料理で考えているが、これから付け合わせに使う材料を選んでいたら時間がかかってしまう。
それに調理場では主食と副菜を兼ねるガレを用意していたので、一品料理を提供するだけでも十分だろう。
「これで材料が揃ったので、ヒイラギに戻ります」
「はい……」
「どうしました?」
リリアが歯切れの悪い返事をした。
もしかして、何か買っておきたいものでもあるのだろうか。
そこでふと、どこからか甘い匂いが漂ってくるのに気づいた。
匂いの元とリリアの視線は同じ方向を向いていた。
どうやら、彼女はこの匂いが気になるようだ。
「あっ、なるほど。御者をしてもらいましたし、もう一軒寄るぐらいの時間はありますよ」
「私のために申し訳ありません。とてもいい匂いで気になってしまって」
リリアは照れくさそうに笑みを浮かべた。
慎ましい性格に感心しつつ、遠慮がちな彼女を先導するように一軒の露店に向かう。
そこは必要最低限の設備ときれいな色に塗装された店だった。
レモン色の外観からは可愛らしい印象を受ける。
「いらっしゃいませ!」
店に近づくとエプロンを身につけた若い女性が俺たちに声をかけてきた。
その手にはお玉のようなものが握られており、鍋の中をかき混ぜていた。
冷えた空気の影響で鍋からは湯気が上がっている。
「甘い匂いに釣られて来ちゃいました」
「ははっ、よく言われるんですよ」
露店の女性は笑顔で応じながら手を動かしている。
「ちなみにそれは?」
「はちみつミルクです! 身体は温まるし、甘くてほっこりする味です」
女性の説明を聞いた後、リリアの様子を確かめる。
リリアがしっかりと頷いたので、買ってみることにした。
「じゃあ、それを二杯ください」
「ありがとうございます!」
俺は代金を聞いてから、硬貨を店先のトレーに置いた。
露店の女性は手際よくこげ茶色のマグカップにはちみつミルクを注いだ。
あとがき
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
エールやいいねも励みになっています。
ダークエルフのラーニャの目標が達成できたら完結しようと思い立ってから、
今月で数か月が経ちます(笑)
更新頻度は下がっていますが、エピローグまで書き上げることができたらと思います。
21
お気に入りに追加
3,383
あなたにおすすめの小説

【完結】ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら
七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中!
※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります!
気付いたら異世界に転生していた主人公。
赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。
「ポーションが不味すぎる」
必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」
と考え、試行錯誤をしていく…


【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです
異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~
水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート!
***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!

聖女として召還されたのにフェンリルをテイムしたら追放されましたー腹いせに快適すぎる森に引きこもって我慢していた事色々好き放題してやります!
ふぃえま
ファンタジー
「勝手に呼び出して無茶振りしたくせに自分達に都合の悪い聖獣がでたら責任追及とか狡すぎません?
せめて裏で良いから謝罪の一言くらいあるはずですよね?」
不況の中、なんとか内定をもぎ取った会社にやっと慣れたと思ったら異世界召還されて勝手に聖女にされました、佐藤です。いや、元佐藤か。
実は今日、なんか国を守る聖獣を召還せよって言われたからやったらフェンリルが出ました。
あんまりこういうの詳しくないけど確か超強いやつですよね?
なのに周りの反応は正反対!
なんかめっちゃ裏切り者とか怒鳴られてロープグルグル巻きにされました。
勝手にこっちに連れて来たりただでさえ難しい聖獣召喚にケチつけたり……なんかもうこの人たち助けなくてもバチ当たりませんよね?
異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。
みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・

異世界遺跡巡り ~ロマンを求めて異世界冒険~
小狸日
ファンタジー
交通事故に巻き込まれて、異世界に転移した拓(タク)と浩司(コウジ)
そこは、剣と魔法の世界だった。
2千年以上昔の勇者の物語、そこに出てくる勇者の遺産。
新しい世界で遺跡探検と異世界料理を楽しもうと思っていたのだが・・・
気に入らない異世界の常識に小さな喧嘩を売ることにした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる