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ダークエルフの帰還
調理場の様子
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モモカの居室を出てダイモンと二人で廊下を歩く。
とっつきにくい性格ではなさそうだが、出会ったばかりで距離感を掴めなかった。
しばし沈黙が流れた後、先を進むダイモンが口を開いた。
「玄関から外に出て調理場へ向かう」
「ああ、分かりました」
廊下を歩いた後、玄関で靴を履いた。
建物の中では寒さが気にならなかったが、やはり屋外は冷える。
俺は小脇に抱えていた上着を羽織るとダイモンの案内で敷地内を進む。
「あの建物が見えますかな」
「あそこが調理場ですか?」
「おう、あの中で今日の当番が昼食を作っている」
モモカの居室がある建物よりも小ぶりな平屋が目に入った。
室内で何かを煮炊きしているのか、あるいはかまどがあるのだろうか。
天井から突き出た煙突からは煙とも湯気とも言えそうな白いものが出ていた。
「ささ、拙者と中に入ろう」
ダイモンが建物の扉を開いて中に入る。
そのまま進んでいるので、履きものを脱ぐ必要はないようだ。
調理場に足を踏み入れると温度と湿度が高くなった。
中を見渡せば数人の兵士が作務衣姿で、慌ただしく動いている。
「皆さん、忙しそうですね」
「料理経験者が少なさ故にドタバタとしていてな。料理人のマルク殿にお見せするんは些(いささ)か恥ずかしい」
ダイモンは照れ隠しのように額に手を当てた。
そして彼は自分も加わることがあるが、いまいち上手くいかないと言い添えた。
たしかに普段作らない人間が料理をすれば、そんなものだろうと思う。
「これで何人分ぐらい作るんですか?」
「日によって誤差はあれど、平均すると二十数人分かと」
「いやそれは料理に慣れていても大変ですよ」
こちらがねぎらうように言うと、ダイモンは少しうれしそうな顔になった。
「邪魔にならないように気をつけるので、もう少し近くで見てもいいですか?」
二人で遠巻きに見ている状態だったが、湯気で視界が不十分なことで調理の様子がしっかりと見えない。
野菜を刻んだり何かを加熱したり――と大まかに何をしているかは分かるものの、どんな料理を作っているかは分からなかった。
「それはもちろん、ささ参ろう」
ダイモンは作業中の人たちに声をかけつつ、こちらが近づけるようにしてくれた。
一心不乱に動いていることもあり、兵士の大半は会釈をする程度で作業に没頭していた。
彼らの工程は複雑なものはなく、転生前の知識で日本のことが分かる自分からすれば分かりにくいことはほとんどなかった。
だがそれでも、見ていて気になることが一つあった。
「あの、クレープみたいな薄焼きの生地はどうやって食べるんですか?」
主食枠あるいはスイーツ枠なのかは判別できないものがある。
サクラギでは米が主食で、滞在中に見かけることはないものだった。
「むむ、ガレのことですか?」
ダイモンは皿の上に重ねられた焼き上がったものに手を伸ばす。
そのうちの一枚をつまんで見せて、紹介するように話した。
「サクラギでは見かけなかった気がするので、何となく気になりました」
「ほほう、サクラギに行かれたのは誠のことだったか」
ダイモンは感心するように言った後、どこか申し訳なさそうな表情を見せた。
「いや、マルク殿らの話を疑ったわけではないんだが、エスタンブルクでサクラギに行ったことがある者に会うとは半信半疑でな」
「ああ、そういうことならお気になさらず」
「おぬしの寛大さに感謝させてくれ。それでガレについてだが――」
ダイモンは気を取り直すように、ガレに関しての説明をしてくれた。
どうやら、エスタンブルクでは一般的な食べものらしく、食事としてもデザートとしても親しまれているらしい。
サクラギからエスタンブルクへ運搬した米の備蓄には限りがあり、食材不足を避けるために現地で手に入る小麦粉を使っているそうだ。
「なるほど、よく分かりました」
「拙者の話だけよりも、実践して見せた方が早かろう」
ダイモンはそう言って、ガレを手に取って別の皿に盛られた料理を手早く乗せた。
それからくるりと器用に巻いて、手巻きクレープのようなものが完成した。
「ささ、味見をされたし」
「では、遠慮なく」
俺はダイモンからガレを受け取り、おもむろに口へと運ぶ。
室温の影響で適温になっており、冷まさなければいけないほど熱くはなかった。
ここまでの流れから、あまり美味しくないことも考えていたが、中に巻かれた具材はまずまずの味で懸念するようなことはないように感じられた。
「ガレの食感もいいですし、具材の味もいいと思います」
「モモカ様が飽きぬように中身を変えてはいるんだが、我らのレパートリーでは限りがあってな……」
ダイモンが力のない声で言った。
サクラギの人たちのソウルフードである米が限られる以上、こうしてガレ主体になりがちになることでマンネリ化しているということなのだろう。
彼らの口に洋風の料理が合うかは分からないが、カルンの街で食材を揃えることができれば、気分転換になる料理は作れるような気がした。
「できる限りのことはしたいと思うので、ひとまず食材を見せてもらってもいいですか?」
「承知した。保管庫へ案内しよう」
ここにあるものとカルンの街で用意できるもの、両方を組み合わせることでメニューを決めようと考えていた。
あとがき
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
前回から更新が遅れてしまいお待たせしました。
ここからマルクがモモカに料理を提供するエピソードです。
とっつきにくい性格ではなさそうだが、出会ったばかりで距離感を掴めなかった。
しばし沈黙が流れた後、先を進むダイモンが口を開いた。
「玄関から外に出て調理場へ向かう」
「ああ、分かりました」
廊下を歩いた後、玄関で靴を履いた。
建物の中では寒さが気にならなかったが、やはり屋外は冷える。
俺は小脇に抱えていた上着を羽織るとダイモンの案内で敷地内を進む。
「あの建物が見えますかな」
「あそこが調理場ですか?」
「おう、あの中で今日の当番が昼食を作っている」
モモカの居室がある建物よりも小ぶりな平屋が目に入った。
室内で何かを煮炊きしているのか、あるいはかまどがあるのだろうか。
天井から突き出た煙突からは煙とも湯気とも言えそうな白いものが出ていた。
「ささ、拙者と中に入ろう」
ダイモンが建物の扉を開いて中に入る。
そのまま進んでいるので、履きものを脱ぐ必要はないようだ。
調理場に足を踏み入れると温度と湿度が高くなった。
中を見渡せば数人の兵士が作務衣姿で、慌ただしく動いている。
「皆さん、忙しそうですね」
「料理経験者が少なさ故にドタバタとしていてな。料理人のマルク殿にお見せするんは些(いささ)か恥ずかしい」
ダイモンは照れ隠しのように額に手を当てた。
そして彼は自分も加わることがあるが、いまいち上手くいかないと言い添えた。
たしかに普段作らない人間が料理をすれば、そんなものだろうと思う。
「これで何人分ぐらい作るんですか?」
「日によって誤差はあれど、平均すると二十数人分かと」
「いやそれは料理に慣れていても大変ですよ」
こちらがねぎらうように言うと、ダイモンは少しうれしそうな顔になった。
「邪魔にならないように気をつけるので、もう少し近くで見てもいいですか?」
二人で遠巻きに見ている状態だったが、湯気で視界が不十分なことで調理の様子がしっかりと見えない。
野菜を刻んだり何かを加熱したり――と大まかに何をしているかは分かるものの、どんな料理を作っているかは分からなかった。
「それはもちろん、ささ参ろう」
ダイモンは作業中の人たちに声をかけつつ、こちらが近づけるようにしてくれた。
一心不乱に動いていることもあり、兵士の大半は会釈をする程度で作業に没頭していた。
彼らの工程は複雑なものはなく、転生前の知識で日本のことが分かる自分からすれば分かりにくいことはほとんどなかった。
だがそれでも、見ていて気になることが一つあった。
「あの、クレープみたいな薄焼きの生地はどうやって食べるんですか?」
主食枠あるいはスイーツ枠なのかは判別できないものがある。
サクラギでは米が主食で、滞在中に見かけることはないものだった。
「むむ、ガレのことですか?」
ダイモンは皿の上に重ねられた焼き上がったものに手を伸ばす。
そのうちの一枚をつまんで見せて、紹介するように話した。
「サクラギでは見かけなかった気がするので、何となく気になりました」
「ほほう、サクラギに行かれたのは誠のことだったか」
ダイモンは感心するように言った後、どこか申し訳なさそうな表情を見せた。
「いや、マルク殿らの話を疑ったわけではないんだが、エスタンブルクでサクラギに行ったことがある者に会うとは半信半疑でな」
「ああ、そういうことならお気になさらず」
「おぬしの寛大さに感謝させてくれ。それでガレについてだが――」
ダイモンは気を取り直すように、ガレに関しての説明をしてくれた。
どうやら、エスタンブルクでは一般的な食べものらしく、食事としてもデザートとしても親しまれているらしい。
サクラギからエスタンブルクへ運搬した米の備蓄には限りがあり、食材不足を避けるために現地で手に入る小麦粉を使っているそうだ。
「なるほど、よく分かりました」
「拙者の話だけよりも、実践して見せた方が早かろう」
ダイモンはそう言って、ガレを手に取って別の皿に盛られた料理を手早く乗せた。
それからくるりと器用に巻いて、手巻きクレープのようなものが完成した。
「ささ、味見をされたし」
「では、遠慮なく」
俺はダイモンからガレを受け取り、おもむろに口へと運ぶ。
室温の影響で適温になっており、冷まさなければいけないほど熱くはなかった。
ここまでの流れから、あまり美味しくないことも考えていたが、中に巻かれた具材はまずまずの味で懸念するようなことはないように感じられた。
「ガレの食感もいいですし、具材の味もいいと思います」
「モモカ様が飽きぬように中身を変えてはいるんだが、我らのレパートリーでは限りがあってな……」
ダイモンが力のない声で言った。
サクラギの人たちのソウルフードである米が限られる以上、こうしてガレ主体になりがちになることでマンネリ化しているということなのだろう。
彼らの口に洋風の料理が合うかは分からないが、カルンの街で食材を揃えることができれば、気分転換になる料理は作れるような気がした。
「できる限りのことはしたいと思うので、ひとまず食材を見せてもらってもいいですか?」
「承知した。保管庫へ案内しよう」
ここにあるものとカルンの街で用意できるもの、両方を組み合わせることでメニューを決めようと考えていた。
あとがき
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ここからマルクがモモカに料理を提供するエピソードです。
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