450 / 459
ダークエルフの帰還
クリストフの提案
しおりを挟む
クリストフは監視されている可能性があることを俺にだけ伝えた。
リリアとラーニャに共有すれば、二人の挙動でこちらが気づいたとを知られる可能性があるのだろう。
見られているかどうかは分からないままだったが、緊張感を抱いた状態でエーメリに紹介された宿屋に向かう。
やがて聞かされた場所に宿屋があるのを見つけて、四人で中に入った。
少し待ってみたが、何者かがついてくることはなかった。
俺とクリストフは顔を見合わせて、受付へ向かってチェックインを済ませた。
出入口の近くは椅子とテーブルが並べられており、休憩所のようになっている。
食堂が併設されていて宿泊客が食事をしたり、談話をしたりすることが目的のスペースだろう。
俺とクリストフはさりげなく周囲に注意を向けながら、奥の方の椅子に腰を下ろした。
何も知らないリリアとラーニャは気づいていないようだ。
「それで助力を頼むということだけれど――」
クリストフはそう切り出して、先ほどの続きについて話し始める。
受付に宿屋の主人がいたが、忙しそうに動き回っているし、他に人の姿は見当たらない。
誰かに聞かれる心配はなさそうだ。
「最近本国と国交が始まった国の支部がエスタンブルクにあることを思い出したんだ」
「なるほど、そこに応援を頼もうと」
どの国のことなのか見当もつかなかった。
始まりの三国同士は同盟関係にあるので、それ以外のどこかだと思うが。
「ああ、マルクくんもなじみのある国だよ」
「……どこの国ですか?」
「サクラギのことさ。マルクくんと仲間たちの来訪をきっかけにゼントク様がランス王国に興味を持たれたようで、領主自ら王都を訪れたばかりなんだ」
「えっ、そんなことがあったんですね」
ミズキと比べてゼントクと顔を合わせる機会は少ない。
そのため、彼がランス王国に使者を送っていたとしても知る由もなかった。
さらに王都の上層部ともなれば気軽に会えるわけもないので、彼らが何らかの接点を持っていたとしても知るはずもないのだ。
俺は驚きを隠せないまま、クリストフの言葉を待つ。
「王族の方々の護衛のために同席した時、ゼントク様が話されていた内容では、資源採掘と領土開拓のためにエスタンブルクに独立した小国があると聞いてね……」
クリストフはそこまで話したところで言葉に詰まった。
両腕を組んだまま首を傾けて、何かを思い出そうとしている。
「普通に考えたら、エスタンブルクが国内に特区を認めるなんておかしいけれど、サクラギから剣術指南役を招聘するための交換条件らしいよ」
有益な情報である一方で、重要な情報を開示するゼントクのことが心配になる。
あるいは指南役を出せることを自慢したかったとか……。
豪快なところがあるので、細かいことは気にしないのかもしれない。
それにサクラギとランス王国では距離が離れているので、お互いの利益になる関係を築くことはあっても緊張状態になる可能性は低い。
「サクラギはどこかおっとりした雰囲気があったので、そこまでやり手だったと意外です」
「肝心なのは先方を訪ねたとして、どれぐらい協力してくれるかというところかな」
ゼントクの娘であるミズキ、あるいはお世話係兼護衛のアカネがいれば話が通りやすいはずだが、二人がこんな遠くにいるとは考えにくい。
これまでのサクラギの印象として排外的な面は少なく、こちらに敵意がないと分かってもらえれば話し合いの余地はあるだろう。
エスタンブルクがどこまで兵士の滞在を許可しているかは予想できないが、他国のど真ん中で守りをおろそかにしているはずがない。
「その特区の規模のことは分からないですか?」
「残念ながら、兵士長という身分では小耳に挟むまでが限界だったよ」
クリストフは戸惑いがちな様子で表情を崩した。
ランスの王族とゼントクでは身分の高い者同士になり、クリストフの言うように割って入るようなことはできない。
どちらの権力者も寛容な側面があるものの、お互いの身分を無視するような行いにいい顔はしないだろう。
「……もしや、目処が立ちそうなのか?」
黙ったまま成り行きを見守っていたラーニャがおずおずと言葉を発した。
「まだ規模が分からないから何とも言えない。それでも、サクラギは友好的な国だから、事情を説明して対価を示せば協力してくれるはずさ」
「……そうか、よかった」
クリストフはラーニャに気遣うような視線を送った後、荷物から地図を取り出した。
ここカルンの街だけでなく、エスタンブルク国内全土が載った地図だ。
「幸いなことにこの地図は新しいものなんだよ。……ええと、それで」
彼が地図を広げると、俺を含めた三人が周りから覗きこむようなかたちで身を乗り出した。
この状況で無関心な仲間などいるはずがないのだ。
「どうです、ありそうですか?」
「ちょっと待って……ああ、あった」
クリストフが指先で示した位置に「ヒイラギ(独立特区)」と書かれている。
他の町や村を示すものとは異なり、境界線が太字になっていた。
虐げられた上の自治区ではなく、エスタンブルクから公式に与えられたことを示すように面積は広い。
地図を見ただけではどのような場所であるかはは想像できない。
ここから行けそうな距離に見えるので、まずは足を運んでみてもいいと思った。
あとがき
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
更新がスローペースになっていますが、コツコツと最新話を書いています。
いいね、エールなど励みになっています。
リリアとラーニャに共有すれば、二人の挙動でこちらが気づいたとを知られる可能性があるのだろう。
見られているかどうかは分からないままだったが、緊張感を抱いた状態でエーメリに紹介された宿屋に向かう。
やがて聞かされた場所に宿屋があるのを見つけて、四人で中に入った。
少し待ってみたが、何者かがついてくることはなかった。
俺とクリストフは顔を見合わせて、受付へ向かってチェックインを済ませた。
出入口の近くは椅子とテーブルが並べられており、休憩所のようになっている。
食堂が併設されていて宿泊客が食事をしたり、談話をしたりすることが目的のスペースだろう。
俺とクリストフはさりげなく周囲に注意を向けながら、奥の方の椅子に腰を下ろした。
何も知らないリリアとラーニャは気づいていないようだ。
「それで助力を頼むということだけれど――」
クリストフはそう切り出して、先ほどの続きについて話し始める。
受付に宿屋の主人がいたが、忙しそうに動き回っているし、他に人の姿は見当たらない。
誰かに聞かれる心配はなさそうだ。
「最近本国と国交が始まった国の支部がエスタンブルクにあることを思い出したんだ」
「なるほど、そこに応援を頼もうと」
どの国のことなのか見当もつかなかった。
始まりの三国同士は同盟関係にあるので、それ以外のどこかだと思うが。
「ああ、マルクくんもなじみのある国だよ」
「……どこの国ですか?」
「サクラギのことさ。マルクくんと仲間たちの来訪をきっかけにゼントク様がランス王国に興味を持たれたようで、領主自ら王都を訪れたばかりなんだ」
「えっ、そんなことがあったんですね」
ミズキと比べてゼントクと顔を合わせる機会は少ない。
そのため、彼がランス王国に使者を送っていたとしても知る由もなかった。
さらに王都の上層部ともなれば気軽に会えるわけもないので、彼らが何らかの接点を持っていたとしても知るはずもないのだ。
俺は驚きを隠せないまま、クリストフの言葉を待つ。
「王族の方々の護衛のために同席した時、ゼントク様が話されていた内容では、資源採掘と領土開拓のためにエスタンブルクに独立した小国があると聞いてね……」
クリストフはそこまで話したところで言葉に詰まった。
両腕を組んだまま首を傾けて、何かを思い出そうとしている。
「普通に考えたら、エスタンブルクが国内に特区を認めるなんておかしいけれど、サクラギから剣術指南役を招聘するための交換条件らしいよ」
有益な情報である一方で、重要な情報を開示するゼントクのことが心配になる。
あるいは指南役を出せることを自慢したかったとか……。
豪快なところがあるので、細かいことは気にしないのかもしれない。
それにサクラギとランス王国では距離が離れているので、お互いの利益になる関係を築くことはあっても緊張状態になる可能性は低い。
「サクラギはどこかおっとりした雰囲気があったので、そこまでやり手だったと意外です」
「肝心なのは先方を訪ねたとして、どれぐらい協力してくれるかというところかな」
ゼントクの娘であるミズキ、あるいはお世話係兼護衛のアカネがいれば話が通りやすいはずだが、二人がこんな遠くにいるとは考えにくい。
これまでのサクラギの印象として排外的な面は少なく、こちらに敵意がないと分かってもらえれば話し合いの余地はあるだろう。
エスタンブルクがどこまで兵士の滞在を許可しているかは予想できないが、他国のど真ん中で守りをおろそかにしているはずがない。
「その特区の規模のことは分からないですか?」
「残念ながら、兵士長という身分では小耳に挟むまでが限界だったよ」
クリストフは戸惑いがちな様子で表情を崩した。
ランスの王族とゼントクでは身分の高い者同士になり、クリストフの言うように割って入るようなことはできない。
どちらの権力者も寛容な側面があるものの、お互いの身分を無視するような行いにいい顔はしないだろう。
「……もしや、目処が立ちそうなのか?」
黙ったまま成り行きを見守っていたラーニャがおずおずと言葉を発した。
「まだ規模が分からないから何とも言えない。それでも、サクラギは友好的な国だから、事情を説明して対価を示せば協力してくれるはずさ」
「……そうか、よかった」
クリストフはラーニャに気遣うような視線を送った後、荷物から地図を取り出した。
ここカルンの街だけでなく、エスタンブルク国内全土が載った地図だ。
「幸いなことにこの地図は新しいものなんだよ。……ええと、それで」
彼が地図を広げると、俺を含めた三人が周りから覗きこむようなかたちで身を乗り出した。
この状況で無関心な仲間などいるはずがないのだ。
「どうです、ありそうですか?」
「ちょっと待って……ああ、あった」
クリストフが指先で示した位置に「ヒイラギ(独立特区)」と書かれている。
他の町や村を示すものとは異なり、境界線が太字になっていた。
虐げられた上の自治区ではなく、エスタンブルクから公式に与えられたことを示すように面積は広い。
地図を見ただけではどのような場所であるかはは想像できない。
ここから行けそうな距離に見えるので、まずは足を運んでみてもいいと思った。
あとがき
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
更新がスローペースになっていますが、コツコツと最新話を書いています。
いいね、エールなど励みになっています。
19
お気に入りに追加
3,263
あなたにおすすめの小説
公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)
音爽(ネソウ)
ファンタジー
記憶持ち転生者は元定食屋の息子。
魔法ありファンタジー異世界に転生した。彼は将軍を父に持つエリートの公爵家の嫡男に生まれかわる。
だが授かった職業スキルが「パンツもぐもぐ」という謎ゴミスキルだった。そんな彼に聖騎士の弟以外家族は冷たい。
見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。
「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。
異世界転生したら貧乳にしかモテなかった
十一屋 翠
ファンタジー
神のうっかりでトラックに跳ねられた少年は、証拠隠滅の為に異世界に転生させられる。
その際に神から詫びとして与えられたチート能力【貧乳モテ】によって、彼は貧乳にしかモテない人生を送る事となった。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
全能で楽しく公爵家!!
山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。
未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう!
転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。
スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。
※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。
※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。
退屈な人生を歩んでいたおっさんが異世界に飛ばされるも無自覚チートで無双しながらネットショッピングしたり奴隷を買ったりする話
菊池 快晴
ファンタジー
無難に生きて、真面目に勉強して、最悪なブラック企業に就職した男、君内志賀(45歳)。
そんな人生を歩んできたおっさんだったが、異世界に転生してチートを授かる。
超成熟、四大魔法、召喚術、剣術、魔力、どれをとっても異世界最高峰。
極めつけは異世界にいながら元の世界の『ネットショッピング』まで。
生真面目で不器用、そんなおっさんが、奴隷幼女を即購入!?
これは、無自覚チートで無双する真面目なおっさんが、元の世界のネットショッピングを楽しみつつ、奴隷少女と異世界をマイペースに旅するほんわか物語です。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜
舞桜
ファンタジー
初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎
って、何故こんなにハイテンションかと言うとただ今絶賛大パニック中だからです!
何故こうなった…
突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、
手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、
だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎
転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?
そして死亡する原因には不可解な点が…
様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、
目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“
そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪
*神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのかのんびりできるといいね!(希望的観測っw)
*投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい
*この作品は“小説家になろう“にも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる