422 / 469
ダークエルフの帰還
閑散としたペンション
しおりを挟む
こうしてデュラス公国の領内を移動しているとレンソール高原のことを思い出す。
たしか冬には雪に覆われるほどの寒さになるらしい。
ランス王国も同じだが、この国もなかなかに広大な面積がある。
エスタンブルクまではもう数日はかかりそうだ。
ナロック村を出たのが昼をすぎていたため、すでに夕方になっている。
リリアかクリストフに今宵の宿について確かめた方がいいだろうか。
「この辺りは町や村がなさそうですけど、宿はどんな予定ですか?」
「もうそろそろペンションが見える頃だから、そこに泊まるつもりさ」
クリストフは手にした地図を眺めたまま答えた。
御者を務めるリリアに何かを伝えている時があったので、すでに彼女には共有してあるのだろう。
行程を彼らに任せて窓の外に目をやると、どこまでも広がる森林の上に浮かぶように夕日が差していた。
やがて道の先に木造の二階建ての建物が見えた。
外観の雰囲気からして宿泊施設で間違いなさそうだ。
「うんうん、地図通りだね。あそこがペンションだ」
クリストフが満足げに頷いた。
馬車は徐々に減速して敷地内の脇に停まった。
「お疲れ様でした。これで今日の移動はここまでですね」
俺は必要な荷物を手にして下車するとリリアに声をかけた。
彼女は馬の働きをねぎらうように撫でているところだった。
「ありがとうございます。馬車の御者をすることはあまりないのですが、揺れは大丈夫でしたでしょうか?」
「道も平坦でしたし、全然気にならなかったですよ。俺も乗馬は平気ですけど、馬車は勝手が違うから戸惑いますよね」
「ふふっ、マルク殿もそうなのですね」
二人で話しているとラーニャとクリストフも下りてきた。
全員が揃ったところでペンションへと向かう。
「こんなところでやっていけるんですかね?」
「デュラス公国の中心からは外れているから、訪れる者は少ないんじゃないかな」
「敷地と建物は手入れされているので、営業してるといいですけど」
そんなことを話しつつ、ペンションの玄関から中へと入る。
大きめの山小屋といった内装で素朴な印象を受けた。
「ペンションメゾンへようこそ」
短髪にひげをたくわえたおじさんが姿を見せた。
エプロンを身につけており、ここの従業員だと思った。
「どうも、今晩四人で泊まれるかい?」
「部屋の空きはありますんで、泊まって頂けます。あいにく、この付近には食事のできる店がないもんで、こちらでご用意してもよろしいですか?」
「みんな、それでいいよね?」
クリストフの質問に三人が首肯で応じて、夕食はここで食べることになった。
おじさんの名前はマリオだそうで、ペンションの店主ということが分かった。
彼は人数分のカギを手にして、そそくさとカウンターから戻ってきた。
「どうぞ、四部屋分のカギです」
クリストフが代表で受け取って一人に一つずつ配った。
俺の部屋番号は二番だった。
「それじゃあ、夕食まで解散ということで」
俺たちはロビーで分かれて、各自自由行動になった。
フロアマップで部屋の位置を確認して荷物を置きに向かう。
廊下を少し歩いた先の部屋で二階に上がる必要はなかった。
ドアが閉まっていたので開錠して中に入る。
室内は簡素なレイアウトでベッドとちょっとした家具があった。
俺は荷物を床に下ろして、窓の外を眺めてみた。
「日が傾いてだいぶ暗くなってきたな」
ペンションの周りは切り開かれた土地だが、その先は森になっている。
視線をそのままに眺めているとマリオの姿があった。
そろそろ調理に取りかかる必要があるはずだが、食材を探しに行くのだろうか。
「……ちょっと覗いてみるか」
料理に関することとなれば興味が引かれる。
夕食までやることもないので、マリオのところへ行ってみることにした。
ペンションの玄関を出て少し歩いたところで、彼の姿を見つけることができた。
「すみません。何をされてるんですか?」
「ああ、お客さんの……マルクさんでしたか」
「はい、そうです」
「夕食用の野菜を掘るところです。あそこに畑が見えるでしょ」
マリオが示した先に作物の生えた畑があった。
暗くなってきて分かりにくいものの、パッと見た感じでは数種類の野菜が植えられている。
「獣害対策の設備が見えませんけど、シカやイノシシの食害は問題ないですか?」
「この辺りは街道近くで人通りもあるんで、滅多に見ないですよ」
会話に夢中でマリオが畑に行くところを呼び止めてしまったことに気づく。
「これから作業なのに、止めてしまって失礼しました」
「四人分を掘るだけなんで、お構いなく」
マリオは爪のついた鍬のような道具で土を掘っていく。
あっという間に数本のネギのような野菜が地面に並んだ。
「リーキは新鮮な方が美味しいんで、こうして採れたてを使うんですよ」
軸の太いネギのような野菜で王都で見かけたことがある。
バラム周辺では見かけることがなく、俺自身はほとんど使ったことがない。
「俺はランス王国のバラム出身なんですけど、どんな味か興味が湧きました」
「へえ、リーキに興味を持つなんて珍しい。料理をするんですか?」
「一応、バラムで自分の店を経営してます」
「そいつは面白い。よかったら、調理場も見ます?」
「はい、ぜひ!」
俺はマリオと二人で畑を後にした。
山の向こうで日が沈み、徐々に空気が冷えて虫の音が聞こえていた。
あとがき
本作のご愛読ありがとうございます。
エールやいいねも励みになっています。
たしか冬には雪に覆われるほどの寒さになるらしい。
ランス王国も同じだが、この国もなかなかに広大な面積がある。
エスタンブルクまではもう数日はかかりそうだ。
ナロック村を出たのが昼をすぎていたため、すでに夕方になっている。
リリアかクリストフに今宵の宿について確かめた方がいいだろうか。
「この辺りは町や村がなさそうですけど、宿はどんな予定ですか?」
「もうそろそろペンションが見える頃だから、そこに泊まるつもりさ」
クリストフは手にした地図を眺めたまま答えた。
御者を務めるリリアに何かを伝えている時があったので、すでに彼女には共有してあるのだろう。
行程を彼らに任せて窓の外に目をやると、どこまでも広がる森林の上に浮かぶように夕日が差していた。
やがて道の先に木造の二階建ての建物が見えた。
外観の雰囲気からして宿泊施設で間違いなさそうだ。
「うんうん、地図通りだね。あそこがペンションだ」
クリストフが満足げに頷いた。
馬車は徐々に減速して敷地内の脇に停まった。
「お疲れ様でした。これで今日の移動はここまでですね」
俺は必要な荷物を手にして下車するとリリアに声をかけた。
彼女は馬の働きをねぎらうように撫でているところだった。
「ありがとうございます。馬車の御者をすることはあまりないのですが、揺れは大丈夫でしたでしょうか?」
「道も平坦でしたし、全然気にならなかったですよ。俺も乗馬は平気ですけど、馬車は勝手が違うから戸惑いますよね」
「ふふっ、マルク殿もそうなのですね」
二人で話しているとラーニャとクリストフも下りてきた。
全員が揃ったところでペンションへと向かう。
「こんなところでやっていけるんですかね?」
「デュラス公国の中心からは外れているから、訪れる者は少ないんじゃないかな」
「敷地と建物は手入れされているので、営業してるといいですけど」
そんなことを話しつつ、ペンションの玄関から中へと入る。
大きめの山小屋といった内装で素朴な印象を受けた。
「ペンションメゾンへようこそ」
短髪にひげをたくわえたおじさんが姿を見せた。
エプロンを身につけており、ここの従業員だと思った。
「どうも、今晩四人で泊まれるかい?」
「部屋の空きはありますんで、泊まって頂けます。あいにく、この付近には食事のできる店がないもんで、こちらでご用意してもよろしいですか?」
「みんな、それでいいよね?」
クリストフの質問に三人が首肯で応じて、夕食はここで食べることになった。
おじさんの名前はマリオだそうで、ペンションの店主ということが分かった。
彼は人数分のカギを手にして、そそくさとカウンターから戻ってきた。
「どうぞ、四部屋分のカギです」
クリストフが代表で受け取って一人に一つずつ配った。
俺の部屋番号は二番だった。
「それじゃあ、夕食まで解散ということで」
俺たちはロビーで分かれて、各自自由行動になった。
フロアマップで部屋の位置を確認して荷物を置きに向かう。
廊下を少し歩いた先の部屋で二階に上がる必要はなかった。
ドアが閉まっていたので開錠して中に入る。
室内は簡素なレイアウトでベッドとちょっとした家具があった。
俺は荷物を床に下ろして、窓の外を眺めてみた。
「日が傾いてだいぶ暗くなってきたな」
ペンションの周りは切り開かれた土地だが、その先は森になっている。
視線をそのままに眺めているとマリオの姿があった。
そろそろ調理に取りかかる必要があるはずだが、食材を探しに行くのだろうか。
「……ちょっと覗いてみるか」
料理に関することとなれば興味が引かれる。
夕食までやることもないので、マリオのところへ行ってみることにした。
ペンションの玄関を出て少し歩いたところで、彼の姿を見つけることができた。
「すみません。何をされてるんですか?」
「ああ、お客さんの……マルクさんでしたか」
「はい、そうです」
「夕食用の野菜を掘るところです。あそこに畑が見えるでしょ」
マリオが示した先に作物の生えた畑があった。
暗くなってきて分かりにくいものの、パッと見た感じでは数種類の野菜が植えられている。
「獣害対策の設備が見えませんけど、シカやイノシシの食害は問題ないですか?」
「この辺りは街道近くで人通りもあるんで、滅多に見ないですよ」
会話に夢中でマリオが畑に行くところを呼び止めてしまったことに気づく。
「これから作業なのに、止めてしまって失礼しました」
「四人分を掘るだけなんで、お構いなく」
マリオは爪のついた鍬のような道具で土を掘っていく。
あっという間に数本のネギのような野菜が地面に並んだ。
「リーキは新鮮な方が美味しいんで、こうして採れたてを使うんですよ」
軸の太いネギのような野菜で王都で見かけたことがある。
バラム周辺では見かけることがなく、俺自身はほとんど使ったことがない。
「俺はランス王国のバラム出身なんですけど、どんな味か興味が湧きました」
「へえ、リーキに興味を持つなんて珍しい。料理をするんですか?」
「一応、バラムで自分の店を経営してます」
「そいつは面白い。よかったら、調理場も見ます?」
「はい、ぜひ!」
俺はマリオと二人で畑を後にした。
山の向こうで日が沈み、徐々に空気が冷えて虫の音が聞こえていた。
あとがき
本作のご愛読ありがとうございます。
エールやいいねも励みになっています。
55
お気に入りに追加
3,322
あなたにおすすめの小説
異世界で家族と新たな生活?!〜ドラゴンの無敵執事も加わり、ニューライフを楽しみます〜
藤*鳳
ファンタジー
楽しく親子4人で生活していたある日、交通事故にあい命を落とした...はずなんだけど...??
神様の御好意により新たな世界で新たな人生を歩むことに!!!
冒険あり、魔法あり、魔物や獣人、エルフ、ドワーフなどの多種多様な人達がいる世界で親子4人とその親子を護り生活する世界最強のドラゴン達とのお話です。
はぁ?とりあえず寝てていい?
夕凪
ファンタジー
嫌いな両親と同級生から逃げて、アメリカ留学をした帰り道。帰国中の飛行機が事故を起こし、日本の女子高生だった私は墜落死した。特に未練もなかったが、強いて言えば、大好きなもふもふと一緒に暮らしたかった。しかし何故か、剣と魔法の異世界で、貴族の子として転生していた。しかも男の子で。今世の両親はとてもやさしくいい人たちで、さらには前世にはいなかった兄弟がいた。せっかくだから思いっきり、もふもふと戯れたい!惰眠を貪りたい!のんびり自由に生きたい!そう思っていたが、5歳の時に行われる判定の儀という、魔法属性を調べた日を境に、幸せな日常が崩れ去っていった・・・。その後、名を変え別の人物として、相棒のもふもふと共に旅に出る。相棒のもふもふであるズィーリオスの為の旅が、次第に自分自身の未来に深く関わっていき、仲間と共に逃れられない運命の荒波に飲み込まれていく。
※第二章は全体的に説明回が多いです。
<<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>
異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。
転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
転生テイマー、異世界生活を楽しむ
さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。
内容がどんどんかけ離れていくので…
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
ありきたりな転生ものの予定です。
主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。
一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。
まっ、なんとかなるっしょ。
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる