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異世界の南国ヤルマ
焚き火を囲んで語り合う
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「まだ刺身はあるから、よかったら食べてほしいっす」
「これはありがたい。もうちょっともらうとするよ」
リンは箸と小皿を手渡してくれた。
皿の上にはアカハタの刺身が数切れあり、しょうゆのような液体がかかっている。
「あと、この薬味をつけて食べると美味しいっすよ」
リンは皿の脇に置かれた淡い黄緑色の何かを指した。
からしの一種だろうか。
バラムでは見たことがなく、どんな味なのか想像つかない。
「初めてだけど、これの材料は?」
「この辺りで採れる柑橘類と青唐辛子を混ぜたものっす。辛みがわりと強いから、最初は少なめがいいっすね」
「分かった、ありがとう。早速、試してみるよ」
アカハタの刺身に少しだけつけて食べてみる。
みずみずしい香りとピリ辛な風味が口の中に広がっていく。
「これはたしかにつけすぎると辛そうだね」
「お口に合いましたか?」
「うん、気に入った」
柚子胡椒のような薬味もいいものだが、しょうゆに似た調味料を気に入った。
自然と口になじむ味わいで、魚の刺身によく合う気がする。
アカハタの刺身を味わううちに、串に刺さった魚が焼き上がったようだ。
クーデリアが皿の上に乗せて、順番に配っている。
「さあ、これはマルクの分だ」
「ありがとうございます」
勇者直々に魚を焼いて料理を配っている。
俺はクーデリアから皿を受け取った。
「色んな魚を見せてもらいましたけど、これはその中でも小さい方ですね」
小ぶりのアジの塩焼きみたいな見た目をしている。
食べやすいように串は抜いてあった。
「それはタカサゴだ。近くの海でよく獲れる」
「ほう、初めて聞く名前です。まずは食べてみますね」
皿の上の魚を掴んで背ビレの周りをかじる。
表面は香ばしく焼けていて、身の部分は白くほっこりしていた。
「淡白で癖がないです。それに塩加減もいい感じで」
「塩のことに気づくとは料理に詳しいだけある。その塩はヤルマの海水から作られたものだ。味わいが豊かで何にでも合う」
「これは海塩でしたか」
クーデリアと会話をしながら、タカサゴの身を食べる。
オルスの店――マグロ三昧――では見かけなかったが、酒が一緒なら無限に食べられそうな味だった。
余計な癖がないのと塩がいいことで、こんなに完成度が高くなるとは。
「普段は肉を扱っているんですけど、魚料理もいいものですね」
「へえ、マルクは肉料理の店をやっているのか?」
クーデリアが興味深そうにたずねてきた。
「焼肉屋といって、鉄板で肉を焼いて食べる店をやっています」
「……それは美味しそうだ」
クーデリアはうっとりするような表情で視線を上に向けた。
もしかして、肉料理が好きなのだろうか。
「ちなみに肉が好きなんですか?」
「この辺りでも肉牛はいるのだが、地元の人が特別な時に食べるぐらいの量しか流通していない……」
彼女はがっくしといった様子で、椅子に腰を下ろしてうなだれた。
その様子に気づいたリンが驚いた様子で会話に加わった。
「あれ、どうしたっすか?」
「クーデリアさんと肉料理について話していたところで……」
「すまない。なかなか肉を食べることがなくて、醜態を晒してしまった。地元の人の厚意で年に数回は口にできるのだから、気遣いは無用だ」
クーデリアは気丈に微笑みを浮かべるが、強がっているようにも見える。
「肉牛が少ないなら、水牛を食べたりできませんか?」
ヤルマではあちらこちらで水牛を見かけることがあった。
「――その話、ちょっと待ったー」
「えっ、何ですか?」
ほくほく顔で魚を食べていたはずのミズキが飛ぶように接近してきた。
「水牛を食べるなんて、そんな悲しいことを言っちゃあいけないよ」
「もしかして、サクラギやヤルマで食べる文化はなかったです?」
「ヤルマでは水牛を食べることはないっす」
リンが諭すように言った。
あえて言うまでもない常識のようだ。
「マルク、私なら大丈夫だ。生まれ故郷でも肉を食べる機会は限られていた。それにこんなにも海水魚に恵まれた土地で贅沢を言うつもりもない」
クーデリアの様子は儚げだが、自己犠牲を厭わない勇者という立場からすれば、ある意味慣れていることなのかもしれない。
「……部外者が口出しすることじゃないですね」
「いや、気遣いはありがたい。いつか機会があれば、君の店に行ってみたいものだ」
ここからバラムまでの距離を考えれば、クーデリアの言葉は社交辞令に感じられた。
仮に真実がそうであったとしても、彼女の親切心はありがたいと思った。
「当たり前のことだけど、火の近くにいると暑いね」
ミズキが手の平を仰いで顔に風を送り、わずかに顔をしかめて言った。
「姫様、せっかく水着を買ったのですから、泳ぎに行かれるのはいかがでしょう?」
「ちょっと行ってくるね」
「あれっ、いつの間に水着を……」
ミズキとアカネは海岸の方へ駆け出していった。
きっと、服の下に着ているのだろう。
「ふふっ、あの二人は元気だな」
「いつもあんな感じですよ」
クーデリアは遠ざかる二つの背中を見つめながら、楽しそうに言った。
「ここは海がきれいだから、海水浴にもいいですね」
「マルクは行かないのか?」
「もう少しクーデリアさんやリンと話したいのと、水着を持ってないので」
「うれしいっす! わたしもお兄さんともっと話したいっす」
リンが愛くるしい様子で、こちらに無垢な表情を向けた。
「これはありがたい。もうちょっともらうとするよ」
リンは箸と小皿を手渡してくれた。
皿の上にはアカハタの刺身が数切れあり、しょうゆのような液体がかかっている。
「あと、この薬味をつけて食べると美味しいっすよ」
リンは皿の脇に置かれた淡い黄緑色の何かを指した。
からしの一種だろうか。
バラムでは見たことがなく、どんな味なのか想像つかない。
「初めてだけど、これの材料は?」
「この辺りで採れる柑橘類と青唐辛子を混ぜたものっす。辛みがわりと強いから、最初は少なめがいいっすね」
「分かった、ありがとう。早速、試してみるよ」
アカハタの刺身に少しだけつけて食べてみる。
みずみずしい香りとピリ辛な風味が口の中に広がっていく。
「これはたしかにつけすぎると辛そうだね」
「お口に合いましたか?」
「うん、気に入った」
柚子胡椒のような薬味もいいものだが、しょうゆに似た調味料を気に入った。
自然と口になじむ味わいで、魚の刺身によく合う気がする。
アカハタの刺身を味わううちに、串に刺さった魚が焼き上がったようだ。
クーデリアが皿の上に乗せて、順番に配っている。
「さあ、これはマルクの分だ」
「ありがとうございます」
勇者直々に魚を焼いて料理を配っている。
俺はクーデリアから皿を受け取った。
「色んな魚を見せてもらいましたけど、これはその中でも小さい方ですね」
小ぶりのアジの塩焼きみたいな見た目をしている。
食べやすいように串は抜いてあった。
「それはタカサゴだ。近くの海でよく獲れる」
「ほう、初めて聞く名前です。まずは食べてみますね」
皿の上の魚を掴んで背ビレの周りをかじる。
表面は香ばしく焼けていて、身の部分は白くほっこりしていた。
「淡白で癖がないです。それに塩加減もいい感じで」
「塩のことに気づくとは料理に詳しいだけある。その塩はヤルマの海水から作られたものだ。味わいが豊かで何にでも合う」
「これは海塩でしたか」
クーデリアと会話をしながら、タカサゴの身を食べる。
オルスの店――マグロ三昧――では見かけなかったが、酒が一緒なら無限に食べられそうな味だった。
余計な癖がないのと塩がいいことで、こんなに完成度が高くなるとは。
「普段は肉を扱っているんですけど、魚料理もいいものですね」
「へえ、マルクは肉料理の店をやっているのか?」
クーデリアが興味深そうにたずねてきた。
「焼肉屋といって、鉄板で肉を焼いて食べる店をやっています」
「……それは美味しそうだ」
クーデリアはうっとりするような表情で視線を上に向けた。
もしかして、肉料理が好きなのだろうか。
「ちなみに肉が好きなんですか?」
「この辺りでも肉牛はいるのだが、地元の人が特別な時に食べるぐらいの量しか流通していない……」
彼女はがっくしといった様子で、椅子に腰を下ろしてうなだれた。
その様子に気づいたリンが驚いた様子で会話に加わった。
「あれ、どうしたっすか?」
「クーデリアさんと肉料理について話していたところで……」
「すまない。なかなか肉を食べることがなくて、醜態を晒してしまった。地元の人の厚意で年に数回は口にできるのだから、気遣いは無用だ」
クーデリアは気丈に微笑みを浮かべるが、強がっているようにも見える。
「肉牛が少ないなら、水牛を食べたりできませんか?」
ヤルマではあちらこちらで水牛を見かけることがあった。
「――その話、ちょっと待ったー」
「えっ、何ですか?」
ほくほく顔で魚を食べていたはずのミズキが飛ぶように接近してきた。
「水牛を食べるなんて、そんな悲しいことを言っちゃあいけないよ」
「もしかして、サクラギやヤルマで食べる文化はなかったです?」
「ヤルマでは水牛を食べることはないっす」
リンが諭すように言った。
あえて言うまでもない常識のようだ。
「マルク、私なら大丈夫だ。生まれ故郷でも肉を食べる機会は限られていた。それにこんなにも海水魚に恵まれた土地で贅沢を言うつもりもない」
クーデリアの様子は儚げだが、自己犠牲を厭わない勇者という立場からすれば、ある意味慣れていることなのかもしれない。
「……部外者が口出しすることじゃないですね」
「いや、気遣いはありがたい。いつか機会があれば、君の店に行ってみたいものだ」
ここからバラムまでの距離を考えれば、クーデリアの言葉は社交辞令に感じられた。
仮に真実がそうであったとしても、彼女の親切心はありがたいと思った。
「当たり前のことだけど、火の近くにいると暑いね」
ミズキが手の平を仰いで顔に風を送り、わずかに顔をしかめて言った。
「姫様、せっかく水着を買ったのですから、泳ぎに行かれるのはいかがでしょう?」
「ちょっと行ってくるね」
「あれっ、いつの間に水着を……」
ミズキとアカネは海岸の方へ駆け出していった。
きっと、服の下に着ているのだろう。
「ふふっ、あの二人は元気だな」
「いつもあんな感じですよ」
クーデリアは遠ざかる二つの背中を見つめながら、楽しそうに言った。
「ここは海がきれいだから、海水浴にもいいですね」
「マルクは行かないのか?」
「もう少しクーデリアさんやリンと話したいのと、水着を持ってないので」
「うれしいっす! わたしもお兄さんともっと話したいっす」
リンが愛くるしい様子で、こちらに無垢な表情を向けた。
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