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異世界の南国ヤルマ
酒を酌み交わして語り合う
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俺たちはカウンター席で横並びに腰かけた。
横長の天板の向こう側には、この店の主人である魔王が立っている。
普段からそこが定位置のようで、ずいぶんと様になっている。
「そなたたちは魔王の面(つら)でも拝んでやろうと来たわけか」
魔王は淡々と言葉を発しながら、酒の用意を進めていた。
店を初めてそれなりに経つようで、慣れた手つきだった。
「うーん、それは否定できないかも……。ところで魔王に名前はないの? あたしはゼントクの娘でミズキ」
ミズキが名乗った流れで、俺たちは順番に自己紹介をした。
魔王はそれを静かに聞いており、準備し終えたグラスを全員に差し出した。
「サトウキビを蒸留した地酒だ。ストレートでは度数が強いから、水で割ってある」
これが酒に合うと手作りの胡麻団子のようなものを用意してくれた。
俺は出された酒を飲んでから、興味津々で団子の味を確かめた。
地酒はまろやかな味わいで、胡麻団子のほどよい甘みはぴったり合っている。
「ありがとうございます。マグロ料理だけじゃなくて、この団子も美味しいですし、料理が上手なんですね」
こちらがそう伝えると魔王は意外そうな反応を見せて、かすかに頬を緩めた。
「まだ名乗っていなかったな。我はオルスキュリテ。ヤルマの民はオルスと呼んでいる。そなたたちもそう呼んでくれて構わない」
オルスは一番最後に自分の分の酒を用意した。
それをいくらか口に飲んでから話を続ける。
「この店を初めて何年か経つが、リンからは地元の味になりきれてないと叱咤されることがある。客から褒められることがあっても、確信を持てるほどではなかった」
「これは胸を張っていい腕前ですよ。マグロ丼も美味しかったです」
そう言い終えてから、俺ばかりがオルスと話してはいけないと思い、仲間たちの様子に目を向けた。
アデルは緊張した表情になっているが、オルスへの好奇心もあるように見えた。
彼女は出された酒に口をつけると、意を決したように口を開いた。
「ところでどうして、魔王が食堂を開いているのかしら?」
「ほう、そのことか。話せば長くなるが……。酒の肴に話すのもよいか」
オルスは俺たち四人に視線を向けてから、ふっと息を吐いた。
「サクラギの二人は勇者と魔王の伝承について、どれぐらい知っている?」
「あたしは他国にも行ったことがあるから、よくある昔話として伝わっているのは知ってる。アカネはどうだっけ?」
「ヤルマへ向かう道中、マルク殿とアデル殿から概略を聞きました」
アカネだけ蚊帳の外では気の毒に思い、要点をかいつまんで話したのだった。
「あとの二人は聞くまでもないか」
「はい、定番の昔話なので」
「そうね、何度も聞いたことがあるわ」
一通り意見を聞いたところで、オルスは顎に手を添えて目を閉じた。
少しの間、何かを考えるような空白があった。
「人づてに聞いたことがあるが、伝承では魔王を倒した勇者は役目を終えて、天に帰ったとあるそうだな。しかし、勇者は生きている」
「「「えっ!?」」」」
俺たちは一斉に声を上げた。
そこまで詳しくないアカネは首を傾(かし)げている。
「ふっ、まだ話の途中だ。そもそも、我と勇者は敵対関係などではなく、この世界の調和を保つ両輪にすぎなかった。それがいつからか誤ったかたちで言い伝えが残るようになり、そなたたちの知るかたちの伝承になったのではないか」
酒が入った影響なのか、オルスの口調が滑らかになった気がする。
「重要度が高い内容ですけど、出会ったばかりで教えてもらってもいいんですか?」
「そのことなら問題ない。今の時代に魔王だ、勇者だと聞いて、騒ぎになどならんだろう」
「ええそれは、仰る通りです」
オルスの意見は合っている。
この時代に気にかける人がどれだけいるだろう。
平和な時代になってから、長い年月が経っている。
「この世界での役目を終えた我と勇者は、安住の地を求めて世界中を旅した。それで見つけたのがヤルマだった。正直なところ、食堂を始めたこと自体に深い意味はない。この地に長くとどまるのなら、何かを始めたらどうかという勇者の提案があった」
オルスは何かを懐かしむような様子で、視線を上に向けた。
「教えてくれてありがとう。思ったよりも簡単な理由じゃない」
「ちなみに勇者は漁師の真似ごとをしているが、あれはあれで思いつきらしい」
「なるほど、勇者もヤルマで働いているのね」
アデルはオルスの話に相づちを打った。
年齢が高い者同士ということでオルスとのやりとりは滑らかに見える。
もっとも年齢のことを言えば、彼女の怒りを買うことは間違いないが。
「我を見にきたように勇者も見てみるか? あいつは社交的な性格だから、来客があれば喜んで応じるはずだ」
「へえ、本当に仲がいいのね」
「仲がいいのかは分からんが……あいつとは付き合いが長い」
オルスの長いが意味するところは、膨大な月日を指すのだと考えられる。
勇者と二人でどれだけの時を歩んできたのだろう。
伝承とは異なり、意気投合していたという事実を興味深く感じた。
「ねえねえ、オルス。あたしも勇者に会ってみたいな」
「あいつは来る者は拒まずという性格だ。来訪者が増えたところで問題なかろう」
オルスはそう言ってから、グラスに残った酒を飲み干した。
そして、空になったそれに水を注いだ。
「リンを帰してしまって、一人で片づけは時間がかかる。客なのにすまぬが、手伝ってもらえるか?」
「はい、魔王様!」
ミズキが高めのテンションで返事をした。
オルスは呆気に取られたような表情を見せた後、通常の真顔に戻った。
「そんなふうに呼ばれたのは大昔のことだ。そなたたちの気が済んだら、手伝いを頼む」
それから、色々と話が盛り上がり、片づけが始まるのはもう少し後になった。
横長の天板の向こう側には、この店の主人である魔王が立っている。
普段からそこが定位置のようで、ずいぶんと様になっている。
「そなたたちは魔王の面(つら)でも拝んでやろうと来たわけか」
魔王は淡々と言葉を発しながら、酒の用意を進めていた。
店を初めてそれなりに経つようで、慣れた手つきだった。
「うーん、それは否定できないかも……。ところで魔王に名前はないの? あたしはゼントクの娘でミズキ」
ミズキが名乗った流れで、俺たちは順番に自己紹介をした。
魔王はそれを静かに聞いており、準備し終えたグラスを全員に差し出した。
「サトウキビを蒸留した地酒だ。ストレートでは度数が強いから、水で割ってある」
これが酒に合うと手作りの胡麻団子のようなものを用意してくれた。
俺は出された酒を飲んでから、興味津々で団子の味を確かめた。
地酒はまろやかな味わいで、胡麻団子のほどよい甘みはぴったり合っている。
「ありがとうございます。マグロ料理だけじゃなくて、この団子も美味しいですし、料理が上手なんですね」
こちらがそう伝えると魔王は意外そうな反応を見せて、かすかに頬を緩めた。
「まだ名乗っていなかったな。我はオルスキュリテ。ヤルマの民はオルスと呼んでいる。そなたたちもそう呼んでくれて構わない」
オルスは一番最後に自分の分の酒を用意した。
それをいくらか口に飲んでから話を続ける。
「この店を初めて何年か経つが、リンからは地元の味になりきれてないと叱咤されることがある。客から褒められることがあっても、確信を持てるほどではなかった」
「これは胸を張っていい腕前ですよ。マグロ丼も美味しかったです」
そう言い終えてから、俺ばかりがオルスと話してはいけないと思い、仲間たちの様子に目を向けた。
アデルは緊張した表情になっているが、オルスへの好奇心もあるように見えた。
彼女は出された酒に口をつけると、意を決したように口を開いた。
「ところでどうして、魔王が食堂を開いているのかしら?」
「ほう、そのことか。話せば長くなるが……。酒の肴に話すのもよいか」
オルスは俺たち四人に視線を向けてから、ふっと息を吐いた。
「サクラギの二人は勇者と魔王の伝承について、どれぐらい知っている?」
「あたしは他国にも行ったことがあるから、よくある昔話として伝わっているのは知ってる。アカネはどうだっけ?」
「ヤルマへ向かう道中、マルク殿とアデル殿から概略を聞きました」
アカネだけ蚊帳の外では気の毒に思い、要点をかいつまんで話したのだった。
「あとの二人は聞くまでもないか」
「はい、定番の昔話なので」
「そうね、何度も聞いたことがあるわ」
一通り意見を聞いたところで、オルスは顎に手を添えて目を閉じた。
少しの間、何かを考えるような空白があった。
「人づてに聞いたことがあるが、伝承では魔王を倒した勇者は役目を終えて、天に帰ったとあるそうだな。しかし、勇者は生きている」
「「「えっ!?」」」」
俺たちは一斉に声を上げた。
そこまで詳しくないアカネは首を傾(かし)げている。
「ふっ、まだ話の途中だ。そもそも、我と勇者は敵対関係などではなく、この世界の調和を保つ両輪にすぎなかった。それがいつからか誤ったかたちで言い伝えが残るようになり、そなたたちの知るかたちの伝承になったのではないか」
酒が入った影響なのか、オルスの口調が滑らかになった気がする。
「重要度が高い内容ですけど、出会ったばかりで教えてもらってもいいんですか?」
「そのことなら問題ない。今の時代に魔王だ、勇者だと聞いて、騒ぎになどならんだろう」
「ええそれは、仰る通りです」
オルスの意見は合っている。
この時代に気にかける人がどれだけいるだろう。
平和な時代になってから、長い年月が経っている。
「この世界での役目を終えた我と勇者は、安住の地を求めて世界中を旅した。それで見つけたのがヤルマだった。正直なところ、食堂を始めたこと自体に深い意味はない。この地に長くとどまるのなら、何かを始めたらどうかという勇者の提案があった」
オルスは何かを懐かしむような様子で、視線を上に向けた。
「教えてくれてありがとう。思ったよりも簡単な理由じゃない」
「ちなみに勇者は漁師の真似ごとをしているが、あれはあれで思いつきらしい」
「なるほど、勇者もヤルマで働いているのね」
アデルはオルスの話に相づちを打った。
年齢が高い者同士ということでオルスとのやりとりは滑らかに見える。
もっとも年齢のことを言えば、彼女の怒りを買うことは間違いないが。
「我を見にきたように勇者も見てみるか? あいつは社交的な性格だから、来客があれば喜んで応じるはずだ」
「へえ、本当に仲がいいのね」
「仲がいいのかは分からんが……あいつとは付き合いが長い」
オルスの長いが意味するところは、膨大な月日を指すのだと考えられる。
勇者と二人でどれだけの時を歩んできたのだろう。
伝承とは異なり、意気投合していたという事実を興味深く感じた。
「ねえねえ、オルス。あたしも勇者に会ってみたいな」
「あいつは来る者は拒まずという性格だ。来訪者が増えたところで問題なかろう」
オルスはそう言ってから、グラスに残った酒を飲み干した。
そして、空になったそれに水を注いだ。
「リンを帰してしまって、一人で片づけは時間がかかる。客なのにすまぬが、手伝ってもらえるか?」
「はい、魔王様!」
ミズキが高めのテンションで返事をした。
オルスは呆気に取られたような表情を見せた後、通常の真顔に戻った。
「そんなふうに呼ばれたのは大昔のことだ。そなたたちの気が済んだら、手伝いを頼む」
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