上 下
338 / 466
異世界の南国ヤルマ

マグロ丼と膨大な魔力量

しおりを挟む
 俺とミズキもアデルに続いて、客車から外に出た。
 魔力灯が煌々と明るいことで、マグロ三昧の存在感が際立っている。
 
「これじゃあ、中は見えないか」

 外から中の様子を窺おうとしたが、曇りガラスがはまっていた。

「とりあえず、入ってみるわよ」

 アデルは足取りも軽やかに店の引き戸を引いた。
 
「……えっ?」

 彼女は中の様子に目を向けた後、今度は同じ戸を閉じた。

「何かありました?」

 アデルの様子を不思議に思いつつ、彼女に近づいて問いかけた。

「す、すごい魔力量……あれはきっと魔王よ」

「本当にいたんですか!?」

 自分の目で確かめたくなり、引き戸に近づいた。
 開けようと手を伸ばしたところで、自動ドアのように戸が動いた。

「――うわっ」

 入り口の向こう側に屈強な身体つきの男が立っていた。
 艶のある白髪と褐色の肌、彫りの深い顔立ちが目にとまる。
 和の要素ゼロの風貌なのだが、小豆色の作務衣を身につけている。

「――客かと思ったが、どうかしたか?」

 男は存在感のある声で言った。
 アデルの言葉通りなら、彼が魔王ということになるが。

「……ちょっといい?」

 男を前にして立ちつくしていると、アデルが服の袖を引いた。
 無言で彼女に従って、店の前から少し離れる。

「先に入ってるよー」

 俺たちを横目にミズキとアカネはマグロ三昧へと入っていった。
 男はこちらを一瞥してから店に戻った。

「……何か異常でも?」

「あの男、魔力量がとんでもないわ。魔王なんて与太話と思っていたけれど、本当にいるのかもしれない」

「今まで会ったことのないタイプとは思いましたけど、そんなに魔力があるなんて」

 男との距離は近かったが、そこまでの魔力は感じなかった。
 アデルほどの経験はなくとも、膨大な魔力ならば気づくはずなのだが。

「方法は分からないけれど、簡単に見破られないようにしているみたい」

「信じる人が少ないとはいえ、魔王が実在するとなれば大騒ぎですから、看破されないようにしているのかもしれません」

 これ以上の長話は魔王に警戒心を抱かせることになる。
 無害な存在であるかは分からないが、現時点では刺激しない方がいいだろう。

 俺たちは入り口に向かい、何ごともない様子で中に入った。

「マスター、お客さんっす」

 今度は魔王と思われる男ではなく、元気な声の少女に迎えられた。
 彼女は前かけをしており、給仕を手伝っているようだ。
 日焼けした肌と雰囲気から、地元の人間だと思われた。

「あそこの人たちの連れです」

 少女にそう伝えて、先に入ったミズキたちと合流した。
 テーブル席の椅子に腰を下ろし、店の状況に目を向ける。
 地元客と観光客が半々ぐらいの比率だった。

「やっぱり、マグロ三昧って名前だけあって、マグロ料理が中心みたいですね」

「どの料理も美味しそうー。ここを選んで正解だったね。あとこれ、お品書きだよ」

 ミズキが見やすいように向きを変えてくれた。
 お品書きにはマグロを使った料理の名前が並び、好奇心と食欲が刺激される。
 まずはシンプルなものを注文して、その後にお腹に余裕があれば追加で何か頼めばいいだろう。

「俺は決まりました」

「私も決まったわ」

「おおっと、二人とも早いね。あたしは気になる料理がいくつかあって――」

 ミズキが言いかけたところで、店員の少女がグラスを運んできた。

「こちら、サービスのジャスミン茶っす!」

 薄めたウーロン茶みたいな見た目のお茶がグラスに入っている。
 彼女は人数分のグラスを置いてから、ミズキに声をかけた。

「お客さん、うちのおすすめはマグロ丼っす。近くの漁港で水揚げされた新鮮なマグロを使っていて、とっても美味しいっすよ」

「そうなんだ。あたしはそれにしようっと。アカネは決まった?」

「はい、すでに」

「じゃあ、注文いいですか?」

 ミズキがたずねると、少女は注文を取るための紙と鉛筆を取り出した。

「ご注文をどうぞ!」

 結局、四人全員がマグロ丼を頼むことになった。
 注文内容を控えた少女はカウンターの方へと歩いていった。
 魔王と思われる男はそこで黙々と料理を作っている。

「あんまり怪しい感じはしないですけど、本当にそうなんですか?」

「魔力量からして、ただの食堂の主人ってことはないわ。直接たずねるのは気が引けるけれど」

「どんな反応が返ってくるか分かりませんし、今日はマグロを味わうだけでいい気分になってきました」

 アデルと小声で話していると、向かいの席のミズキがじっとこちらを見ていた。
 
「もしかして、例の話?」

「はい、そうです。店の中で具体的な名前は出さないようにしてください」

「うんうん、大丈夫」

 ミズキが理解を示したことに胸をなで下ろした。
 彼女の直球な性格を考慮すれば、店主が魔王であるかを確かめそうだった。

「――待たせたな、マグロ丼だ」

 渋い声がして、店主がすぐそばにいることに気づいた。
 言葉では形容しがたい迫力があり、思わず背筋に緊張が走る。
 
「はい、お待ちどお! マグロ丼っす」

 店主と少女が二つずつどんぶりを運んできて、机の上に四つのどんぶりが並んだ。
 
「わおっ、すごいボリューム」

「これでもかとマグロが盛られているわ」

「ふむ、食べごたえがありそうだ」

 俺たちの反応を引き出すほど、盛りだくさんの切り身が乗っていた。
 新鮮な赤身がどんぶりの高さを上回り、白米よりも多いんじゃないかと思えるほどに重ねてある。
 魔王が魔王であることを気づかれないように、マグロ丼へ注目を向けさせようとしている――そんな考えは邪推だろうか。

 ひとまず箸を取り、マグロ丼を食べてから考えることにした。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

42歳メジャーリーガー、異世界に転生。チートは無いけど、魔法と元日本最高級の豪速球で無双したいと思います。

町島航太
ファンタジー
 かつて日本最強投手と持て囃され、MLBでも大活躍した佐久間隼人。  しかし、老化による衰えと3度の靭帯損傷により、引退を余儀なくされてしまう。  失意の中、歩いていると球団の熱狂的ファンからポストシーズンに行けなかった理由と決めつけられ、刺し殺されてしまう。  だが、目を再び開くと、魔法が存在する世界『異世界』に転生していた。

妖精王オベロンの異世界生活

悠十
ファンタジー
 ある日、サラリーマンの佐々木良太は車に轢かれそうになっていたお婆さんを庇って死んでしまった。  それは、良太が勤める会社が世界初の仮想空間による体感型ゲームを世界に発表し、良太がGMキャラの一人に、所謂『中の人』選ばれた、そんな希望に満ち溢れた、ある日の事だった。  お婆さんを助けた事に後悔はないが、未練があった良太の魂を拾い上げたのは、良太が助けたお婆さんだった。  彼女は、異世界の女神様だったのだ。  女神様は良太に提案する。 「私の管理する世界に転生しませんか?」  そして、良太は女神様の管理する世界に『妖精王オベロン』として転生する事になった。  そこから始まる、妖精王オベロンの異世界生活。

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

辺境伯令嬢に転生しました。

織田智子
ファンタジー
ある世界の管理者(神)を名乗る人(?)の願いを叶えるために転生しました。 アラフィフ?日本人女性が赤ちゃんからやり直し。 書き直したものですが、中身がどんどん変わっていってる状態です。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

転生幼女が魔法無双で素材を集めて物作り&ほのぼの天気予報ライフ 「あたし『お天気キャスター』になるの! 願ったのは『大魔術師』じゃないの!」

なつきコイン
ファンタジー
転生者の幼女レイニィは、女神から現代知識を異世界に広めることの引き換えに、なりたかった『お天気キャスター』になるため、加護と仮職(プレジョブ)を授かった。 授かった加護は、前世の記憶(異世界)、魔力無限、自己再生 そして、仮職(プレジョブ)は『大魔術師(仮)』 仮職が『お天気キャスター』でなかったことにショックを受けるが、まだ仮職だ。『お天気キャスター』の職を得るため、努力を重ねることにした。 魔術の勉強や試練の達成、同時に気象観測もしようとしたが、この世界、肝心の観測器具が温度計すらなかった。なければどうする。作るしかないでしょう。 常識外れの魔法を駆使し、蟻の化け物やスライムを狩り、素材を集めて観測器具を作っていく。 ほのぼの家族と周りのみんなに助けられ、レイニィは『お天気キャスター』目指して、今日も頑張る。時々は頑張り過ぎちゃうけど、それはご愛敬だ。 カクヨム、小説家になろう、ノベルアップ+、Novelism、ノベルバ、アルファポリス、に公開中 タイトルを 「転生したって、あたし『お天気キャスター』になるの! そう女神様にお願いしたのに、なぜ『大魔術師(仮)』?!」 から変更しました。

上流階級はダンジョンマスター!?そんな世界で僕は下克上なんて求めません!!

まったりー
ファンタジー
転生した主人公は、平民でありながらダンジョンを作る力を持って生まれ、その力を持った者の定めとなる貴族入りが確定します。 ですが主人公は、普通の暮らしを目指し目立たない様振る舞いますが、ダンジョンを作る事しか出来ない能力な為、奮闘してしまいます。

処理中です...