333 / 469
異世界の南国ヤルマ
地元民の情報
しおりを挟む
アカネは模範的な従者らしく、すぐにミズキの後を追った。
俺はアデルが靴を履くのを待って、二人で旅籠から外に出た。
「雨は上がったみたいですね」
上空には雲が残るものの、青空が見えて穏やかな風が吹いている。
雨上がりの朝はさわやかに感じられるものだが、旅籠のことが胸に引っかかったままだった。
「……さてと」
意を決して後ろを振り返る。
旅籠の変化を確かめるのは不安もあったが、この目で見ておくべきだと思った。
廊下や玄関周りがそうだったように、外観も昨日見た時から変化している。
ボロボロとまではいかないが、しばらく掃除や手入れを行っていないような状態で敷地内の庭には雑草が生えており、ところどころに落ち葉などが散らかり放題だった。
アデルと二人で旅籠の様子を眺めていると、外の道を見知らぬ男が歩いていた。
服装や見た目の雰囲気から、近くに住む人だと思った。
「……おはようございます」
旅籠の敷地を離れて、男に近づいていった。
先ほどの主人のように消えてしまわないかと身構えるが、不審に思われないようにこちらから声をかけた。
「あんたたち、まさかそこに泊まったのかい?」
男は五十歳ぐらいで怪訝そうな表情だった。
「はい、そうです。旅籠について何かご存じですか?」
「……立ち話もあれだから、うちに来なさい」
男とは初対面だったが、家へ案内された。
確かめるようにアデルを見ると小さく頷いた。
「ちなみにここから近いんですか?」
「そう遠くない」
男は道の先を指先で示している。
「一応、ミズキたちに声をかけておくわ」
「あっ、ありがとうございます」
アデルは水牛の様子を確認中のミズキのところへ向かった。
彼女がこちらに戻ったところで、男の家へと歩き出した。
「この辺りに民家があったんですね」
「何もないところだから、うちを含めて数軒だ」
「そうなんですか」
男はこちらを招いたわりに、そこまで口数が多い感じではなかった。
どんな目的があるのか気になるが、根掘り葉掘りたずねて気分を害したくはない。
できることなら、旅籠の謎について知っておきたいという気持ちが芽生えていた。
男の家は旅籠の近くにあった。
日本の記憶がある俺からすれば、かやぶき屋根の古民家といった外観。
サクラギ周辺の文化水準からすれば、一般的な民家という印象を受けた。
民家の敷地に入ったところで、何かが足元を走っていった。
驚いて視線を向けると、茶色の羽根を生やしたニワトリだった。
見慣れない来訪者に興味を示すようにこちらを向いている。
「玄関はこっちだ。ついてきてくれ」
「はい」
俺とアデルは玄関に入ると土間で靴を脱ぐと部屋に上がった。
中心の囲炉裏に火が入っているからか、何かを燻(いぶ)したような匂いがする。
「こんなものしか出せなくてすまんが、この辺りで採れた野草の薬草茶だ」
「これはどうも」
「あら、ありがとう」
俺たちは湯呑みに入ったお茶を受け取った。
いい香りがするものの、今はそれよりも話を聞いておきたい。
「……あそこは弟が営んでいたんだ」
男は旅籠のことを話し始めた。
重たげな口調から何か事情があることを予想する。
「よかったら、詳しく教えてもらえませんか」
「誰かに話して罪滅ぼしになると思っちゃいないが、あんたたちに知っておいてほしい」
男はそう前置きをして、旅籠で起きた出来事を語り始めた。
男の弟――つまり俺が見た主人が始めたのがあの旅籠だった。
立地が影響して大繫盛とまではいかなかったが、定期的に旅人や行商人が訪れていたという。
やがて、主人と給仕を手伝っていた妻の間に一人娘が誕生した。
二人は愛娘に愛情を注ぎ、大切に育てた。
それから月日が経ち、旅籠の近くにアンデッドが出没した。
戦える者がいれば一体のアンデッドなど取るに足らないだろう。
しかし、巻きこまれたのは二人の愛娘だった。
アンデッドは呪詛を宿していることがあり、噛まれたり毒を受けたりするとアンデッド化することが稀にある。
不運にも旅籠の一人娘は呪詛を受けることになった。
旅籠の主人は宿泊客に不安を与えまいと考えたのだろう。
一人娘が出てこれないようにしつつ、呪詛が深刻になる前に対処しようとした。
しかし、サクラギの城下町や冒険者が複数いるギルドならともかく、この辺りは民家と田畑があるのみ。
移動時間を短縮できる馬さえない状況では手の打ちようがなかった。
娘を失った二人は生きる気力を失ったようになり、病気になったことがきっかけで後を追うように亡くなった。
「……あの旅籠でそんなことが」
男が話を終えると胸にずしりと重くなるような感覚があった。
アデルが幻覚魔法だと判断した場所は亡くなった二人が見てほしくないが故に壁のように見えたのかもしれない。
もっとも全ては俺自身の想像でしかなく、この話を聞いた後で確かめに行こうとは思えなかった。
「どうなってるのか分からんが、たまにあそこに泊まったという旅人が現れる。もしかしたら、二人が今でも客人をもてなそうとしている気がして、わしは客室の手入れを続けている。……あそこにあいつがいたのか?」
男の口にした「あいつ」とは旅籠の主人のことだと判断した。
親しみをこめたような響きを感じる。
「はい、俺たちを歓迎してくれました」
「……そうか」
男の目に涙がにじんだように見えた。
これで旅籠の謎は概ね解明できた気がする。
俺はアデルが靴を履くのを待って、二人で旅籠から外に出た。
「雨は上がったみたいですね」
上空には雲が残るものの、青空が見えて穏やかな風が吹いている。
雨上がりの朝はさわやかに感じられるものだが、旅籠のことが胸に引っかかったままだった。
「……さてと」
意を決して後ろを振り返る。
旅籠の変化を確かめるのは不安もあったが、この目で見ておくべきだと思った。
廊下や玄関周りがそうだったように、外観も昨日見た時から変化している。
ボロボロとまではいかないが、しばらく掃除や手入れを行っていないような状態で敷地内の庭には雑草が生えており、ところどころに落ち葉などが散らかり放題だった。
アデルと二人で旅籠の様子を眺めていると、外の道を見知らぬ男が歩いていた。
服装や見た目の雰囲気から、近くに住む人だと思った。
「……おはようございます」
旅籠の敷地を離れて、男に近づいていった。
先ほどの主人のように消えてしまわないかと身構えるが、不審に思われないようにこちらから声をかけた。
「あんたたち、まさかそこに泊まったのかい?」
男は五十歳ぐらいで怪訝そうな表情だった。
「はい、そうです。旅籠について何かご存じですか?」
「……立ち話もあれだから、うちに来なさい」
男とは初対面だったが、家へ案内された。
確かめるようにアデルを見ると小さく頷いた。
「ちなみにここから近いんですか?」
「そう遠くない」
男は道の先を指先で示している。
「一応、ミズキたちに声をかけておくわ」
「あっ、ありがとうございます」
アデルは水牛の様子を確認中のミズキのところへ向かった。
彼女がこちらに戻ったところで、男の家へと歩き出した。
「この辺りに民家があったんですね」
「何もないところだから、うちを含めて数軒だ」
「そうなんですか」
男はこちらを招いたわりに、そこまで口数が多い感じではなかった。
どんな目的があるのか気になるが、根掘り葉掘りたずねて気分を害したくはない。
できることなら、旅籠の謎について知っておきたいという気持ちが芽生えていた。
男の家は旅籠の近くにあった。
日本の記憶がある俺からすれば、かやぶき屋根の古民家といった外観。
サクラギ周辺の文化水準からすれば、一般的な民家という印象を受けた。
民家の敷地に入ったところで、何かが足元を走っていった。
驚いて視線を向けると、茶色の羽根を生やしたニワトリだった。
見慣れない来訪者に興味を示すようにこちらを向いている。
「玄関はこっちだ。ついてきてくれ」
「はい」
俺とアデルは玄関に入ると土間で靴を脱ぐと部屋に上がった。
中心の囲炉裏に火が入っているからか、何かを燻(いぶ)したような匂いがする。
「こんなものしか出せなくてすまんが、この辺りで採れた野草の薬草茶だ」
「これはどうも」
「あら、ありがとう」
俺たちは湯呑みに入ったお茶を受け取った。
いい香りがするものの、今はそれよりも話を聞いておきたい。
「……あそこは弟が営んでいたんだ」
男は旅籠のことを話し始めた。
重たげな口調から何か事情があることを予想する。
「よかったら、詳しく教えてもらえませんか」
「誰かに話して罪滅ぼしになると思っちゃいないが、あんたたちに知っておいてほしい」
男はそう前置きをして、旅籠で起きた出来事を語り始めた。
男の弟――つまり俺が見た主人が始めたのがあの旅籠だった。
立地が影響して大繫盛とまではいかなかったが、定期的に旅人や行商人が訪れていたという。
やがて、主人と給仕を手伝っていた妻の間に一人娘が誕生した。
二人は愛娘に愛情を注ぎ、大切に育てた。
それから月日が経ち、旅籠の近くにアンデッドが出没した。
戦える者がいれば一体のアンデッドなど取るに足らないだろう。
しかし、巻きこまれたのは二人の愛娘だった。
アンデッドは呪詛を宿していることがあり、噛まれたり毒を受けたりするとアンデッド化することが稀にある。
不運にも旅籠の一人娘は呪詛を受けることになった。
旅籠の主人は宿泊客に不安を与えまいと考えたのだろう。
一人娘が出てこれないようにしつつ、呪詛が深刻になる前に対処しようとした。
しかし、サクラギの城下町や冒険者が複数いるギルドならともかく、この辺りは民家と田畑があるのみ。
移動時間を短縮できる馬さえない状況では手の打ちようがなかった。
娘を失った二人は生きる気力を失ったようになり、病気になったことがきっかけで後を追うように亡くなった。
「……あの旅籠でそんなことが」
男が話を終えると胸にずしりと重くなるような感覚があった。
アデルが幻覚魔法だと判断した場所は亡くなった二人が見てほしくないが故に壁のように見えたのかもしれない。
もっとも全ては俺自身の想像でしかなく、この話を聞いた後で確かめに行こうとは思えなかった。
「どうなってるのか分からんが、たまにあそこに泊まったという旅人が現れる。もしかしたら、二人が今でも客人をもてなそうとしている気がして、わしは客室の手入れを続けている。……あそこにあいつがいたのか?」
男の口にした「あいつ」とは旅籠の主人のことだと判断した。
親しみをこめたような響きを感じる。
「はい、俺たちを歓迎してくれました」
「……そうか」
男の目に涙がにじんだように見えた。
これで旅籠の謎は概ね解明できた気がする。
3
お気に入りに追加
3,322
あなたにおすすめの小説
何度も死に戻りで助けてあげたのに、全く気付かない姉にパーティーを追い出された 〜いろいろ勘違いしていますけど、後悔した時にはもう手遅れです〜
超高校級の小説家
ファンタジー
武門で名を馳せるシリウス男爵家の四女クロエ・シリウスは妾腹の子としてプロキオン公国で生まれました。
クロエが生まれた時にクロエの母はシリウス男爵家を追い出され、シリウス男爵のわずかな支援と母の稼ぎを頼りに母子二人で静かに暮らしていました。
しかし、クロエが12歳の時に母が亡くなり、生前の母の頼みでクロエはシリウス男爵家に引き取られることになりました。
クロエは正妻と三人の姉から酷い嫌がらせを受けますが、行き場のないクロエは使用人同然の生活を受け入れます。
クロエが15歳になった時、転機が訪れます。
プロキオン大公国で最近見つかった地下迷宮から降りかかった呪いで、公子が深い眠りに落ちて目覚めなくなってしまいました。
焦ったプロキオン大公は領地の貴族にお触れを出したのです。
『迷宮の謎を解き明かし公子を救った者には、莫大な謝礼と令嬢に公子との婚約を約束する』
そこそこの戦闘の素質があるクロエの三人の姉もクロエを巻き込んで手探りで迷宮の探索を始めました。
最初はなかなか上手くいきませんでしたが、根気よく探索を続けるうちにクロエ達は次第に頭角を現し始め、迷宮の到達階層1位のパーティーにまで上り詰めました。
しかし、三人の姉はその日のうちにクロエをパーティーから追い出したのです。
自分達の成功が、クロエに発現したとんでもないユニークスキルのおかげだとは知りもせずに。
引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る
Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される
・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。
実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。
※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。
異世界で家族と新たな生活?!〜ドラゴンの無敵執事も加わり、ニューライフを楽しみます〜
藤*鳳
ファンタジー
楽しく親子4人で生活していたある日、交通事故にあい命を落とした...はずなんだけど...??
神様の御好意により新たな世界で新たな人生を歩むことに!!!
冒険あり、魔法あり、魔物や獣人、エルフ、ドワーフなどの多種多様な人達がいる世界で親子4人とその親子を護り生活する世界最強のドラゴン達とのお話です。
転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。
集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」
今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。
転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる