上 下
312 / 466
和の国サクラギとミズキ姫

火山への進入

しおりを挟む
 時間を忘れそうになるほど美しい光景だったが、アカネから早く戻るように言われていたことを思い出す。
 ここまでたくさんの星々を見るのは初めてで、後ろ髪を引かれるような想いで踵を返した。

「――おっ、またか……」

 民家へと引き返す途中で地面が小刻みに揺れた。
 大きな地震ではないものの、猿人族が駆け引きのために火山活動をそのままにしているのだろう。
 俺は足の運びを早めて、仲間のところへと向かった。

 先ほどの部屋に戻ると、皆一様に険しい顔をしていた。

「おかえり。さっき揺れたの分かった?」

「はい、もちろん」

「猿人族は引く気ないみたいだね」

 ミズキは複雑な表情のまま低い声を漏らした。

「姫様、そろそろ出るとしましょう。宝刀を火口に投げこむことができれば、全て丸く収まります」

「うん、そうだね。あたしがやらないと」

 ミズキは決意をこめたように立ち上がった。
 彼女がその気ならば、こちらも応えねばという気持ちになる。

「事前に見つかりにくい経路を見つけてある。二人とも、拙者の指示に従うように」

「もちろん、大丈夫です」

「私も問題ないわ。地面が揺れると気持ち悪くなるから、サクッと終わらせるわよ」

 アデルはいつも通りの様子で力強く感じる。

「マルクくん、アデル……ありがとう。このお礼はしっかりするから」

「なかなか太っ腹ね? サクラギの高級食材をありったけ要求するわよ」

「それはちょっと……要相談でお願い」

 アデルの冗談めかした言い方に場の空気が和む。
 ミズキも彼女とのやりとりに慣れているようで、笑顔から余裕が戻ったように見えた。

「――では、参りましょう」

 アカネが先導するかたちで、俺たちは民家を出発した。

 村の中を歩き出すと、焚かれたかがり火に見送られるような心境になる。
 最初は民家の影で気づかなかったが、軒先で村人たちが頭を下げていた。
 ミズキは猿人族に目立たぬようにという配慮もあるのか、声は出さずに手を振って応えている。

 やがて村の出口に至り、そこを抜けると暗闇が広がっていた。
 反射的にホーリーライトを唱えそうになるが、猿人族の警戒網に意識が及んだ。
 不自然に光っていれば、いくら離れていても見つかってしまう。

「足元が見えづらいのでご注意を」 
 
 先を進むアカネの声が聞こえた。 
 道の左右に林が広がり、本来は暗闇が深いはずだ。
 しかし、火山の方から見える閃光の影響で、どうにか進める程度の明るさはある。

 火山活動の状態が気にかかるが、今は気を逸らす余裕はない。
 転ばないように気をつけながら、一歩ずつ前に進んでいく。
 猿人族はいないようで、この道にいるのは俺たちだけのようだ。

 やがて、途中から木々の数が減り、進んだ先で視界が開けると火山の麓に出た。 

「この先、猿人族が見回りをしているため、拙者が探り当てた目につきにくい道を進みます」

「アカネ、案内は任せたよ」

「承知しました」

 ミズキとアカネの気心が知れたやりとりを耳にして、少しばかり緊張がほぐれる。

 火山の裾野から傾斜のついた道があり、山頂へと伸びていた。
 自然にできた勾配を人工的に整えた様子が窺える。
 前方を見上げれば火口付近は明るくなっており、熱くたぎる溶岩の存在を想像させた。

「――魔法が使えるお二人に再度お話が」

 いざ火山へ上がろうという段になったところで、先頭のアカネがくるりと振り返った。

「猿人族は我ら以上に魔法に詳しくない。見つかりそうになった時は光の魔法でかく乱を」 

「ええ、分かったわ」

「はい、その通りに」

「それと猿人族に不要な危害は加えたくない。危険があっても最小限の攻撃で回避するよう、お頼み申す」

 アカネの言葉に俺とアデルは頷いて返した。

 会話が済んだ後、アカネは素早い身のこなしで飛び出していった。
 次に彼女の動きが止まると、裾野から少し上がったところに姿が見えた。

「……来ていいって合図を出してる。あたしたちも行こう」

 続いてミズキが駆けていった。
 お姫様というよりも手練れの武芸者のような足さばきだった。

「俺たちも行きますか」

「そうね、遅れるわけにはいかないわ」

 二人で周囲を確認して、アカネのところへと走り出す。
 近くに猿人族のかがり火は見当たらないが、火口付近が明るいことでこちらの姿が見つかる可能性がある。  
 
「はぁっ、はぁっ……」

 そこまで長い距離ではなかったが、一気に駆け抜けると少し息が上がった。
 こちらと並走するかたちだったアデルも肩で息をしている。
 一方、ミズキとアカネは平然とした様子で息切れを起こしていない。

「極力、拙者が猿人族を払うが、自分の身は自分で守られるよう」

 アカネは俺とアデルに向けて言った。
 ミズキには言うまでもないということなのだろう。

 アカネが山頂に向けて歩き出し、それに続いて足を運ぶ。
 離れたところにかがり火の気配が見られるが、近くに猿人族はいないようだった。
 全員で息を潜めて、緩やかな坂道を登っていった。

 アカネがあらかじめ言っていた通り、見回りが手薄なところを通っているようで、出くわすことなく進めている。
 火山を登り始めてしばらく経ち、気が緩みかけたところで、その存在が目に留まった。

「……壁際に身を寄せて」

 アカネが小さな声で指示を飛ばした。
 それに従って、岩壁に沿うように身を寄せる。
 
「あれが猿人族ですか?」

「この距離なら問題ないはずだが、油断はできん」 

 アカネはこちらの質問には答えず、再度警戒を促した。
 息を潜めているとわずかな瞬間目にした、黒い毛に覆われた人型の何かが脳裏をよぎる。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

42歳メジャーリーガー、異世界に転生。チートは無いけど、魔法と元日本最高級の豪速球で無双したいと思います。

町島航太
ファンタジー
 かつて日本最強投手と持て囃され、MLBでも大活躍した佐久間隼人。  しかし、老化による衰えと3度の靭帯損傷により、引退を余儀なくされてしまう。  失意の中、歩いていると球団の熱狂的ファンからポストシーズンに行けなかった理由と決めつけられ、刺し殺されてしまう。  だが、目を再び開くと、魔法が存在する世界『異世界』に転生していた。

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

辺境伯令嬢に転生しました。

織田智子
ファンタジー
ある世界の管理者(神)を名乗る人(?)の願いを叶えるために転生しました。 アラフィフ?日本人女性が赤ちゃんからやり直し。 書き直したものですが、中身がどんどん変わっていってる状態です。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

転生幼女が魔法無双で素材を集めて物作り&ほのぼの天気予報ライフ 「あたし『お天気キャスター』になるの! 願ったのは『大魔術師』じゃないの!」

なつきコイン
ファンタジー
転生者の幼女レイニィは、女神から現代知識を異世界に広めることの引き換えに、なりたかった『お天気キャスター』になるため、加護と仮職(プレジョブ)を授かった。 授かった加護は、前世の記憶(異世界)、魔力無限、自己再生 そして、仮職(プレジョブ)は『大魔術師(仮)』 仮職が『お天気キャスター』でなかったことにショックを受けるが、まだ仮職だ。『お天気キャスター』の職を得るため、努力を重ねることにした。 魔術の勉強や試練の達成、同時に気象観測もしようとしたが、この世界、肝心の観測器具が温度計すらなかった。なければどうする。作るしかないでしょう。 常識外れの魔法を駆使し、蟻の化け物やスライムを狩り、素材を集めて観測器具を作っていく。 ほのぼの家族と周りのみんなに助けられ、レイニィは『お天気キャスター』目指して、今日も頑張る。時々は頑張り過ぎちゃうけど、それはご愛敬だ。 カクヨム、小説家になろう、ノベルアップ+、Novelism、ノベルバ、アルファポリス、に公開中 タイトルを 「転生したって、あたし『お天気キャスター』になるの! そう女神様にお願いしたのに、なぜ『大魔術師(仮)』?!」 から変更しました。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

社畜から卒業したんだから異世界を自由に謳歌します

湯崎noa
ファンタジー
ブラック企業に入社して10年が経つ〈宮島〉は、当たり前の様な連続徹夜に心身ともに疲労していた。  そんな時に中高の同級生と再開し、その同級生への相談を行ったところ会社を辞める決意をした。  しかし!! その日の帰り道に全身の力が抜け、線路に倒れ込んでしまった。  そのまま呆気なく宮島の命は尽きてしまう。  この死亡は神様の手違いによるものだった!?  神様からの全力の謝罪を受けて、特殊スキル〈コピー〉を授かり第二の人生を送る事になる。  せっかくブラック企業を卒業して、異世界転生するのだから全力で謳歌してやろうじゃないか!! ※カクヨム、小説家になろう、ノベルバでも連載中

処理中です...