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和の国サクラギとミズキ姫
アカネの潜入と彼女の秘密
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「リンドウ殿、粗茶ですまぬ。お口に合えばよいが」
「こ、これはどうも、ありがとうございます」
リンドウはアカネから木製の煎茶椀を受け取ると、うやうやしく礼を述べた。
ずいぶん緊張しているようだが、彼女の気配に圧倒されているのだろうか。
「ミズキ様には見目麗しい付き人がいると耳にしたことがありますが、この方がそうなのですね……」
彼は感嘆の声を上げてもじもじしている。
俺から見てもアカネは美人だと思うが、リンドウの感覚では絶世の美女のように映るようだ。
あるいはサクラギでの美的感覚において、彼女がそのように見える可能性もある。
「そ、そのようなことを言われても困る。拙者は姫様の護衛にすぎぬのだ。早くお茶を飲まれるとよろしい。飲み終わったら、貴殿の望むようにヨツバ村へ行こうではないか」
アカネは照れ隠しをするように言い捨てて、牛車の方に行ってしまった。
「……ミズキ様、あの方に対して失礼な物言いだったでしょうか?」
リンドウとアカネ以外の三人は成り行きを見守る状態だったのだが、彼はおずおずとミズキにたずねた。
すると、彼女は笑いを堪えきれなくなった様子で半笑いの状態になった。
「あははっ、ちっとも気にしなくていいよ。アカネが恥ずかしがるところは滅多に見れないから、いいもの見せてもらったなー」
「……そ、そうなのですか」
戸惑いは解消されない様子だが、リンドウはアカネに言われた通りにお茶を手早く飲み干した。
こうして休憩が終わり、俺たちは客車に乗りこんだ。
リンドウは馬に乘ってきたようで、乗馬した状態で合流した。
彼が現れたことで、ミズキは緊張した様子を見せないように努めているのだと思われた。
ヨツバ村の人々は彼女を頼りにしているため、気負っている様子は見せるべきではないと考えているのかもしれない。
アカネに近寄りがたいため御者台から離れていたが、牛車の向こうに見える火山を確認するべく御者台の近くに移動した。
「あれが例の火山ですか?」
恐る恐る手綱を握る彼女にたずねた。
この後は作戦を共にするため、ある程度話しておいた方がいいと思いついた。
「そうだ、この国の民はヒフキ山と呼んでいる」
「ということは、あの煙は噴煙……」
日本人としての記憶があることで、火山の恐ろしさを想像することができる。
あらかじめ状況を聞いていたとはいえ、実際に目の当たりにすることで圧倒されるような感覚を抱いた。
「本来であれば、火山活動は抑制されているはずなのだ。鎮静の効果は猿人族の秘術によるものだが、あの者どもは交渉を有利に進めるために効果を緩めている。これまでの大量の物資に加えて、生贄を要求するとは度し難い」
アカネの言葉尻から猿人族に怒りを募らせているのだと察した。
彼女の声色には冷たく鋭い気配が感じられるのだった。
そこからさらに進んだところで、アカネがミズキに声をかけた。
「姫様、拙者はそろそろ火山に潜入します」
「はいよー。大丈夫だと思うけど、気をつけてね」
「お心遣い感謝します、では――」
アカネはミズキに手綱を預けて、地面に飛び下りた。
そして、次の挙動の後、姿がどこにも見当たらなくなった。
「……あの、アカネさんの動きって、どうなってるんですか?」
気配を遮断したり、どこかへ消えるように動いたりしている。
本物の忍者のようだが、ミズキなら何か知っているはずだと考えた。
「元々は腕の立つ剣客だったんだけど、どこかの絵巻で吸血忍者っていうのを知ったらしくて、剣の道から忍びの道に鞍替えしたんだよ」
「……吸血忍者ですか?」
情報がさらに増えて、余計に分からなくなる。
ミズキの言い方からして、忍者自体が存在するということか。
「忍者はサクラギにもいたらしいけど、吸血忍者は絵巻に出てくる架空の存在だよ。鍛錬だけで本当に忍者の動きができるなんて、アカネ自体が絵巻に出てきそうなのに、本人は自覚ないんだろうね。きっかけはどんなものであっても、この国を支えてくれることに変わりはないから、あたしやおとんは助かってる」
アカネとミズキたちの主従関係が良好なものであると感じさせる言葉だった。
きっと、彼らは全幅の信頼を置いているのだろう。
ミズキは前を見据えて、水牛の手綱を握っていた。
遠くに火山が見えてからしばらく経つ頃、複数の民家が立ち並ぶ様子が見えてきた。
「あそこがヨツバ村だよ」
ミズキが正面を向いた状態で言った。
牛車が前へ前へと進み、村との距離が縮まっていく。
「これ以上近づくと猿人族に気づかれるから、牛車は隠したいところだね」
「ミズキ様、水牛と牛車の管理はお任せください。村外れの厩舎で預からせて頂きます」
「そうだね、よろしく頼むよ」
ミズキの言葉にリンドウは真摯な表情で応えた。
「それでは、こちらへお願いします。少し進んだところに厩舎があります」
リンドウの案内で厩舎の前に牛車を停めると、俺とアデルは客車を出た。
ミズキはすでに御者台を下りており、水牛を優しい手つきで撫でている。
「お待たせしました。今から村へと向かいます」
リンドウは馬を厩舎に置いたようで、歩いて戻ってきた。
いよいよヨツバ村が近づき、首筋や手の平にじっとりと汗をかいていた。
「こ、これはどうも、ありがとうございます」
リンドウはアカネから木製の煎茶椀を受け取ると、うやうやしく礼を述べた。
ずいぶん緊張しているようだが、彼女の気配に圧倒されているのだろうか。
「ミズキ様には見目麗しい付き人がいると耳にしたことがありますが、この方がそうなのですね……」
彼は感嘆の声を上げてもじもじしている。
俺から見てもアカネは美人だと思うが、リンドウの感覚では絶世の美女のように映るようだ。
あるいはサクラギでの美的感覚において、彼女がそのように見える可能性もある。
「そ、そのようなことを言われても困る。拙者は姫様の護衛にすぎぬのだ。早くお茶を飲まれるとよろしい。飲み終わったら、貴殿の望むようにヨツバ村へ行こうではないか」
アカネは照れ隠しをするように言い捨てて、牛車の方に行ってしまった。
「……ミズキ様、あの方に対して失礼な物言いだったでしょうか?」
リンドウとアカネ以外の三人は成り行きを見守る状態だったのだが、彼はおずおずとミズキにたずねた。
すると、彼女は笑いを堪えきれなくなった様子で半笑いの状態になった。
「あははっ、ちっとも気にしなくていいよ。アカネが恥ずかしがるところは滅多に見れないから、いいもの見せてもらったなー」
「……そ、そうなのですか」
戸惑いは解消されない様子だが、リンドウはアカネに言われた通りにお茶を手早く飲み干した。
こうして休憩が終わり、俺たちは客車に乗りこんだ。
リンドウは馬に乘ってきたようで、乗馬した状態で合流した。
彼が現れたことで、ミズキは緊張した様子を見せないように努めているのだと思われた。
ヨツバ村の人々は彼女を頼りにしているため、気負っている様子は見せるべきではないと考えているのかもしれない。
アカネに近寄りがたいため御者台から離れていたが、牛車の向こうに見える火山を確認するべく御者台の近くに移動した。
「あれが例の火山ですか?」
恐る恐る手綱を握る彼女にたずねた。
この後は作戦を共にするため、ある程度話しておいた方がいいと思いついた。
「そうだ、この国の民はヒフキ山と呼んでいる」
「ということは、あの煙は噴煙……」
日本人としての記憶があることで、火山の恐ろしさを想像することができる。
あらかじめ状況を聞いていたとはいえ、実際に目の当たりにすることで圧倒されるような感覚を抱いた。
「本来であれば、火山活動は抑制されているはずなのだ。鎮静の効果は猿人族の秘術によるものだが、あの者どもは交渉を有利に進めるために効果を緩めている。これまでの大量の物資に加えて、生贄を要求するとは度し難い」
アカネの言葉尻から猿人族に怒りを募らせているのだと察した。
彼女の声色には冷たく鋭い気配が感じられるのだった。
そこからさらに進んだところで、アカネがミズキに声をかけた。
「姫様、拙者はそろそろ火山に潜入します」
「はいよー。大丈夫だと思うけど、気をつけてね」
「お心遣い感謝します、では――」
アカネはミズキに手綱を預けて、地面に飛び下りた。
そして、次の挙動の後、姿がどこにも見当たらなくなった。
「……あの、アカネさんの動きって、どうなってるんですか?」
気配を遮断したり、どこかへ消えるように動いたりしている。
本物の忍者のようだが、ミズキなら何か知っているはずだと考えた。
「元々は腕の立つ剣客だったんだけど、どこかの絵巻で吸血忍者っていうのを知ったらしくて、剣の道から忍びの道に鞍替えしたんだよ」
「……吸血忍者ですか?」
情報がさらに増えて、余計に分からなくなる。
ミズキの言い方からして、忍者自体が存在するということか。
「忍者はサクラギにもいたらしいけど、吸血忍者は絵巻に出てくる架空の存在だよ。鍛錬だけで本当に忍者の動きができるなんて、アカネ自体が絵巻に出てきそうなのに、本人は自覚ないんだろうね。きっかけはどんなものであっても、この国を支えてくれることに変わりはないから、あたしやおとんは助かってる」
アカネとミズキたちの主従関係が良好なものであると感じさせる言葉だった。
きっと、彼らは全幅の信頼を置いているのだろう。
ミズキは前を見据えて、水牛の手綱を握っていた。
遠くに火山が見えてからしばらく経つ頃、複数の民家が立ち並ぶ様子が見えてきた。
「あそこがヨツバ村だよ」
ミズキが正面を向いた状態で言った。
牛車が前へ前へと進み、村との距離が縮まっていく。
「これ以上近づくと猿人族に気づかれるから、牛車は隠したいところだね」
「ミズキ様、水牛と牛車の管理はお任せください。村外れの厩舎で預からせて頂きます」
「そうだね、よろしく頼むよ」
ミズキの言葉にリンドウは真摯な表情で応えた。
「それでは、こちらへお願いします。少し進んだところに厩舎があります」
リンドウの案内で厩舎の前に牛車を停めると、俺とアデルは客車を出た。
ミズキはすでに御者台を下りており、水牛を優しい手つきで撫でている。
「お待たせしました。今から村へと向かいます」
リンドウは馬を厩舎に置いたようで、歩いて戻ってきた。
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