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和の国サクラギとミズキ姫
三人で寿司屋を訪れる
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状況説明を終えた後、三人で土産物屋での買い物を堪能した。
俺は手ぬぐいと緑茶のセットを自分の店への土産に選んだ。
ハンクは現金を持たないので、彼の代わりに俺が支払った。
いつもお世話になっている上に、ムルカでは助けに来てもらった恩義もあるため、この程度の出費は問題ない(ちなみに彼の選んだ緑茶が高級品だったことはここだけの話である)。
土産物屋を出る頃には日が暮れるところだった。
和風の町の夕暮れは風情を感じさせる。
遠くの空に夕日が沈み、この町にも夜が訪れるのだ。
「お昼はそばだけだったので、お腹が空いてきましたね」
「おれもそうなんだ。どこかいい店はないもんか?」
「――あなたたちが食べたことのない、美味しい料理があるわ」
俺とハンクが話していると、アデルがクールに切り出した。
彼女の発言にハンクは目を見張る。
「そんなこと言われると気になるぞ。ちなみにどんな料理だ?」
「行ってからのお楽しみよ。さあ、ついてくるのよ」
アデルは自信ありげに夕暮れの通りを歩き出した。
彼女が微妙な料理を選ぶとは思えず、素直についていった。
周囲が暗くなってくると、物理的な火を使った照明が点灯し始めた。
手作業で着火する必要があるようで、歩いている途中に火をつけている人が目に入った。
魔力灯の普及が見られないため、魔法が使える人が少ないという話は本当らしい。
そんな光景を横目にしながら、しばらく歩いた先でアデルが立ち止まった。
彼女の視線の先には、きれいで品格を感じさせる佇まいの店がある。
「目当ての店はここよ」
「なかなかの店構えですけど、お高いんでしょう?」
俺は身構えながらアデルにたずねた。
どんな料理が出されるのかは分からずとも、高級店であることは雰囲気で分かる。
「サクラギは物価がそこまで高くないから、わりと良心的な価格よ」
「あっ、そうなんですか」
「ハンクはお金のことは気にせず食べて」
「そいつは助かる」
こうして、俺たちは店の中へと足を運んだ。
のれんをくぐった先で、威勢のいい声が飛んでくる。
「へい、らっしゃい!」
「こんばんは、今日は三名よ」
先ほどの言葉通りにアデルはこの店に慣れているようだった。
「毎度どうも、奥の席で順番に座ってもらえやすかい?」
「ええ、大丈夫」
カウンターの中にはつらつとした店主らしき男がおり、もう一人彼よりも年若く見える料理人が目に入る。
ホール係はいないようで、二人で回している店のようだ。
俺たちが椅子に腰を下ろすと、湯吞みに入った温かい緑茶が出された。
「サクラギの朝晩は冷えますから、緑茶で温まってください」
横長のカウンター越しに、若い方の料理人が微笑みを見せて言った。
「ありがとう。三人分、今日のおすすめを握ってもらえるかしら?」
「承知しました。大将、三人前お願いします」
「はいよ!」
二人は動き出した滑車(かっしゃ)のように、テキパキと調理を始めた。
大将の方が主体的に動いて、若い方は補助的な作業を担っている。
アデルの言った「握る」という言葉の意味、二人が作っている料理のこともすぐに理解できなかったが、日本では寿司と呼ばれている料理だと思い出した。
ランス王国周辺ではカルパッチョを食べることはあったとしても、基本的に生魚を食べる習慣はない。
「生で食べられるってことは、鮮度がいいんでしょうね」
「サクラギの東側に海があるから、そこで獲れた魚介類が町に届けられるのよ」
「なるほど、牛車を使えば運搬も早くなりそうだ」
俺とアデルが話す間もテンポよく寿司が握られていく。
カウンターの中の皿には完成したものが乗せられていった。
「世界は広いな、こんな料理があるなんて……。握るって、握って調理するって意味なんだな」
「いやー、初めて見るお客さんはだいたい驚きますね。ちゃんと手を洗ってから握ってますんで、ご安心ください!」
「ああっ、そんなことは気にしねえよ」
ハンクは寿司は初見のようで、とてもいい反応を見せている。
これで味がばっちりなら、今以上に驚くはずだ。
――期待に胸を膨らませながら待っていると、ついに寿司が完成した。
「へい、お待ちどお! おすすめ握りです」
手彫りの板に足がついた皿に乗って、一人前ずつ寿司が出てきた。
「ネタがこっちから、赤身がカツオ、白い身がビンナガマグロ、イカにエビ。このタレがついたのがウナギ、それと玉子焼き。寿司下駄……皿の端っこに乗ってるのはガリっていう酢漬けのショウガなんで、口直しにつまんでください」
大将が寿司ネタの説明を終えたところで、若い方の料理人が俺たちに小皿を差し出した。
「こちらはしょうゆです。つけすぎると塩辛くなるので、ネタに軽く塗るぐらいがちょうどいいと思います」
「おおっ! ……何でもないです。どうぞ続けてください」
あれだけ探すのに苦労したしょうゆを前にして、思わす声を上げてしまった。
「それでこちらが辛さのある薬味のわさびです。ほのかに甘みもありますが、つけすぎると辛さでのどが焼けます。こちらは爪の先程度がよろしいかと」
丁寧な説明が終わると、ついに実食の時となった。
「手でそのまま掴んで食べてもらってけっこうです。お使いでしたら箸も出すんで遠慮なく言ってください」
ハンクは待ちきれなかったのか、おれは手でいいぜと言って、大将の補足の後に食べ始めた。
俺も箸を使うことへのこだわりはないので、素手で食べ始める。
隣を一瞥すると、アデルは箸をもらっていた。
あとがき
お読み頂きありがとうございます。
エールも励みになっています。
俺は手ぬぐいと緑茶のセットを自分の店への土産に選んだ。
ハンクは現金を持たないので、彼の代わりに俺が支払った。
いつもお世話になっている上に、ムルカでは助けに来てもらった恩義もあるため、この程度の出費は問題ない(ちなみに彼の選んだ緑茶が高級品だったことはここだけの話である)。
土産物屋を出る頃には日が暮れるところだった。
和風の町の夕暮れは風情を感じさせる。
遠くの空に夕日が沈み、この町にも夜が訪れるのだ。
「お昼はそばだけだったので、お腹が空いてきましたね」
「おれもそうなんだ。どこかいい店はないもんか?」
「――あなたたちが食べたことのない、美味しい料理があるわ」
俺とハンクが話していると、アデルがクールに切り出した。
彼女の発言にハンクは目を見張る。
「そんなこと言われると気になるぞ。ちなみにどんな料理だ?」
「行ってからのお楽しみよ。さあ、ついてくるのよ」
アデルは自信ありげに夕暮れの通りを歩き出した。
彼女が微妙な料理を選ぶとは思えず、素直についていった。
周囲が暗くなってくると、物理的な火を使った照明が点灯し始めた。
手作業で着火する必要があるようで、歩いている途中に火をつけている人が目に入った。
魔力灯の普及が見られないため、魔法が使える人が少ないという話は本当らしい。
そんな光景を横目にしながら、しばらく歩いた先でアデルが立ち止まった。
彼女の視線の先には、きれいで品格を感じさせる佇まいの店がある。
「目当ての店はここよ」
「なかなかの店構えですけど、お高いんでしょう?」
俺は身構えながらアデルにたずねた。
どんな料理が出されるのかは分からずとも、高級店であることは雰囲気で分かる。
「サクラギは物価がそこまで高くないから、わりと良心的な価格よ」
「あっ、そうなんですか」
「ハンクはお金のことは気にせず食べて」
「そいつは助かる」
こうして、俺たちは店の中へと足を運んだ。
のれんをくぐった先で、威勢のいい声が飛んでくる。
「へい、らっしゃい!」
「こんばんは、今日は三名よ」
先ほどの言葉通りにアデルはこの店に慣れているようだった。
「毎度どうも、奥の席で順番に座ってもらえやすかい?」
「ええ、大丈夫」
カウンターの中にはつらつとした店主らしき男がおり、もう一人彼よりも年若く見える料理人が目に入る。
ホール係はいないようで、二人で回している店のようだ。
俺たちが椅子に腰を下ろすと、湯吞みに入った温かい緑茶が出された。
「サクラギの朝晩は冷えますから、緑茶で温まってください」
横長のカウンター越しに、若い方の料理人が微笑みを見せて言った。
「ありがとう。三人分、今日のおすすめを握ってもらえるかしら?」
「承知しました。大将、三人前お願いします」
「はいよ!」
二人は動き出した滑車(かっしゃ)のように、テキパキと調理を始めた。
大将の方が主体的に動いて、若い方は補助的な作業を担っている。
アデルの言った「握る」という言葉の意味、二人が作っている料理のこともすぐに理解できなかったが、日本では寿司と呼ばれている料理だと思い出した。
ランス王国周辺ではカルパッチョを食べることはあったとしても、基本的に生魚を食べる習慣はない。
「生で食べられるってことは、鮮度がいいんでしょうね」
「サクラギの東側に海があるから、そこで獲れた魚介類が町に届けられるのよ」
「なるほど、牛車を使えば運搬も早くなりそうだ」
俺とアデルが話す間もテンポよく寿司が握られていく。
カウンターの中の皿には完成したものが乗せられていった。
「世界は広いな、こんな料理があるなんて……。握るって、握って調理するって意味なんだな」
「いやー、初めて見るお客さんはだいたい驚きますね。ちゃんと手を洗ってから握ってますんで、ご安心ください!」
「ああっ、そんなことは気にしねえよ」
ハンクは寿司は初見のようで、とてもいい反応を見せている。
これで味がばっちりなら、今以上に驚くはずだ。
――期待に胸を膨らませながら待っていると、ついに寿司が完成した。
「へい、お待ちどお! おすすめ握りです」
手彫りの板に足がついた皿に乗って、一人前ずつ寿司が出てきた。
「ネタがこっちから、赤身がカツオ、白い身がビンナガマグロ、イカにエビ。このタレがついたのがウナギ、それと玉子焼き。寿司下駄……皿の端っこに乗ってるのはガリっていう酢漬けのショウガなんで、口直しにつまんでください」
大将が寿司ネタの説明を終えたところで、若い方の料理人が俺たちに小皿を差し出した。
「こちらはしょうゆです。つけすぎると塩辛くなるので、ネタに軽く塗るぐらいがちょうどいいと思います」
「おおっ! ……何でもないです。どうぞ続けてください」
あれだけ探すのに苦労したしょうゆを前にして、思わす声を上げてしまった。
「それでこちらが辛さのある薬味のわさびです。ほのかに甘みもありますが、つけすぎると辛さでのどが焼けます。こちらは爪の先程度がよろしいかと」
丁寧な説明が終わると、ついに実食の時となった。
「手でそのまま掴んで食べてもらってけっこうです。お使いでしたら箸も出すんで遠慮なく言ってください」
ハンクは待ちきれなかったのか、おれは手でいいぜと言って、大将の補足の後に食べ始めた。
俺も箸を使うことへのこだわりはないので、素手で食べ始める。
隣を一瞥すると、アデルは箸をもらっていた。
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