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和の国サクラギとミズキ姫
焼き魚と純米酒を味わう
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ハンクが起こしてくれた火は強すぎない火力で、魚を焼くのにちょうどいい。
炎の近くに串に刺さった魚を近づけると、パチパチと脂が弾ける音がした。
「干し魚だから生焼けでもお腹を壊しはしないと思うけど、しっかり焼いた方が美味しいから」
「おう」
「はい」
ミズキは俺とハンクに説明しつつ、自分の魚の焼き加減を確認している。
彼女の方が先に焼き始めたので、俺たちよりも早く焼き上がるだろう。
「あたしの方は焼けたから、お先に」
ミズキは手にした串に刺さった魚にかぶりついた。
出会ってから気さくな人柄を見せているが、食べる際の所作に品があり、一国の姫であることを示している。
「さて、そろそろ焼けたな」
「俺の方もいい感じに焼き目がついてきました」
手にした魚から香ばしい匂いが漂い、ほかほかと湯気が上がっている。
「じゃあ、おれも食べさせてもらうぜ」
「いただきます」
「うん、パクッといっちゃって」
俺たちは同時にがっぷりとかじりついた。
口の中に豊かな風味と塩気が広がっていく。
焼きたてで臭みはなく、魚の味に覚えがあることに気づいた。
「……これはもしかして、サバですか?」
「おおっ、大正解! マルクくんはサバを食べたことがあるの?」
「地元のバラムは海から遠いので、今までに数える程度ですね。市場で見かけるのは淡水魚がほとんどです」
「バラムかー、一度行ってみたいな」
はるか遠くのバラムを思い浮かべるように、ミズキは夜空に目を向けた。
「いやー、この魚は最高だな! 姉ちゃん、おかわりをもらってもいいか?」
「まだまだあるよ。はいっ」
ハンクが追加を催促すると、ミズキは次の魚を取り出した。
「それにしても、サクラギの保存技術はすごいな」
彼は新たな串を受け取り、しみじみと感じ入るように言った。
先ほどと同じように火にかざして焼き始めている。
「それは海岸のある土地から内陸に運ぶのには時間がかかるからだね。他にも酢漬けにした魚なんかもあるかな」
「へえ、面白いですね」
「食べてみたいならサクラギで紹介するよ」
「ミズキさんの都合が合ったら、お願いします」
三人で歓談を続けていると、牛車の方から人の気配を感じた。
先ほどまで元気のなかったアデルが近づいてくるところだった。
「美味しそうな匂いがするわね。ミズキ、私にも分けてもらえる?」
「もちろんだよ。ここに椅子はないけど、適当に座って」
ミズキはアデルのために石を転がして、一人分のスペースを作った。
「……ありがとう」
アデルは少し元気はないままだが、その顔に明るさが戻ったように見える。
「先に食べちゃってすいません。持ってきた食料で何か作ろうとも思ったんですけど、ミズキさんのくれた魚が美味しくて」
「気にしなくていいわ。ハンクはお腹が空いていたでしょうし」
「そういえば、アデルは野宿に抵抗があるんだろ? おれは客車じゃなくても平気だから、今晩は中で寝ていいぞ」
「そうね、そうさせてもらうわ」
ハンクが気遣う様子を見せると、アデルは微笑んで応じた。
それから彼女はミズキに魚をもらって焼いて食べた。
四人とも魚だけでは物足りないため、持参した果物や干し肉を追加して本日の夕食を済ませた。
全員が食事を終えたところで、入浴のタイミングになると予想していたが、ミズキがいいものがあると言って、俺たちに木製のグラスを手渡した。
見た目には木を彫って作られたもので、作り手の技術が高いのか、手になじむような感触だった。
少しして客車の中から戻ってきたミズキは大きめのビンを抱えていた。
その雰囲気からして、お酒の類が入っているように見える。
「旅のお供に純米酒。サクラギ産のお酒だよ」
「いいですね」
「おっ、面白そうだな」
「いいわね、サクラギのお酒は美味しいもの」
俺たちは三者三様の反応を示した。
アデルはサクラギに行ったことがあるようなので、飲んだことがあるようだ。
「それじゃあ、みんなに入れてくよ」
ミズキは姫という立場にもかかわらず、アデル、ハンク、俺の順番に酒を注いでいった。
偉ぶらない彼女の姿勢には頭が下がる。
「あたしのお酌はマルクくんにお願いしようかな」
「いやいや、それぐらいしますよ。むしろさせてください」
俺はビンを受け取り、ミズキの手にした器に酒を注いだ。
サクラギの風習について詳しくないものの、ランス王国では十八歳がお酒をたしなむことは一般的なことである。
「はい、ありがとー。それじゃあ、飲もっか」
ミズキはグラスを掲げた後、すぐに口元へと近づけている。
乾杯の音頭はなかったが、そこまでこだわることでもなく、俺も同じように飲み始めた。
少しぬるく感じる液体がのどを通過していった。
アルコールの刺激は控えめで、丸みのある甘い風味が口の中に広がる。
「これは飲み口がまろやかですね」
「でしょ、飲みすぎに注意して」
ミズキは酒を飲んだことで、頬が上気していた。
年下とは思えないほど大人びており、日本人風の整った容姿に引きつけられる。
「こんな美味い酒があるんだな。こいつは値段がつけられねえぞ」
「味の分かる人に飲んでもらうのはうれしいねー。ほら、もっと飲んで」
「おおっ、ありがたくもらうぜ」
ミズキがいい酒を提供してくれたことで盛り上がり、野営地の夜はにぎやかに更けていった。
こんな夜もいいものだと思った。
炎の近くに串に刺さった魚を近づけると、パチパチと脂が弾ける音がした。
「干し魚だから生焼けでもお腹を壊しはしないと思うけど、しっかり焼いた方が美味しいから」
「おう」
「はい」
ミズキは俺とハンクに説明しつつ、自分の魚の焼き加減を確認している。
彼女の方が先に焼き始めたので、俺たちよりも早く焼き上がるだろう。
「あたしの方は焼けたから、お先に」
ミズキは手にした串に刺さった魚にかぶりついた。
出会ってから気さくな人柄を見せているが、食べる際の所作に品があり、一国の姫であることを示している。
「さて、そろそろ焼けたな」
「俺の方もいい感じに焼き目がついてきました」
手にした魚から香ばしい匂いが漂い、ほかほかと湯気が上がっている。
「じゃあ、おれも食べさせてもらうぜ」
「いただきます」
「うん、パクッといっちゃって」
俺たちは同時にがっぷりとかじりついた。
口の中に豊かな風味と塩気が広がっていく。
焼きたてで臭みはなく、魚の味に覚えがあることに気づいた。
「……これはもしかして、サバですか?」
「おおっ、大正解! マルクくんはサバを食べたことがあるの?」
「地元のバラムは海から遠いので、今までに数える程度ですね。市場で見かけるのは淡水魚がほとんどです」
「バラムかー、一度行ってみたいな」
はるか遠くのバラムを思い浮かべるように、ミズキは夜空に目を向けた。
「いやー、この魚は最高だな! 姉ちゃん、おかわりをもらってもいいか?」
「まだまだあるよ。はいっ」
ハンクが追加を催促すると、ミズキは次の魚を取り出した。
「それにしても、サクラギの保存技術はすごいな」
彼は新たな串を受け取り、しみじみと感じ入るように言った。
先ほどと同じように火にかざして焼き始めている。
「それは海岸のある土地から内陸に運ぶのには時間がかかるからだね。他にも酢漬けにした魚なんかもあるかな」
「へえ、面白いですね」
「食べてみたいならサクラギで紹介するよ」
「ミズキさんの都合が合ったら、お願いします」
三人で歓談を続けていると、牛車の方から人の気配を感じた。
先ほどまで元気のなかったアデルが近づいてくるところだった。
「美味しそうな匂いがするわね。ミズキ、私にも分けてもらえる?」
「もちろんだよ。ここに椅子はないけど、適当に座って」
ミズキはアデルのために石を転がして、一人分のスペースを作った。
「……ありがとう」
アデルは少し元気はないままだが、その顔に明るさが戻ったように見える。
「先に食べちゃってすいません。持ってきた食料で何か作ろうとも思ったんですけど、ミズキさんのくれた魚が美味しくて」
「気にしなくていいわ。ハンクはお腹が空いていたでしょうし」
「そういえば、アデルは野宿に抵抗があるんだろ? おれは客車じゃなくても平気だから、今晩は中で寝ていいぞ」
「そうね、そうさせてもらうわ」
ハンクが気遣う様子を見せると、アデルは微笑んで応じた。
それから彼女はミズキに魚をもらって焼いて食べた。
四人とも魚だけでは物足りないため、持参した果物や干し肉を追加して本日の夕食を済ませた。
全員が食事を終えたところで、入浴のタイミングになると予想していたが、ミズキがいいものがあると言って、俺たちに木製のグラスを手渡した。
見た目には木を彫って作られたもので、作り手の技術が高いのか、手になじむような感触だった。
少しして客車の中から戻ってきたミズキは大きめのビンを抱えていた。
その雰囲気からして、お酒の類が入っているように見える。
「旅のお供に純米酒。サクラギ産のお酒だよ」
「いいですね」
「おっ、面白そうだな」
「いいわね、サクラギのお酒は美味しいもの」
俺たちは三者三様の反応を示した。
アデルはサクラギに行ったことがあるようなので、飲んだことがあるようだ。
「それじゃあ、みんなに入れてくよ」
ミズキは姫という立場にもかかわらず、アデル、ハンク、俺の順番に酒を注いでいった。
偉ぶらない彼女の姿勢には頭が下がる。
「あたしのお酌はマルクくんにお願いしようかな」
「いやいや、それぐらいしますよ。むしろさせてください」
俺はビンを受け取り、ミズキの手にした器に酒を注いだ。
サクラギの風習について詳しくないものの、ランス王国では十八歳がお酒をたしなむことは一般的なことである。
「はい、ありがとー。それじゃあ、飲もっか」
ミズキはグラスを掲げた後、すぐに口元へと近づけている。
乾杯の音頭はなかったが、そこまでこだわることでもなく、俺も同じように飲み始めた。
少しぬるく感じる液体がのどを通過していった。
アルコールの刺激は控えめで、丸みのある甘い風味が口の中に広がる。
「これは飲み口がまろやかですね」
「でしょ、飲みすぎに注意して」
ミズキは酒を飲んだことで、頬が上気していた。
年下とは思えないほど大人びており、日本人風の整った容姿に引きつけられる。
「こんな美味い酒があるんだな。こいつは値段がつけられねえぞ」
「味の分かる人に飲んでもらうのはうれしいねー。ほら、もっと飲んで」
「おおっ、ありがたくもらうぜ」
ミズキがいい酒を提供してくれたことで盛り上がり、野営地の夜はにぎやかに更けていった。
こんな夜もいいものだと思った。
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