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和の国サクラギとミズキ姫

街道沿いの温泉

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 ミズキが再び手綱を握ると水牛の歩みが規則的になったように感じられた。
 彼女が離れている間、どことなく足並みがおぼつかない様子だったため、水牛なりに主を心配していたのだろう。

「さっきの剣術、サクラギで習ったんですか?」

 俺は御者台に収まるミズキに声をかけた。
 野盗の服だけを切り刻んだ腕前。
 何らかの修練を積まなければ、できないような芸当だった。

「あれはまあ、慣れだよ慣れ、あははっ」

 ミズキは笑って誤魔化そうとしている。
 ここまでノリが軽いように見えていたが、初めて秘密めいたものを感じた。

「無理に教えてもらわなくてもいいですよ。冒険者同士でも、重要なことはおいそれと話しませんから」

「うーん、イケメン対応。マルクくんさ、女の子にモテるよね」

「さりげなく話を逸らそうとしてます?」

「さーて、何のことやらさっぱり」

「いやまあ、いいです」

 会話に区切りがついて、彼女は進行方向に目を向けている。
 水牛の歩みは乗馬ほど集中を要するようではないものの、ある程度は集中していないといけないようだ。
 
 朝から牛車で移動を続けているが、モルネアからサクラギをつなぐ街道は殺風景な様子だった。
 人家らしきものは見当たらず、朽ち果てた小屋のようなものが道沿いに見える程度だ。
 ムルカの辺りは乾燥した大地が目についたものの、移動距離が長くなるにつれて、周囲には少しずつ緑が増えている。

「今日はほとんど牛車に乗りっぱなしですね」

「おやおや、お前さん、長旅は初めてかい?」

 ミズキがおどけた調子でたずねてくる。

「そんなことはないですよ。ミズキさんこそ、サクラギに戻る時はいつもこんな感じなら、けっこう大変ですね」

「ええっ、心配してくれるの。やっさしい」

「何というか、若い女性が行き来するには険しい道のりかなと」

「……若い?」

 今までくだけた言いぶりだったミズキだが、急に声のトーンが変わった気がした。
 何とフォローすべきなのか、咄嗟に返すべき言葉をいくつか浮かべてみる。

「マルクくんも同じぐらいの年齢じゃない?」

 ミズキの声音は低くなっている。
 俺と同じぐらいの年齢――二十歳前後――と思っていたが、実年齢はもっと上ということなのか。
 言葉を返せないでいると、畳みかけるように言葉を重ねてきそうだ。

「……あの、その、俺は二十二歳です」

「へっ、そうなの? あたしは十八歳」

「……大人っぽく見えますね」

「えっ、そうかな……」

 ミズキが御者台に座ったまま、身じろぎしている。
 照れている芝居なのか、あるいは本心なのか。
 
「あらまあ、いい雰囲気ね」

「おっと、お目覚めですか?」

 ここまでの道中、寝ていることが多かったアデルが近くでにやにやしている。
 親しい間柄のようで、彼女はミズキをからかうことが多い。

「来たな、地獄耳」

「ひどい言い草ね」

「どうせちょろいとか言いに来たんでしょ」

 軽い調子で言っているが、ミズキは好戦的な口調になっている。

「あら、いけない? 一国のお姫様がそんな調子で大丈夫?」 
 
「大丈夫さ、問題ない! サクラギのお姫様のあたしを尻軽扱いした日には、その対価を支払ってもらうよ」 
     
「まさか、ちょろいとは思うけれど、尻軽なんて言ってないわよ」

「えっ、そうなの……」

 ミズキがトーンダウンして、赤髪エルフと黒髪姫様の言い合いは幕を閉じた。

「ところで、日が傾いてきましたけど、今日の宿はどんな感じですか?」

「んっ、宿? 宿なんてこの近くにないよ」

「――あっ」

 アデルが何かを思い出したようにうなだれた。
 声をかけるのをためらうような落胆ぶりだが、放っておくわけにもいかない。

「もしかして、何かありました?」 
    
「サクラギに行くほとんどのルートが野宿必須なのよ。それもあって、中で眠れるような客車があるのだけれど……」

「そういえば、野宿は認めない派でしたね」

 これまでにアデルと旅をする中で、野宿するという選択肢は許されなかった。

「本物の姫が野宿を厭わないのに、田舎出身のエルフ様はお外で寝泊まりできないんですか? ぷぷっ」

 ミズキはさりげなく爆弾を投入した気がするが、アデルの反応はそこまで大きくなかった。

「まったくもう、やらかしたわ。前に別ルートで行った時も同じようことがあったのに……」

「そんなアデルさんに朗報だよ。モルネア方面からのルートには温泉があります! 今日はその近くに泊まる予定です!」

「そうね、温泉があるだけマシと思うようにするわ」

 アデルは力なく漏らした後、客車の奥の方へと戻っていった。
 俺はやることがなかったので、そのまま御者台の近くにいることにした。
 
 ミズキと雑談しながら移動を続けるうちに遠くの山々に日が沈み、徐々に周囲を暗闇が覆い始めた。

「マルクくん、牛車に括ってある松明に火をつけてもらえる?」

「明るくするだけでいいなら、魔法の光を出しますよ」

 俺はホーリーライトを唱えて、光球を牛車の近くに浮かばせた。

「おおっ、すごいね! 魔法って超便利」

「わりと初歩的な魔法なので、地元の冒険者は使える人が多いですよ」

「へえ、それもすごい。サクラギは魔法を使える人はほとんどいないから、教えられる人もいないんだー」

 ミズキの話に興味を抱いたところで、前方に湯気のようなものが見えた気がした。

「あっ、野営地が見えてきたよ」

 彼女はそう言った後、さらに牛車を進めて、開けた場所に入ったところで停車させた。


 あとがき
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