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和の国サクラギとミズキ姫
イクラの登場と和風美女
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俺たちは裏通りの路地を抜けて、大きな通りへと歩いてきた。
まるで祭りの時のようにあちらこちらで人々が飲んで食い、そして歓声を上げている。
昼間には出ていなかったと思われる露店が増えており、この盛り上がりに乗じて儲けようとしているようにも見えた。
「二人とも、盗賊とは関係なく、持ち金を抜き取ろうとする輩はいると思うから気をつけてね……ハンクは心配ないわね」
「おれは現金は持たない主義なんでな」
「なかなか個性的なこだわりですよね」
ハンクには失礼かもしれないが、Sランク冒険者ともなると人間というよりも鬼神に近いような存在だと思う。
一般人の尺度では測れないということにしておこう。
「せっかくだし、何か食べるか飲むかするか」
「お金を持たないのによく言うわね」
「まあ、その程度なら俺が出しますから」
軽口を言い合うハンクとアデル。
街の様子も影響しているのか、何だか楽しそうな雰囲気だった。
俺自身も明るい気分になっており、どこかで飲み食いしたい気分である。
「あっ、あそこなんてどうですか?」
通りを脇に逸れたところに一軒の店があった。
露店ではないが、店の前にテーブルを出しており、街の雰囲気を堪能できそうな風情がある。
「いいと思うわ。あそこは少し高級だから、この騒ぎでも空席があるのね」
「おれはどこでもいいぜ。ああでも、酒は飲みてえな」
「じゃあ、あそこで」
俺たちはにぎわう通りを少し離れて、その店へと足を運んだ。
店先に暖色の魔力灯がいくつかぶら下がり、夜闇を照らしていい雰囲気を醸し出している。
建物自体はムルカにしては珍しい木造で、温もりを感じさせる外装だった。
「近くで見るとけっこういい雰囲気じゃないですか」
「店の存在は知っていたけど、来るのは初めてよ」
俺とアデルが店の前で話していると、中から店員らしき男が出てきた。
そこそこ高級と聞いた通り、白いシャツにエプロンというムルカの街では仰々しく見えそうな出で立ちである。
「いらっしゃいませ、よかったらすぐに案内できますよ」
「三名なんですけど、外の席っていけますか?」
「もちろんです。お好きな席へどうぞ」
男は満面の笑みで席の方に手の平を向けた。
なかなか感じのいい店員だと思った。
店の前を移動して、屋外に設けられたテーブル席の椅子に腰かける。
三人が着席したところで、すぐに男がメニューを持ってきた。
「いやー、今日はめでたい日になりましたね。まさか、漆黒の旅団が壊滅に追いこまれるなんて」
「ははっ、たしかに」
「え、ええ、すごいことが起きるものね」
事情を知っているだけに、話を合わせる程度にとどめた。
シルバーゴブリンのことはやたらに話さない方がいいだろう。
「そんな日には祝杯を上げておきたいもの。うちではワインとムルカ特産の蒸留酒、どちらもご用意できます」
メニューにはワインとお酒の名前が書かれている。
フォアグラを食べた時に飲んだばかりなので、グラスワインで十分だ。
もっとも、他二人はアルコールに強いため、俺と同じとは限らない。
「俺はグラスワインで」
「おれは冷やした蒸留酒」
「おすすめの赤ワインをボトルでお願いするわ」
「はい、少々お待ちください」
男は流れるような動作でメニューを回収して、店の中へと歩いていった。
「二人とも飲む気満々ですね」
「まだ夜は始まったばかりだぜ」
「よさそうなワインがあったから、飲んでおきたいもの」
「まあ、せっかくなので、楽しんでください」
野暮なことを言うつもりはなかった。
二人が楽しいのなら、それに越したことはない。
注文してからわりと短い時間で、三人分の飲みものが用意された。
ワインや蒸留酒は取り立てて目立つものではなかったが、サービスとして出された小皿料理に驚かされた。
小さな器にイクラが盛られて、その上にダイコンおろしがかかっている。
「……これ、どう見てもイクラだよな」
二人には聞こえない声でつぶやく。
器に盛られたオレンジ色の粒々はサケの卵のイクラにしか見えない。
マス類が存在するので、そこまでおかしいことではないが、どことなく和の要素を感じる盛りつけからも、既視感を抱く自分がいるのだった。
「見たことねえ料理だ。面白いじゃねえか」
「ええと、これは何だったかしら?」
食通のアデルでさえも曖昧なようなので、ここは知らぬ存ぜぬで通すのが無難だ。
俺は珍しそうな態度を装いつつ、ティースプーンのように小さいスプーンでイクラをすくい上げた。
「魚の卵に見えますけど、どんな味がするのかな」
興味があるのは本心であり、好奇心を膨らませながら口の中に含む。
鮮度管理がしっかりしているようで、ほとんど癖はなくみずみずしい味わいが広がった。
添えられていたダイコンおろしの辛みが味を引き締めている。
「これは癖になる味だ」
「マルクが言ったように魚卵の一種みたいね。食感もいいし、こんな食材があるなんて」
三人でイクラへの感想を述べているところへ、見知らぬ女が近づいてきた。
俺は彼女の風貌に思わず息を呑んだ。
「――どうもー、うちのイクラ美味しいでしょ! 故郷の川で獲れたサケの卵なんだよね。よかったら、おかわりもあるよ?」
彼女は陽気な様子で俺たちに告げた。
肩まで伸びた黒髪とランス王国周辺では見かけないような顔立ち。
記憶違いでなければ、日本人に近い風貌に見える。
「あら、ミズキじゃない。ここはあなたの店だったのね」
「アデルじゃん、久しぶり!」
日本人風の美女はアデルの知り合いのようだった。
イクラの出来事と重なり、頭の中が混乱してきた。
あとがき
お読み頂き、ありがとうございます。
今話から新章に入りました。
まるで祭りの時のようにあちらこちらで人々が飲んで食い、そして歓声を上げている。
昼間には出ていなかったと思われる露店が増えており、この盛り上がりに乗じて儲けようとしているようにも見えた。
「二人とも、盗賊とは関係なく、持ち金を抜き取ろうとする輩はいると思うから気をつけてね……ハンクは心配ないわね」
「おれは現金は持たない主義なんでな」
「なかなか個性的なこだわりですよね」
ハンクには失礼かもしれないが、Sランク冒険者ともなると人間というよりも鬼神に近いような存在だと思う。
一般人の尺度では測れないということにしておこう。
「せっかくだし、何か食べるか飲むかするか」
「お金を持たないのによく言うわね」
「まあ、その程度なら俺が出しますから」
軽口を言い合うハンクとアデル。
街の様子も影響しているのか、何だか楽しそうな雰囲気だった。
俺自身も明るい気分になっており、どこかで飲み食いしたい気分である。
「あっ、あそこなんてどうですか?」
通りを脇に逸れたところに一軒の店があった。
露店ではないが、店の前にテーブルを出しており、街の雰囲気を堪能できそうな風情がある。
「いいと思うわ。あそこは少し高級だから、この騒ぎでも空席があるのね」
「おれはどこでもいいぜ。ああでも、酒は飲みてえな」
「じゃあ、あそこで」
俺たちはにぎわう通りを少し離れて、その店へと足を運んだ。
店先に暖色の魔力灯がいくつかぶら下がり、夜闇を照らしていい雰囲気を醸し出している。
建物自体はムルカにしては珍しい木造で、温もりを感じさせる外装だった。
「近くで見るとけっこういい雰囲気じゃないですか」
「店の存在は知っていたけど、来るのは初めてよ」
俺とアデルが店の前で話していると、中から店員らしき男が出てきた。
そこそこ高級と聞いた通り、白いシャツにエプロンというムルカの街では仰々しく見えそうな出で立ちである。
「いらっしゃいませ、よかったらすぐに案内できますよ」
「三名なんですけど、外の席っていけますか?」
「もちろんです。お好きな席へどうぞ」
男は満面の笑みで席の方に手の平を向けた。
なかなか感じのいい店員だと思った。
店の前を移動して、屋外に設けられたテーブル席の椅子に腰かける。
三人が着席したところで、すぐに男がメニューを持ってきた。
「いやー、今日はめでたい日になりましたね。まさか、漆黒の旅団が壊滅に追いこまれるなんて」
「ははっ、たしかに」
「え、ええ、すごいことが起きるものね」
事情を知っているだけに、話を合わせる程度にとどめた。
シルバーゴブリンのことはやたらに話さない方がいいだろう。
「そんな日には祝杯を上げておきたいもの。うちではワインとムルカ特産の蒸留酒、どちらもご用意できます」
メニューにはワインとお酒の名前が書かれている。
フォアグラを食べた時に飲んだばかりなので、グラスワインで十分だ。
もっとも、他二人はアルコールに強いため、俺と同じとは限らない。
「俺はグラスワインで」
「おれは冷やした蒸留酒」
「おすすめの赤ワインをボトルでお願いするわ」
「はい、少々お待ちください」
男は流れるような動作でメニューを回収して、店の中へと歩いていった。
「二人とも飲む気満々ですね」
「まだ夜は始まったばかりだぜ」
「よさそうなワインがあったから、飲んでおきたいもの」
「まあ、せっかくなので、楽しんでください」
野暮なことを言うつもりはなかった。
二人が楽しいのなら、それに越したことはない。
注文してからわりと短い時間で、三人分の飲みものが用意された。
ワインや蒸留酒は取り立てて目立つものではなかったが、サービスとして出された小皿料理に驚かされた。
小さな器にイクラが盛られて、その上にダイコンおろしがかかっている。
「……これ、どう見てもイクラだよな」
二人には聞こえない声でつぶやく。
器に盛られたオレンジ色の粒々はサケの卵のイクラにしか見えない。
マス類が存在するので、そこまでおかしいことではないが、どことなく和の要素を感じる盛りつけからも、既視感を抱く自分がいるのだった。
「見たことねえ料理だ。面白いじゃねえか」
「ええと、これは何だったかしら?」
食通のアデルでさえも曖昧なようなので、ここは知らぬ存ぜぬで通すのが無難だ。
俺は珍しそうな態度を装いつつ、ティースプーンのように小さいスプーンでイクラをすくい上げた。
「魚の卵に見えますけど、どんな味がするのかな」
興味があるのは本心であり、好奇心を膨らませながら口の中に含む。
鮮度管理がしっかりしているようで、ほとんど癖はなくみずみずしい味わいが広がった。
添えられていたダイコンおろしの辛みが味を引き締めている。
「これは癖になる味だ」
「マルクが言ったように魚卵の一種みたいね。食感もいいし、こんな食材があるなんて」
三人でイクラへの感想を述べているところへ、見知らぬ女が近づいてきた。
俺は彼女の風貌に思わず息を呑んだ。
「――どうもー、うちのイクラ美味しいでしょ! 故郷の川で獲れたサケの卵なんだよね。よかったら、おかわりもあるよ?」
彼女は陽気な様子で俺たちに告げた。
肩まで伸びた黒髪とランス王国周辺では見かけないような顔立ち。
記憶違いでなければ、日本人に近い風貌に見える。
「あら、ミズキじゃない。ここはあなたの店だったのね」
「アデルじゃん、久しぶり!」
日本人風の美女はアデルの知り合いのようだった。
イクラの出来事と重なり、頭の中が混乱してきた。
あとがき
お読み頂き、ありがとうございます。
今話から新章に入りました。
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