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ダンジョンのフォアグラを求めて

巨大魚の捕獲と盗賊の出現

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 ボードルアの食欲が無尽蔵なのか、こちらからは分からないだけで複数いるのか、定かではないが、シルバーゴブリンが生肉を水面に浮かべると何度も反応を見せた。
 しかし、水面より上に出てくることはないので、射抜こうにも手の出しようがない状況が続いている。

 俺は見守ることに決めていたものの、手をこまねている様子を見かけて、助け武家を出すことにした。

「長老、よかったら手伝いますよ」

「そうか、それは助かる」

 ここまで、この魚を見ていて気づいたことがある。
 外見はアンコウににているが、動きや習性はナマズに似たものを感じさせた。
 詳しい部分は曖昧だが、ナマズを釣る時に水面でエサを弾むように上げ下げする方法があった気がする。

「道具を作ってほしいんですけど、お願いできますか?」

「もちろんじゃ。どんなものか説明を頼む」

 ここに道具があるか分からないが、長い棒の先に糸か紐が垂れたものを作ってもらうように説明した。
 長い棒は槍の先端を外して、糸は弓に使っている弦(つる)を転用することで賄えるようだ。    

 ゴブリンたちはとても手際がよく、すぐに先端に生肉が結ばれた道具が完成した。
 糸と棒に十分な長さがあるので、水辺から少し離れても使うことができそうだ。

「今からボードルアを誘い出すので、水面から飛び出たところを狙ってください。それと、間違っても誤射はなしでお願いします」

「ふぉふぉっ、心配するでない。そんなミスはせんぞ」

 長老は余裕のある笑みを見せた。
 
「――じゃあ、始めます」 

 岸際で姿勢を低くして、長い棒を操る。
 先端から垂れる糸に結ばれた生肉がちゃぽん、ちゃぽんと水音を立てている。
 ここまでと同じ反応なら、そのうちにボードルアが飛び出すはずだ。

「……けっこう重いな、これ」

 釣り竿代わりの棒を上下に動かしていると、徐々に腕が疲れてきた。
 警戒されたのか、すでに満腹なのか分からないが、思ったよりも反応が鈍かった。
 始めてからそこまで時間が経っていないので、さすがに止めるにはまだ早い。

 ボードルアの様子を観察したいところだが、ホーリーライトの明るさを絞っていて水中の様子が分かりにくい。
 ここは喰らいつくのを待って、誘いを続けるべきだろう。

「おっ、怪しい波紋が見えた」

 俺が立てている波紋とは別のところで、水面がざわざわと波立った。
 ボードルアが生肉に反応を示しているように見える。 
 向こうからは自然に見えるように、そのままのペースで動かし続ける。
 
 緊張感を保って同じ動きを繰り返していると、唐突に水面が大きく割れた。

「――うおっ、く、喰いついた!?」

 糸の先で中空に揺れる生肉に向かって、弾丸のようにボードルアが飛びついた。
 長い棒ごと引きずりこまれそうだったので、足元に置いてボードルアを見やる。
 その直後、近距離で風を切るように矢が飛んでいった。

「ちょっ、危なっ――」

 思わずしゃがみこむが、こちらに刺さるような気配はなく、ほぼ全ての矢がボードルアに直撃した。

「この薄闇で何という精度だ……」

 シルバーゴブリンたちの技量に感心しつつ、ボードルアの様子を眺める。
 警戒心を気にする必要はなくなったので、ホーリーライトの明るさを強めた。
 巨大な魚体はわずかに暴れた後、水面に浮かんだままになった。

「どうじゃ、なかなかのもんだろう」 
   
 水面に浮かぶ巨体を眺めていると、長老が得意げに近づいてきた。
 他のゴブリンたちは回収の準備を進めている。

「すごいというか、恐ろしい精度ですね。素直に敵にしたくないです」

「ふぉふぉっ、そんな心配はいらんぞ。好戦的であるか、ゴブリンをいたぶろうとせん限り、わしらから攻撃せんからのう」

「……そうですよね」

 ハンクがソロ最強だとすれば、シルバーゴブリンはグループ最強だろう。
 ゴブリンを侮りがちな風潮が彼らの実力が広まりきらない要因だと思う。
 もちろん、普通のゴブリンとしては認識されていないため、各地のギルドでは注意すべき対象としては知られているはずだが。

「ボードルアは白身で美味いらしいから、一緒に食べんか?」

「それはありがたい。ご相伴に預かります」

 長老との話を終えてから、ゴブリンたちがボードルアを回収するのを見守った。
 見事な連係で、あっという間に地面に引き上げられた。
 彼らは魔法が使えないため、ホーリーライトで明るさを補ってやると喜ばれた。

「長老、こっからどうします?」

「この大きさでは外に運べんからな。まずはここで解体だのう」

「それが無難でしょうね」

 このボードルアは三メートル近くある。
 ところどころ狭くなっている洞窟の中を運ぶのは厳しいだろう。

 すぐに解体が始まったので、引き続きホーリーライトで全体を照らす。
 アンコウは吊るし切りをするような記憶だが、この巨体をぶら下げられるような器具があるはずもない。
 ゴブリンたちは皮を剥ぎ、身を切って、手早く解体を進めていく。

 生魚を扱う際は鮮度が気になるところだが、洞窟内の低い温度が幸いしている。
 ボードルアはアンコウそっくりでお世辞にも美しい見た目ではないものの、切り出された白身は透明感があり、いい具合に脂が乗っていた。

 ゴブリンたちが複数いることで、解体は予想よりも早く完了した。
 肝に当たる部分――この世界でいうところのフォアグラ――は慎重に取り出されて、どう食べるかは要検討となった。

「シルバーゴブリンは手先が器用ですね」

「ふむ、そうか。あまり気にしたことはないんじゃが」

「――ゴブリンどもめ、こんなところにいやがったか!」

 声のした方を振り向くと、盗賊風の男が立っていた。

「……あれ、何の音だこれ」

「おっ、おおっ」

「ざまあみろ、これで出られないだろ――」

 ここに来る時に通過した道に岩壁が出てきて、瞬く間に封鎖された。
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