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ダンジョンのフォアグラを求めて
ボードルア捕獲作戦
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わずかな瞬間、その魚体は宙を舞ったものの、着水してからは姿を見せない。
光を頼りに水中を覗いてみるが、水深が深いことで目視は困難だった。
「長老たちは網か何かで捕まえるつもりですか?」
「いんや、弓と投げ槍を命中させれば何とかなると思っとった」
「ああっ、その辺の道具だと厳しいかもですね」
水面近くを泳いでいれば命中させることは可能な気がする。
しかし、ある程度の深さに潜られては手も足も出ない。
ハンクかアデルは捕まえる方法を考えていたかもしれないが、合流できていない以上、それを知る術はないのだ。
「とりあえず、力押しで進めても警戒心が強まるばかりだと思うので、少し落ちついて考えましょうか」
「ふむ、その通りじゃな。おぬし、なかなかやるのう」
「いえいえ、焦りは禁物ってやつです」
それから長老が号令をかけると、水辺から離れたところで集まった。
彼らはゴブリンの名を冠していても、知的水準の高いシルバーゴブリン。
いつの間にか一角にプチキャンプが設営されて、焚き火が用意された。
換気が気になるところだが、天井は高く煙が流れるのが見えたため、特に問題はないようだ。
俺はシルバーゴブリンにとって重要人物などではないのだが、長老と話していた流れで隣に座ることになった。
ある意味、民族っぽい雰囲気もあるため、長老の隣は上座に当たるのだと思った。
シルバーゴブリンたちの様子を興味深く観察していると、長老と俺のところに金属製のカップが出された。
「これ、もらってもいいんですか?」
「もちろんじゃ。中に入っているのは旅の者から譲り受けたコーヒーっちゅう飲みものだ。風味がよくて、なかなかいけるぞ」
「へえ、コーヒー。じゃあ、遠慮なくいただきます」
「うむ」
紅茶やハーブティーなど、お茶系は充実しているのだが、ついぞコーヒーを見かけることはなかった。
この世界で生まれ育ち、これが初めてのコーヒーだった。
金属製のカップからはふんわりと湯気が上がり、肌寒さを感じさせる洞窟の空気を温めるようだ。
今の身体では豆の種類を嗅ぎ分けることはできそうにないが、貴重な一杯を味わいたいという内なる衝動に気づいた。
意を決して口に含むと、鮮烈な苦みとほのかな酸味を感じた。
いくらか雑味はあるとしても、しっかりとコーヒーの味がすることに感動を覚えた。
「どうじゃ、感極まるほど美味しいか」
コーヒーをじっくり味わっていると、長老が嬉しそうに言った。
「ええ、美味しいですよ。本当に」
「気に入ってもらえたのなら満足じゃ」
まるで、友人同士のようなやりとりだと思った。
長老はこちらが人族であろうと尊重してくれているように感じられた。
コーヒタイムに区切りがついてから、ボードルアに関する話し合いが始まった。
シルバーゴブリンたちは長老をファシリテーターにするようなかたちで意見を出し合っている。
「すごいですね。対等に意見が出せるようになってる」
「この方が色々と円滑にいきやすいからのう」
「シルバーゴブリンの社会も人間と変わらないんですね」
「ふぉふぉっ、そうじゃのう」
長老は隣で他のゴブリンたちの意見を聞きながら、愉快そうに笑った。
その後も彼らの意見を聞いていたが、なかなか話がまとまらない様子だった。
いくら知能が高いとはいえ、手元にある材料で判断するしかないことで、意見や着想が限定されているように思われた。
「長老、ちょっと試してみたいことがあるんですけど」
「ふむふむ、何を試すつもりじゃ」
「聞いたところによると、ボードルアは頭部の突起を光らせて獲物を捕食するらしいです。何となくですけど、さっきの水場に小魚は少なそうなので、もうちょっと別のものを食べてそうで」
「ほほう、面白い分析だのう」
「動物の肉か何かを水に投げたら、寄ってくるんじゃないですかね」
俺が話し終えると、長老は考えをまとめるように静かになった。
「そんじゃあ、どうなるか試してみるか」
「ありがとうございます」
長老が立ち上がると、他のゴブリンたちも一斉に立ち上がった。
すぐに指示が飛んで、俺の提案に合わせた準備が進んだ。
彼らの食料から生肉が用意されて、俺と長老の二人だけで水際に移動した。
ホーリーライトは目視ができる最低限の明るさに切り替えてある。
先ほどのボードルアが腹を空かせていれば、反応する可能性は高い。
「じゃあ、投げてみますね」
向こうに存在が伝わるように、着水音が大きくなるように投げた。
匂いと音に反応して、生肉に喰らいつくはずだ。
「――えっ」
少し離れたところで波紋が生じたと思うと、大きな魚が目の前に飛び出した。
その魚は生肉に喰らいついた後、そのまま水中に戻っていった。
「……今のボードルアでしたね」
「……じゃな」
なかなかの迫力に俺と長老は無言のままだった。
「と、とりあえず、作戦は上手くいきそうですね」
「そ、そうじゃな。生肉に飛びついたところで、弓と槍で一網打尽にすれば」
「肝が傷つくといけないので、なるべく頭を狙った方がいいですよ」
「あい、分かった。わしらの精度なら問題なかろう」
長老は自信を感じさせる言い方をした。
信頼関係について話したばかりだが、彼らを信じて任せることも大事だと思う。
「魔法で攻撃したら丸焼きになる気もするので、この先は任せました」
「ここからは腕の見せどころじゃな」
こうして、長老たちは作戦を開始した。
光を頼りに水中を覗いてみるが、水深が深いことで目視は困難だった。
「長老たちは網か何かで捕まえるつもりですか?」
「いんや、弓と投げ槍を命中させれば何とかなると思っとった」
「ああっ、その辺の道具だと厳しいかもですね」
水面近くを泳いでいれば命中させることは可能な気がする。
しかし、ある程度の深さに潜られては手も足も出ない。
ハンクかアデルは捕まえる方法を考えていたかもしれないが、合流できていない以上、それを知る術はないのだ。
「とりあえず、力押しで進めても警戒心が強まるばかりだと思うので、少し落ちついて考えましょうか」
「ふむ、その通りじゃな。おぬし、なかなかやるのう」
「いえいえ、焦りは禁物ってやつです」
それから長老が号令をかけると、水辺から離れたところで集まった。
彼らはゴブリンの名を冠していても、知的水準の高いシルバーゴブリン。
いつの間にか一角にプチキャンプが設営されて、焚き火が用意された。
換気が気になるところだが、天井は高く煙が流れるのが見えたため、特に問題はないようだ。
俺はシルバーゴブリンにとって重要人物などではないのだが、長老と話していた流れで隣に座ることになった。
ある意味、民族っぽい雰囲気もあるため、長老の隣は上座に当たるのだと思った。
シルバーゴブリンたちの様子を興味深く観察していると、長老と俺のところに金属製のカップが出された。
「これ、もらってもいいんですか?」
「もちろんじゃ。中に入っているのは旅の者から譲り受けたコーヒーっちゅう飲みものだ。風味がよくて、なかなかいけるぞ」
「へえ、コーヒー。じゃあ、遠慮なくいただきます」
「うむ」
紅茶やハーブティーなど、お茶系は充実しているのだが、ついぞコーヒーを見かけることはなかった。
この世界で生まれ育ち、これが初めてのコーヒーだった。
金属製のカップからはふんわりと湯気が上がり、肌寒さを感じさせる洞窟の空気を温めるようだ。
今の身体では豆の種類を嗅ぎ分けることはできそうにないが、貴重な一杯を味わいたいという内なる衝動に気づいた。
意を決して口に含むと、鮮烈な苦みとほのかな酸味を感じた。
いくらか雑味はあるとしても、しっかりとコーヒーの味がすることに感動を覚えた。
「どうじゃ、感極まるほど美味しいか」
コーヒーをじっくり味わっていると、長老が嬉しそうに言った。
「ええ、美味しいですよ。本当に」
「気に入ってもらえたのなら満足じゃ」
まるで、友人同士のようなやりとりだと思った。
長老はこちらが人族であろうと尊重してくれているように感じられた。
コーヒタイムに区切りがついてから、ボードルアに関する話し合いが始まった。
シルバーゴブリンたちは長老をファシリテーターにするようなかたちで意見を出し合っている。
「すごいですね。対等に意見が出せるようになってる」
「この方が色々と円滑にいきやすいからのう」
「シルバーゴブリンの社会も人間と変わらないんですね」
「ふぉふぉっ、そうじゃのう」
長老は隣で他のゴブリンたちの意見を聞きながら、愉快そうに笑った。
その後も彼らの意見を聞いていたが、なかなか話がまとまらない様子だった。
いくら知能が高いとはいえ、手元にある材料で判断するしかないことで、意見や着想が限定されているように思われた。
「長老、ちょっと試してみたいことがあるんですけど」
「ふむふむ、何を試すつもりじゃ」
「聞いたところによると、ボードルアは頭部の突起を光らせて獲物を捕食するらしいです。何となくですけど、さっきの水場に小魚は少なそうなので、もうちょっと別のものを食べてそうで」
「ほほう、面白い分析だのう」
「動物の肉か何かを水に投げたら、寄ってくるんじゃないですかね」
俺が話し終えると、長老は考えをまとめるように静かになった。
「そんじゃあ、どうなるか試してみるか」
「ありがとうございます」
長老が立ち上がると、他のゴブリンたちも一斉に立ち上がった。
すぐに指示が飛んで、俺の提案に合わせた準備が進んだ。
彼らの食料から生肉が用意されて、俺と長老の二人だけで水際に移動した。
ホーリーライトは目視ができる最低限の明るさに切り替えてある。
先ほどのボードルアが腹を空かせていれば、反応する可能性は高い。
「じゃあ、投げてみますね」
向こうに存在が伝わるように、着水音が大きくなるように投げた。
匂いと音に反応して、生肉に喰らいつくはずだ。
「――えっ」
少し離れたところで波紋が生じたと思うと、大きな魚が目の前に飛び出した。
その魚は生肉に喰らいついた後、そのまま水中に戻っていった。
「……今のボードルアでしたね」
「……じゃな」
なかなかの迫力に俺と長老は無言のままだった。
「と、とりあえず、作戦は上手くいきそうですね」
「そ、そうじゃな。生肉に飛びついたところで、弓と槍で一網打尽にすれば」
「肝が傷つくといけないので、なるべく頭を狙った方がいいですよ」
「あい、分かった。わしらの精度なら問題なかろう」
長老は自信を感じさせる言い方をした。
信頼関係について話したばかりだが、彼らを信じて任せることも大事だと思う。
「魔法で攻撃したら丸焼きになる気もするので、この先は任せました」
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