270 / 469
ダンジョンのフォアグラを求めて
休暇をもらったので旅に出ます
しおりを挟む
ある日の閉店後の店の敷地。フレヤとシリルと仕事終わりの雑談をしていた。
いつも通りの和やかな雰囲気だったが、意を決したようにシリルが口を開いた。
「――マルクさん、少し前から働きすぎです。自分が店を回せるようになったので、休みを取ってはいかがですか?」
「えっ、そう? そんなに疲れて見えるのか」
「今までならないようなミスがありますし、店の要であるマルクさんに無理をさせられません」
「そうか、そんなにか……」
期間限定レストランと店を行ったり来たりするような生活が続いたことで、想像していたよりも疲れが溜まっていたようだ。
「予約客にお金持ちや有力者が多かったし、橋の改修のためっていうプレッシャーもあったからな。言われてみるとそうかもしれない」
「シリルの意見は一理あるかな。従業員も増えて余裕もあるから、旅に出るなり、のんびりするなりして、しばらく休むといいよ」
同席したフレヤもシリルに同意を示した。
彼女の目から見ても、俺は疲れているように見えるのだろう。
「そこまで気遣ってもらった以上、休んだ方がいいだろうな」
こうして、俺は従業員公認の休暇を得ることになった。
翌日。仕事がないとやることがないと気づく。
何となく落ちつかない気持ちになりつつ、一軒のカフェに立ち寄った。
日当たりがよさそうなので、通り沿いのテラス席を選ぶ。
朝の日差しはさわやかで、それを感じられる自分は大丈夫だと安心した。
転生前の暗黒時代には、朝からどんよりした気分だった記憶があるからだ。
給仕人に軽食と飲みものを注文して、ぼーっと周囲の景色に目を向けた。
そよ風に揺れる木々とそこを飛びかう小鳥たち。
とても平和な光景が目の前に広がっている。
「――あら、朝から呆けた老人みたいな顔して、どうしたの?」
「あっ、おはようございます」
「ええ、おはよう」
アデルはこちらに顔を向けた後、同じテーブルの近くの席に腰かけた。
彼女が座ったのを見計らい、従業員から休みを言い渡された経緯を説明した。
「ふーん、できた人たちね」
「ずいぶん、成長してくれました」
二人で会話をしていると注文した飲みものが運ばれてきて、アデルは給仕人に紅茶を頼んでいた。
「そういえば、トリュフのレストランは盛況だったみたいね」
「はい、おかげさまで」
取りとめない話をした後、彼女に確かめたいことが思い浮かんだ。
「この辺りでトリュフ以外に高級食材ってありますか? せっかく休みで時間ができたのと、色んな食材を見てみたいと思って」
「そうね、トリュフ以外となると……」
アデルは少し考えた後、思い出したように口を開いた。
「ここから離れているけれど、フォアグラならあるわ」
「……えっ、フォアグラあるんですか?」
転生前に一度だけ食べたことがある。
濃厚でオンリーワンのまろやかさ。
ただ、フォアグラが存在するとなると無視できない要素に気づく。
「あれですか、やっぱりガチョウとかアヒルを太らせて……」
――以下省略。
朝のカフェのようなさわやかな場では最後まで口にできなかった。
「……へっ? 何を言っているの。飼育するような鳥は関係ないと思うけれど」
「あれ、違うんですか?」
「違うも何もフォアグラはダンジョンで採れるのよ。養殖して採れるなら誰も苦労しないわ」
アデルは少し呆れた様子だった。
とりあえず、飼育した鳥からではないと知って、何だか安心するような気持ちだ。
「何だか早とちりしてすいません。教えてもらってもいいですか?」
「遺跡や洞窟の奥に潜むボードルアという魚型モンスターの肝がフォアグラよ」
「……なるほど、魚の肝」
説明は分かりやすいのだが、どんなモンスターなのか想像できない。
店の人に紙と書くものを借りて、実際にアデルに書いてもらった。
「――だいたい、こんな感じかしら」
「字も上手でしたけど、絵も得意なんですね」
「ありがとう。苦手ではないわね」
ちなみにボードルアはアンコウによく似た見た目だった。
また、頭部にはチョウチンアンコウのような突起があり、それで小型のモンスターを寄せて捕食するらしい。
「これ、陸生ではないですよね」
「ええ、ダンジョンの奥の泉、それ以外だと地底湖辺りにいると聞くわ」
「けっこう衝撃です。こんなのがいるんですね」
これまでに色んなモンスターを見てきたが、洞窟の奥に潜むアンコウによく似たモンスターというのは興味深い。
それにそのボードルアから採れる肝がフォアグラと呼ばれているということも。
「ちなみにですけど……」
「ああっ、採りに行きたいのよね。それは構わないけれど、ダンジョンとなると危険があるかもしれないから、ハンクにも声をかけたら?」
「はい、そうします!」
情報が少なすぎるので、アデルの同行は必須だと思った。
それにハンクが加われば、大抵のことはどうにかなりそうだ。
「それと旅の準備が必要だから、数日後にしましょう。候補の場所がいくつかあるから、回ることになるかもしれない。何泊かできる用意をしておいて」
「分かりました」
面白そうな話になったことで、胸が沸き立つのを感じた。
料理を作ることは退屈ではないものの、このような高揚感を抱くことは少ない。
この感覚が久しぶりだとするならば、どこかで無理をしていたのかもしれない。
いつも通りの和やかな雰囲気だったが、意を決したようにシリルが口を開いた。
「――マルクさん、少し前から働きすぎです。自分が店を回せるようになったので、休みを取ってはいかがですか?」
「えっ、そう? そんなに疲れて見えるのか」
「今までならないようなミスがありますし、店の要であるマルクさんに無理をさせられません」
「そうか、そんなにか……」
期間限定レストランと店を行ったり来たりするような生活が続いたことで、想像していたよりも疲れが溜まっていたようだ。
「予約客にお金持ちや有力者が多かったし、橋の改修のためっていうプレッシャーもあったからな。言われてみるとそうかもしれない」
「シリルの意見は一理あるかな。従業員も増えて余裕もあるから、旅に出るなり、のんびりするなりして、しばらく休むといいよ」
同席したフレヤもシリルに同意を示した。
彼女の目から見ても、俺は疲れているように見えるのだろう。
「そこまで気遣ってもらった以上、休んだ方がいいだろうな」
こうして、俺は従業員公認の休暇を得ることになった。
翌日。仕事がないとやることがないと気づく。
何となく落ちつかない気持ちになりつつ、一軒のカフェに立ち寄った。
日当たりがよさそうなので、通り沿いのテラス席を選ぶ。
朝の日差しはさわやかで、それを感じられる自分は大丈夫だと安心した。
転生前の暗黒時代には、朝からどんよりした気分だった記憶があるからだ。
給仕人に軽食と飲みものを注文して、ぼーっと周囲の景色に目を向けた。
そよ風に揺れる木々とそこを飛びかう小鳥たち。
とても平和な光景が目の前に広がっている。
「――あら、朝から呆けた老人みたいな顔して、どうしたの?」
「あっ、おはようございます」
「ええ、おはよう」
アデルはこちらに顔を向けた後、同じテーブルの近くの席に腰かけた。
彼女が座ったのを見計らい、従業員から休みを言い渡された経緯を説明した。
「ふーん、できた人たちね」
「ずいぶん、成長してくれました」
二人で会話をしていると注文した飲みものが運ばれてきて、アデルは給仕人に紅茶を頼んでいた。
「そういえば、トリュフのレストランは盛況だったみたいね」
「はい、おかげさまで」
取りとめない話をした後、彼女に確かめたいことが思い浮かんだ。
「この辺りでトリュフ以外に高級食材ってありますか? せっかく休みで時間ができたのと、色んな食材を見てみたいと思って」
「そうね、トリュフ以外となると……」
アデルは少し考えた後、思い出したように口を開いた。
「ここから離れているけれど、フォアグラならあるわ」
「……えっ、フォアグラあるんですか?」
転生前に一度だけ食べたことがある。
濃厚でオンリーワンのまろやかさ。
ただ、フォアグラが存在するとなると無視できない要素に気づく。
「あれですか、やっぱりガチョウとかアヒルを太らせて……」
――以下省略。
朝のカフェのようなさわやかな場では最後まで口にできなかった。
「……へっ? 何を言っているの。飼育するような鳥は関係ないと思うけれど」
「あれ、違うんですか?」
「違うも何もフォアグラはダンジョンで採れるのよ。養殖して採れるなら誰も苦労しないわ」
アデルは少し呆れた様子だった。
とりあえず、飼育した鳥からではないと知って、何だか安心するような気持ちだ。
「何だか早とちりしてすいません。教えてもらってもいいですか?」
「遺跡や洞窟の奥に潜むボードルアという魚型モンスターの肝がフォアグラよ」
「……なるほど、魚の肝」
説明は分かりやすいのだが、どんなモンスターなのか想像できない。
店の人に紙と書くものを借りて、実際にアデルに書いてもらった。
「――だいたい、こんな感じかしら」
「字も上手でしたけど、絵も得意なんですね」
「ありがとう。苦手ではないわね」
ちなみにボードルアはアンコウによく似た見た目だった。
また、頭部にはチョウチンアンコウのような突起があり、それで小型のモンスターを寄せて捕食するらしい。
「これ、陸生ではないですよね」
「ええ、ダンジョンの奥の泉、それ以外だと地底湖辺りにいると聞くわ」
「けっこう衝撃です。こんなのがいるんですね」
これまでに色んなモンスターを見てきたが、洞窟の奥に潜むアンコウによく似たモンスターというのは興味深い。
それにそのボードルアから採れる肝がフォアグラと呼ばれているということも。
「ちなみにですけど……」
「ああっ、採りに行きたいのよね。それは構わないけれど、ダンジョンとなると危険があるかもしれないから、ハンクにも声をかけたら?」
「はい、そうします!」
情報が少なすぎるので、アデルの同行は必須だと思った。
それにハンクが加われば、大抵のことはどうにかなりそうだ。
「それと旅の準備が必要だから、数日後にしましょう。候補の場所がいくつかあるから、回ることになるかもしれない。何泊かできる用意をしておいて」
「分かりました」
面白そうな話になったことで、胸が沸き立つのを感じた。
料理を作ることは退屈ではないものの、このような高揚感を抱くことは少ない。
この感覚が久しぶりだとするならば、どこかで無理をしていたのかもしれない。
4
お気に入りに追加
3,322
あなたにおすすめの小説
異世界で家族と新たな生活?!〜ドラゴンの無敵執事も加わり、ニューライフを楽しみます〜
藤*鳳
ファンタジー
楽しく親子4人で生活していたある日、交通事故にあい命を落とした...はずなんだけど...??
神様の御好意により新たな世界で新たな人生を歩むことに!!!
冒険あり、魔法あり、魔物や獣人、エルフ、ドワーフなどの多種多様な人達がいる世界で親子4人とその親子を護り生活する世界最強のドラゴン達とのお話です。
転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
転生してしまったので服チートを駆使してこの世界で得た家族と一緒に旅をしようと思います
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
俺はクギミヤ タツミ。
今年で33歳の社畜でございます
俺はとても運がない人間だったがこの日をもって異世界に転生しました
しかし、そこは牢屋で見事にくそまみれになってしまう
汚れた囚人服に嫌気がさして、母さんの服を思い出していたのだが、現実を受け止めて抗ってみた。
すると、ステータスウィンドウが開けることに気づく。
そして、チートに気付いて無事にこの世界を気ままに旅することとなる。楽しい旅にしなくちゃな
異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。
今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
神様のミスで女に転生したようです
結城はる
ファンタジー
34歳独身の秋本修弥はごく普通の中小企業に勤めるサラリーマンであった。
いつも通り起床し朝食を食べ、会社へ通勤中だったがマンションの上から人が落下してきて下敷きとなってしまった……。
目が覚めると、目の前には絶世の美女が立っていた。
美女の話を聞くと、どうやら目の前にいる美女は神様であり私は死んでしまったということらしい
死んだことにより私の魂は地球とは別の世界に迷い込んだみたいなので、こっちの世界に転生させてくれるそうだ。
気がついたら、洞窟の中にいて転生されたことを確認する。
ん……、なんか違和感がある。股を触ってみるとあるべきものがない。
え……。
神様、私女になってるんですけどーーーー!!!
小説家になろうでも掲載しています。
URLはこちら→「https://ncode.syosetu.com/n7001ht/」
集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる