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トリュフともふもふ
【幕間】焼肉店の店主、犬を飼う?
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初めてエディを目にした時、あまりの愛くるしさに我を忘れそうになった。
あの時のことは自分はどうかしてしまったのかと、頭を抱えそうな出来事だった。
バラムで犬に触れ合うことは稀で、犬を好きになるような背景は乏しい。
そう考えると、転生前の記憶が影響していると考えるほかないだろう。
日本で生活していた時のことは時間と共におぼろげになっており、意識的に思い出そうとしないと思い返すことが難しい。
ちなみに犬に関してとなればカフェを経営していた頃、飼いたくても世話に手が回りそうになくて諦めたことが思い当たる。
ある日の休日。隣町のゼナルに来ていた。
隣といってもバラム自体が辺境にあるため、それなりに距離が離れている。
ここに来た目的はワンコを品定めするためだ。
以前、サミュエルと話した時、狩猟の相棒にどうかという提案があった。
エスカとシカ狩りをした時のように、バラムの近郊でも狩猟は成立する。
そのため、もふもふと実益を兼ねたペットということになる。
ちなみにこの世界全般に愛玩犬という概念はないため、ペットと言っても通じることはない。
懸命に説明したとしても、首を傾げられるだけだろう。
焼肉店が盛況なおかげで予算に余裕はあるので、気分次第で購入するかもしれないし、今日は見るだけにとどめるかもしれない。
ゼナルの町はバラムを一回り小さくしたような大きさだった。
食料品店や雑貨店、素朴な雰囲気の食堂が通り沿いに目につく。
最寄りのギルドはバラムになり、この町には存在しない。
足を運ぶ機会が少なかったため、見慣れない町並みが続いている。
周囲の景観を眺めながら、教わった通りに進んでいくと、中心市街を外れたところに目的の建物があった。
平屋の簡素な造りで、離れたところに鎖につながれた犬の姿が目に入る。
「――ワンッ、ワンッワンッ!」
一頭の犬が吠えたが、他の犬はしつけがされているのか吠えなかった。
その様子を横目で見ながら、建物の扉をノックした。
「はいはい、お客さんかな」
「こんにちは、サミュエルさんの紹介で来ました。マルクといいます」
「おおっ、サミュエルから! 私はギルマンだ」
ギルマンは三十代後半から四十代に見える男だった。
猟犬を取り扱っているからなのか、引き締まった身体をしている。
「今日は購入の意思が半々なんですけど、お話を聞かせてもらうことはできますか?」
「サミュエルの紹介とあっては無下にできない。犬に興味があるなら、何でも聞いてくれたらいいよ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、早速行こうか」
「はい」
ギルマンに促されて、犬のいる方向へと歩き出した。
相変わらず吠えているのは同じ犬だけだった。
「あの子だけはまだ若くてね。他のはここに慣れたから、だいぶおとなしいんだ」
「ああっ、そうなんですね」
こちらがたずねるまでもなく、ギルマンが事情を説明してくれた。
もう少しで犬に触れられるような距離に近づいたところで、彼は歩みを止めて立ち止まった。
「ああっ、そうだ。用途を聞いてなかった。狩猟、それともトリュフ?」
「今のところ、狩猟目的で考えてます」
「それはよかった。今、うちにいるのは猟犬だけだからね。まずは顔でも見てやってくれるかい」
「はい、ぜひぜひ」
すでに初見で気づいていたのだが、どの犬も攻撃力が高そうに見える。
そのため、鎖の伸びる範囲よりも内側には近づかないように気をつけている。
周囲には五、六頭の犬がいるわけだが、すぐに見終わってしまった。
理由は犬種が一種類しかないからだ。
具体的には、全てジャーマンシェパード風の犬種だった。
「ちなみに、今日いる犬たちは同じ種類ですよね」
「そうだね、見たまんま、ブランノワって種類だ」
「うおっ、なるほど……」
さすがにここは異世界。
そのまんま、シェパードなどということはなかった。
「ちょいと強面(こわもて)だが、飼い主の言うことには従順で、無闇に暴れ回ることもない。狩猟のお伴にって場合はこの犬種がおすすめだね」
「ちなみに、サミュエルのところのエディみたいな種類は取り扱ってませんか?」
エディの魅力は捨てがたい。
せっかくの機会なのでたずねてみた。
「それなら、モルドレ種だね。うちで仕入れた犬がある程度出払ったら、王都の業者から新しく引き取るようにしているんだ。今はここにいる犬たちがいるから、しばらくはこのままだと思うよ」
「じゃあ、どうしても飼いたい場合は、王都まで探しに行くしかないと」
「うんまあ、そういうことになるね」
「分かりました。ありがとうございます」
「モルドレみたいにかわいらしさはないとしても、ブランノワも懐けばかわいいもんだよ」
ギルマンは一番近くで座っている犬を連れてきた。
初対面の俺に対して、戸惑っている様子が見て取れる。
こうして近距離で見るのは初めてだが、かわいく見えなくもない。
そのうちに向こうからしっぽを振って近づいてきた。
噛みつかれそうな気配はなさそうなので、そっと手を伸ばして撫でてみる。
「……思ったよりもいいですね」
「だろう? サミュエルの知り合いなら安くしておくよ」
「うーん、どうしようかな」
エディのような小型犬を考えていたため、シェパードっぽいワンコは想定外だった。
自宅で飼うには大きすぎするし、店で飼う場合はお客を怖がらせる可能性がある。
バラムに犬が少ないことで、慣れていない人がそれなりにいるからだ。
「モルドレ種でしたっけ? あんな感じの小型犬が入る頃にまた来たいと思います」
「犬を飼うのも大変だからね。これぞという出会いがある時まで待つといいよ」
俺は応対してくれたギルマンに感謝を伝えて、その場を後にした。
あとがき
お読み頂きありがとうございます
次話から新章に入ります。
あの時のことは自分はどうかしてしまったのかと、頭を抱えそうな出来事だった。
バラムで犬に触れ合うことは稀で、犬を好きになるような背景は乏しい。
そう考えると、転生前の記憶が影響していると考えるほかないだろう。
日本で生活していた時のことは時間と共におぼろげになっており、意識的に思い出そうとしないと思い返すことが難しい。
ちなみに犬に関してとなればカフェを経営していた頃、飼いたくても世話に手が回りそうになくて諦めたことが思い当たる。
ある日の休日。隣町のゼナルに来ていた。
隣といってもバラム自体が辺境にあるため、それなりに距離が離れている。
ここに来た目的はワンコを品定めするためだ。
以前、サミュエルと話した時、狩猟の相棒にどうかという提案があった。
エスカとシカ狩りをした時のように、バラムの近郊でも狩猟は成立する。
そのため、もふもふと実益を兼ねたペットということになる。
ちなみにこの世界全般に愛玩犬という概念はないため、ペットと言っても通じることはない。
懸命に説明したとしても、首を傾げられるだけだろう。
焼肉店が盛況なおかげで予算に余裕はあるので、気分次第で購入するかもしれないし、今日は見るだけにとどめるかもしれない。
ゼナルの町はバラムを一回り小さくしたような大きさだった。
食料品店や雑貨店、素朴な雰囲気の食堂が通り沿いに目につく。
最寄りのギルドはバラムになり、この町には存在しない。
足を運ぶ機会が少なかったため、見慣れない町並みが続いている。
周囲の景観を眺めながら、教わった通りに進んでいくと、中心市街を外れたところに目的の建物があった。
平屋の簡素な造りで、離れたところに鎖につながれた犬の姿が目に入る。
「――ワンッ、ワンッワンッ!」
一頭の犬が吠えたが、他の犬はしつけがされているのか吠えなかった。
その様子を横目で見ながら、建物の扉をノックした。
「はいはい、お客さんかな」
「こんにちは、サミュエルさんの紹介で来ました。マルクといいます」
「おおっ、サミュエルから! 私はギルマンだ」
ギルマンは三十代後半から四十代に見える男だった。
猟犬を取り扱っているからなのか、引き締まった身体をしている。
「今日は購入の意思が半々なんですけど、お話を聞かせてもらうことはできますか?」
「サミュエルの紹介とあっては無下にできない。犬に興味があるなら、何でも聞いてくれたらいいよ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、早速行こうか」
「はい」
ギルマンに促されて、犬のいる方向へと歩き出した。
相変わらず吠えているのは同じ犬だけだった。
「あの子だけはまだ若くてね。他のはここに慣れたから、だいぶおとなしいんだ」
「ああっ、そうなんですね」
こちらがたずねるまでもなく、ギルマンが事情を説明してくれた。
もう少しで犬に触れられるような距離に近づいたところで、彼は歩みを止めて立ち止まった。
「ああっ、そうだ。用途を聞いてなかった。狩猟、それともトリュフ?」
「今のところ、狩猟目的で考えてます」
「それはよかった。今、うちにいるのは猟犬だけだからね。まずは顔でも見てやってくれるかい」
「はい、ぜひぜひ」
すでに初見で気づいていたのだが、どの犬も攻撃力が高そうに見える。
そのため、鎖の伸びる範囲よりも内側には近づかないように気をつけている。
周囲には五、六頭の犬がいるわけだが、すぐに見終わってしまった。
理由は犬種が一種類しかないからだ。
具体的には、全てジャーマンシェパード風の犬種だった。
「ちなみに、今日いる犬たちは同じ種類ですよね」
「そうだね、見たまんま、ブランノワって種類だ」
「うおっ、なるほど……」
さすがにここは異世界。
そのまんま、シェパードなどということはなかった。
「ちょいと強面(こわもて)だが、飼い主の言うことには従順で、無闇に暴れ回ることもない。狩猟のお伴にって場合はこの犬種がおすすめだね」
「ちなみに、サミュエルのところのエディみたいな種類は取り扱ってませんか?」
エディの魅力は捨てがたい。
せっかくの機会なのでたずねてみた。
「それなら、モルドレ種だね。うちで仕入れた犬がある程度出払ったら、王都の業者から新しく引き取るようにしているんだ。今はここにいる犬たちがいるから、しばらくはこのままだと思うよ」
「じゃあ、どうしても飼いたい場合は、王都まで探しに行くしかないと」
「うんまあ、そういうことになるね」
「分かりました。ありがとうございます」
「モルドレみたいにかわいらしさはないとしても、ブランノワも懐けばかわいいもんだよ」
ギルマンは一番近くで座っている犬を連れてきた。
初対面の俺に対して、戸惑っている様子が見て取れる。
こうして近距離で見るのは初めてだが、かわいく見えなくもない。
そのうちに向こうからしっぽを振って近づいてきた。
噛みつかれそうな気配はなさそうなので、そっと手を伸ばして撫でてみる。
「……思ったよりもいいですね」
「だろう? サミュエルの知り合いなら安くしておくよ」
「うーん、どうしようかな」
エディのような小型犬を考えていたため、シェパードっぽいワンコは想定外だった。
自宅で飼うには大きすぎするし、店で飼う場合はお客を怖がらせる可能性がある。
バラムに犬が少ないことで、慣れていない人がそれなりにいるからだ。
「モルドレ種でしたっけ? あんな感じの小型犬が入る頃にまた来たいと思います」
「犬を飼うのも大変だからね。これぞという出会いがある時まで待つといいよ」
俺は応対してくれたギルマンに感謝を伝えて、その場を後にした。
あとがき
お読み頂きありがとうございます
次話から新章に入ります。
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