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トリュフともふもふ

牛肉のステーキのトリュフソースがけ

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 足早にレストランの裏口を通過して、調理場へと足を運ぶ。
 セバスから仕入れたステーキ肉を調理台に置いて、再びエプロンを身につけた。

「マルクさん、何か手伝えそうなことはありますか?」

 調理を始めようとしたところで、パメラが声をかけてきた。

「一人でやれるので、他の作業をお願いできますか」

「ええ、そうします」

 彼女はこちらから離れて、調理場の整理を始めた。
 
「さてと、ここに鉄板はないんだよな」

 かまどのおかげで火を使うことはできるが、鉄板焼きをすることはできない。
 この場合、フライパンで焼けば問題ないはずだ。
 フライパンを火にかけて、ソテーを作る時に使う油を引く。

 ある程度加熱できたところで、包みからステーキ肉を取り出した。
 弾けた油でやけどしないように、そっと一枚ずつ乗せる。
 牛肉の焼ける匂いが届くと、思わず食欲をそそられた。

 片面に火が通ったところで、調理場に用意されたトングでひっくり返す。
 見事な焼き目を目にした瞬間、惚れ惚れしそうな気分になっていた。
 セバスのところの肉が良質であると、改めて実感させられた。

「よしっ、これで完成だ」

 両面に火が通ったところで、一枚ずつ皿に乗せた。
 肉は冷えると固くなってしまうため、大急ぎでソースを作りにかかる。

 ステーキを焼いたフライパンに刻んだトリュフ、少量のバター、ワイン、塩コショウなどの調味料を投入する。
 目分量ではあるものの、さじ加減には自信があった。
 
「……うんっ、これならいける」

 スプーンで味見を済ませてから、焼き上がった肉にソースをかけていく。
 トリュフやバターの匂いが混ざって、何とも美味しそうな香りがした。
 
 最後に見た目の調整をした後、料理の乗った皿を定位置に運んで給仕係を呼んだ。
 
「ご協力ありがとうございました。運ばせて頂きます」

「はい、よろしく頼みます」

 カタリナからの注文ということだったが、リリアにも食べさせたかったので、思わず二つ用意してしまった。
 通常であれば確認するものの、俺自身がリリアに好意的であることが影響した。

「……あっ、いらないってなったらどうしよう」

 俺は一人、調理台に手を乗せてうなだれた。



 そうこうするうちに、二組目のお客がやってきたことが知らされた。
 カタリナたちは二名だったのに対して、今度は四名ということだった。
 先ほどとは異なり、今度は少し慌ただしい気配になっている。

「パメラさん、パスタの方が三つですけど、一人で大丈夫ですか?」

「問題ありません。とりあえず、クレマンさんとベランさんのやることがなくならないようにして頂ければ」

「分かりました」

 パメラは会話に応じつつ、パスタの茹で加減を見ていた。
 彼女に言われた通り、クレマンさんたちと連携することに意識を向けよう。
 もっとも、二人は工程を理解しているので、先んじて動いている。

 クレマンさんがホウレンソウを刻んでおいてくれたので、まずはソテーを完成させた方がいいだろう。

「刻みありがとうございます。そろそろ、先に出た二名分の食器が戻ってくるので、それを洗っておいてもらってもいいですか?」

「はい、承知しました」

 クレマンさんは指示に応じて、トレーの戻ってくる位置に移動した。
 その様子を確かめてから、フライパンでホウレンソウを炒める。
 簡素な調理法で複雑な味つけではないのだが、塩加減に注意して仕上げに入った。

「……これ以上加熱すると、しんなりしすぎるか」

 味見をしてから、頃合いを見計らって人数分の皿に盛りつけた。
 提供する料理の中で彩りも担っているため、ホウレンソウのソテーは欠かせない。
  
 ソテーが完成したところでトレーに乗せると、ベランさんがポタージュを運んでいるところだった。
 俺の分のパンはすでに用意してあるので、パメラの分のパスタが用意できれば、四人前を提供することができる。

 ひとまず、ソテーに使った道具を洗い場に運んだところで、パメラのパスタが完成したのが目に入った。
 これで、予約が入っている分は作り終えたことになる。

「お疲れ様でした。これで、一段落つきましたね」

「ええ、思ったよりもバタバタしてしまったので、もう少し慣れが必要だと思いました」

 パメラは額に汗をにじませながら、照れくさそうに言った。
 俺自身もそうだったが、自分の店とは勝手が違うため、いつも通りというわけにはいかないことがある。
 それが心身の疲労につながってしまう可能性もある。

「マルクさん、すみません」

 二人で話していると、給仕係に声をかけられた。
 注文が入った時のように急いでいるような気配は見られない。

「はい、どうしました?」

「先ほど、カタリナ様のお連れ様から、お手紙をお預かりしまして」

「えーと、手紙ですか?」

 給仕係から小ぶりの封筒みたいなものを渡された。
 それを開いてみると、中から便箋のようなものが出てきた。
 まずは目を通した方がいいと思い、文面に目を向けた。

「……なるほど」

 そこに書かれていたのは、カタリナとリリアがステーキを賞賛していたこと、こちらの活躍を応援しているので、今日は別れのあいさつをせずに帰ることにしたことなどだった。
 行間からリリアの気遣いが伝わるようで、温かい気持ちになった。

「マルクさん、恋文ですか?」

「いえ、違います。親愛なるお客様からのお褒めの手紙です」

「うふふっ、それはよかった。先ほどのステーキ、美味しそうでしたから」

「ははっ、パメラさんにはお見通しなんですね」

 和やかな空気を感じつつ、封筒を大事にしまった。


 あとがき
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感想 30

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