266 / 469
トリュフともふもふ
カタリナからのリクエスト
しおりを挟む
俺は調理場に足を運んでから、置いておいたエプロンをつけた。
注文は入っていないため、そこまで慌ただしい様子は見られない。
「マルクさん、ポタージュが完成しました。味見をお願いしても?」
「はい、すぐに」
ベランさんに頼まれて、かまどのところへ移動する。
鍋の中のポタージュからは湯気が上がっていた。
スプーンですくい上げて、少し冷ましてから口に含む。
アデルが教えてくれたものと大きな差はない味だった。
「ありがとうございます。これで大丈夫だと思います」
「ふぅ、安心しました。今日は身分の高い方が来ると聞いていたので、緊張していて」
ベランさんはホッとしたような表情を浮かべていた。
ランス王国の大臣が来るともなれば気持ちは分かる。
「そのうち注文が入るので、それまでは待機でいいと思います」
「承知しました」
俺は指示を出してから、パメラに声をかけに行った。
開店前の最終確認を済ませておきたい。
「準備は大方できたみたいですね」
「ええ、問題ないと思います。それにしても、マルクさんは本当にカタリナ様と面識があるのですね」
「いや、まあ……」
きっかけはブルームに呼ばれて王都に出向いたことなので、自分から積極的に動いた結果ではない。
パメラは感心しているようだが、素直に自慢していいものか迷うところだ。
適当なところでパメラとの会話を切り上げて、バゲットの用意や調理器具の確認を済ませた。
彼女やクレマンさん、ベランさんはカタリナの来店に緊張しているが、何度か会ったことのある俺はそうでもなかった。
「けっこう危ない場面も一緒だったよな」
王城の外庭で暗殺機構の刺客から襲撃を受けた際、カタリナを守るかたちになった。
家族とまではいかないにしろ、親戚の子どもに食事を振る舞うような感覚が近い。
「――ご注文、入りました」
「おっ、いよいよだ」
「パスタとパン、それぞれ一名様分でお願いします」
給仕係が調理場の近くに来て、注文を告げた。
「はい、了解しました」
「こっちも大丈夫です」
パメラの声が聞こえた後、確認のために反応を返した。
クレマンさんとベランさんには動き方を伝えてあるため、こちらから指示を出さなくても動いてくれる。
俺は専用のプレートの上にバゲットを乗せて、一人分の量を切り分けた。
それから簡易冷蔵庫からトリュフペーストを取り出し、外気で柔らかくなってから塗っていく。
パンの分が完成したところで、給仕用のトレーに皿を乗せた。
他方に目を向けると、パメラはパスタを茹でているところで、クレマンさんたちはそれぞれ別の作業をしていた。
今回は用意する量が少ないため、手伝う必要はなさそうだ。
「一旦、使い終わった道具を洗い場に移動するか」
今の時点でやれそうなことに手をつけるうちに、トレーの上に必要なものが用意されて、給仕係がホールに運んでいった。
「少し間を挟んで、この後にもう一組来られるそうです」
四人の作業が一段落したところで、パメラが調理場にいる全員に呼びかけた。
事前に地元の人が来る予定だと聞いている。
俺は洗い場で調理器具を洗い終えてから、用意された乾いた布で水滴を拭いた。
今日はそこまで忙しくないため、調理場の空気はゆったりしていると思った。
「――失礼します。マルクさん、少しよろしいですか?」
「はいはい、何か用ですか」
「実はカタリナ様がお肉も食べたいと仰ってまして……調理場の在庫に牛肉はありませんか?」
調理場にやってきた給仕係は遠慮するような言い方だった。
肉がないことが分かっているから、そんな態度になるのだろう。
「残念ですけど、在庫はないです」
「左様ですか。カタリナ様はトリュフを召し上がったことがあるそうで、トリュフと牛肉は合うのではと話されまして……雰囲気からマルクさんの料理をご所望なのだと感じました」
「状況は分かりました。ここからうちの仕入れ先が近いので、そこへ行って牛肉を分けてもらってきます」
こちらがそう告げると、給仕係の表情が見る間に明るくなった。
「非常に助かります。それではお願いしてもよろしいでしょうか?」
「はい、もちろん」
給仕係に返答を伝えてところで、エプロンを外して畳んだ。
「パメラさん、聞こえてましたよね」
「ええ。時間に余裕はありますから、行って頂いて問題ありません」
「ちょっとすいません。すぐに戻りますから」
俺はエプロンを調理台の脇に置いた後、自分の荷物から財布を手に取った。
足早に裏口に向かって歩いていく。
扉を開いて外に出ると、燦々と太陽が輝いていた。
「昼時でもセバスの店は開いてるんだったか」
いつもと違う時間に訪れるのは不安もあるが、まずは彼の店を訪れた方がいいだろう。
レストランの裏口を離れて、マーガレット通りの方へと歩いた。
セバスの店は目と鼻の先であり、短時間で到着できた。
「おおっ、マルクじゃないか。こんな時間にどうした?」
「例のレストランで注文があって、焼くのに適した牛肉がほしい」
「お前んとこに卸してるような焼肉向きの肉は在庫がないが、その条件ならいくつかあるな」
「少なくて悪いけど、量は二人分で頼むよ」
「ほい、了解」
セバスは真剣な表情で、店頭の肉を見繕っている。
陳列された品々の中で気になる部位が目に入った。
「そこのステーキ肉がいけそうなら、それを頼もうかな」
「ちょうど、同じことを考えたところだ」
彼はまな板に分厚い肉を乗せて、慣れた動作で肉を切った。
そして、その肉を包みに包んで差し出した。
「急いでんだろ。支払いは今度でいいから」
「ああっ、助かる。またな」
俺は肉を手にして、レストランへと引き返した。
注文は入っていないため、そこまで慌ただしい様子は見られない。
「マルクさん、ポタージュが完成しました。味見をお願いしても?」
「はい、すぐに」
ベランさんに頼まれて、かまどのところへ移動する。
鍋の中のポタージュからは湯気が上がっていた。
スプーンですくい上げて、少し冷ましてから口に含む。
アデルが教えてくれたものと大きな差はない味だった。
「ありがとうございます。これで大丈夫だと思います」
「ふぅ、安心しました。今日は身分の高い方が来ると聞いていたので、緊張していて」
ベランさんはホッとしたような表情を浮かべていた。
ランス王国の大臣が来るともなれば気持ちは分かる。
「そのうち注文が入るので、それまでは待機でいいと思います」
「承知しました」
俺は指示を出してから、パメラに声をかけに行った。
開店前の最終確認を済ませておきたい。
「準備は大方できたみたいですね」
「ええ、問題ないと思います。それにしても、マルクさんは本当にカタリナ様と面識があるのですね」
「いや、まあ……」
きっかけはブルームに呼ばれて王都に出向いたことなので、自分から積極的に動いた結果ではない。
パメラは感心しているようだが、素直に自慢していいものか迷うところだ。
適当なところでパメラとの会話を切り上げて、バゲットの用意や調理器具の確認を済ませた。
彼女やクレマンさん、ベランさんはカタリナの来店に緊張しているが、何度か会ったことのある俺はそうでもなかった。
「けっこう危ない場面も一緒だったよな」
王城の外庭で暗殺機構の刺客から襲撃を受けた際、カタリナを守るかたちになった。
家族とまではいかないにしろ、親戚の子どもに食事を振る舞うような感覚が近い。
「――ご注文、入りました」
「おっ、いよいよだ」
「パスタとパン、それぞれ一名様分でお願いします」
給仕係が調理場の近くに来て、注文を告げた。
「はい、了解しました」
「こっちも大丈夫です」
パメラの声が聞こえた後、確認のために反応を返した。
クレマンさんとベランさんには動き方を伝えてあるため、こちらから指示を出さなくても動いてくれる。
俺は専用のプレートの上にバゲットを乗せて、一人分の量を切り分けた。
それから簡易冷蔵庫からトリュフペーストを取り出し、外気で柔らかくなってから塗っていく。
パンの分が完成したところで、給仕用のトレーに皿を乗せた。
他方に目を向けると、パメラはパスタを茹でているところで、クレマンさんたちはそれぞれ別の作業をしていた。
今回は用意する量が少ないため、手伝う必要はなさそうだ。
「一旦、使い終わった道具を洗い場に移動するか」
今の時点でやれそうなことに手をつけるうちに、トレーの上に必要なものが用意されて、給仕係がホールに運んでいった。
「少し間を挟んで、この後にもう一組来られるそうです」
四人の作業が一段落したところで、パメラが調理場にいる全員に呼びかけた。
事前に地元の人が来る予定だと聞いている。
俺は洗い場で調理器具を洗い終えてから、用意された乾いた布で水滴を拭いた。
今日はそこまで忙しくないため、調理場の空気はゆったりしていると思った。
「――失礼します。マルクさん、少しよろしいですか?」
「はいはい、何か用ですか」
「実はカタリナ様がお肉も食べたいと仰ってまして……調理場の在庫に牛肉はありませんか?」
調理場にやってきた給仕係は遠慮するような言い方だった。
肉がないことが分かっているから、そんな態度になるのだろう。
「残念ですけど、在庫はないです」
「左様ですか。カタリナ様はトリュフを召し上がったことがあるそうで、トリュフと牛肉は合うのではと話されまして……雰囲気からマルクさんの料理をご所望なのだと感じました」
「状況は分かりました。ここからうちの仕入れ先が近いので、そこへ行って牛肉を分けてもらってきます」
こちらがそう告げると、給仕係の表情が見る間に明るくなった。
「非常に助かります。それではお願いしてもよろしいでしょうか?」
「はい、もちろん」
給仕係に返答を伝えてところで、エプロンを外して畳んだ。
「パメラさん、聞こえてましたよね」
「ええ。時間に余裕はありますから、行って頂いて問題ありません」
「ちょっとすいません。すぐに戻りますから」
俺はエプロンを調理台の脇に置いた後、自分の荷物から財布を手に取った。
足早に裏口に向かって歩いていく。
扉を開いて外に出ると、燦々と太陽が輝いていた。
「昼時でもセバスの店は開いてるんだったか」
いつもと違う時間に訪れるのは不安もあるが、まずは彼の店を訪れた方がいいだろう。
レストランの裏口を離れて、マーガレット通りの方へと歩いた。
セバスの店は目と鼻の先であり、短時間で到着できた。
「おおっ、マルクじゃないか。こんな時間にどうした?」
「例のレストランで注文があって、焼くのに適した牛肉がほしい」
「お前んとこに卸してるような焼肉向きの肉は在庫がないが、その条件ならいくつかあるな」
「少なくて悪いけど、量は二人分で頼むよ」
「ほい、了解」
セバスは真剣な表情で、店頭の肉を見繕っている。
陳列された品々の中で気になる部位が目に入った。
「そこのステーキ肉がいけそうなら、それを頼もうかな」
「ちょうど、同じことを考えたところだ」
彼はまな板に分厚い肉を乗せて、慣れた動作で肉を切った。
そして、その肉を包みに包んで差し出した。
「急いでんだろ。支払いは今度でいいから」
「ああっ、助かる。またな」
俺は肉を手にして、レストランへと引き返した。
4
お気に入りに追加
3,322
あなたにおすすめの小説
異世界で家族と新たな生活?!〜ドラゴンの無敵執事も加わり、ニューライフを楽しみます〜
藤*鳳
ファンタジー
楽しく親子4人で生活していたある日、交通事故にあい命を落とした...はずなんだけど...??
神様の御好意により新たな世界で新たな人生を歩むことに!!!
冒険あり、魔法あり、魔物や獣人、エルフ、ドワーフなどの多種多様な人達がいる世界で親子4人とその親子を護り生活する世界最強のドラゴン達とのお話です。
はぁ?とりあえず寝てていい?
夕凪
ファンタジー
嫌いな両親と同級生から逃げて、アメリカ留学をした帰り道。帰国中の飛行機が事故を起こし、日本の女子高生だった私は墜落死した。特に未練もなかったが、強いて言えば、大好きなもふもふと一緒に暮らしたかった。しかし何故か、剣と魔法の異世界で、貴族の子として転生していた。しかも男の子で。今世の両親はとてもやさしくいい人たちで、さらには前世にはいなかった兄弟がいた。せっかくだから思いっきり、もふもふと戯れたい!惰眠を貪りたい!のんびり自由に生きたい!そう思っていたが、5歳の時に行われる判定の儀という、魔法属性を調べた日を境に、幸せな日常が崩れ去っていった・・・。その後、名を変え別の人物として、相棒のもふもふと共に旅に出る。相棒のもふもふであるズィーリオスの為の旅が、次第に自分自身の未来に深く関わっていき、仲間と共に逃れられない運命の荒波に飲み込まれていく。
※第二章は全体的に説明回が多いです。
<<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>
異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。
転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」
転生テイマー、異世界生活を楽しむ
さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。
内容がどんどんかけ離れていくので…
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
ありきたりな転生ものの予定です。
主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。
一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。
まっ、なんとかなるっしょ。
悪役令息に転生したけど、静かな老後を送りたい!
えながゆうき
ファンタジー
妹がやっていた乙女ゲームの世界に転生し、自分がゲームの中の悪役令息であり、魔王フラグ持ちであることに気がついたシリウス。しかし、乙女ゲームに興味がなかった事が仇となり、断片的にしかゲームの内容が分からない!わずかな記憶を頼りに魔王フラグをへし折って、静かな老後を送りたい!
剣と魔法のファンタジー世界で、精一杯、悪足搔きさせていただきます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる