上 下
261 / 459
トリュフともふもふ

プレオープンと慣れない調理場

しおりを挟む
 町長の意識が高いこともあり、トリュフ料理の計画は着々と進んでいった。
 俺もパメラも自分の店があるため、頻繁に準備に顔を出すことはできず、あれよあれよという間にプレオープンの日を迎えた。

 現地の調理場に一通りの調理器具は用意されていると聞いたので、自分の店からは使い慣れた包丁だけ持参することにした。
 プレオープンの日はランチタイムということだったので、それに合わせて午前中に店へと向かった。

 正面の入り口から中に足を運ぶと、すでにテーブルと椅子の設置は済んでおり、いつでも営業できる状態だった。
 完成を祝うためなのか、村の関係者の姿がちらほらと目に入る。

「おはよう、マルクくん」

「おはようございます」

 町長に声をかけられて、思わずかしこまった態度であいさつをした。

「いよいよ、ここまでこぎ着けたよ。あとは料理人次第だ。よろしく頼む」

「はい」

 町長は笑顔でこちらの肩を叩いて去っていった。

 時間に余裕はあるものの、調理場を確認しておいた方がいいだろう。
 町の関係者の相手は町長に任せて、自分のやるべきことに備えておこう。

 ホールから調理場へ移動すると、白いシャツの上にエプロンを身につけた。
 作業の妨げにならない場所に荷物を置いて、持参した包丁を取り出す。
 
「お客の対応があるか読めないけど、清潔感はあった方がいいよな」

 近くに姿見はないので、目視で汚れやしわがないかを確認する。
 それが済んでから、調理器具の位置や食材の在庫を見て回った。

「ほとんど打ち合わせ通りに用意があるし、これなら数量に問題はないか」

 どうやら、俺が一番乗りだったようで、一人で確認するかたちになっている。
 来るのが早すぎたかと思いかけたところで、助手担当と思われる地元の人たちがやってきた。

 彼らと簡単なあいさつを終えると、今度はパメラがやってきた。
 彼女はそそくさと身なりを整えてから、まっすぐにこちらへ近づいた。
 
「お待たせしましたー。自分のお店に時間がかかってしまって」

 パメラは申し訳なさそうな表情を見せた。
 金色の長い髪を一つに束ねて、白いブラウスにエプロンを身につけている。 
 メイド服では動きにくそうなので、今日はいつもと異なる服装だった。

「在庫確認をしてただけなので、時間は大丈夫ですよ」

「そうでしたか。足りないものはなさそうですか?」

「大丈夫だと思います。こちらが事前に伝えた通りに用意してあります」

「お手伝いの皆さんとの顔合わせが初めてなのと、マルクさんと一緒に調理場で動くのも初めてですね」

 パメラは周囲を気遣う性格のため、不安を露わにしなかったが、緊張の色を読み取ることができた。

「できれば、もう少し下準備ができたらよかったですけど、この店の規模ならどうにかなりそうな気もします」

 俺の店もパメラの店も、普段はここよりも回転率が高い。
 幸いなことにトリュフ料理を出す高級志向であるため、質を求められることがあるとしても、数をこなすようになるとは考えにくい。

「マルクさんの落ちつきぶりを見ていたら、気持ちが落ちついてきました」

「そうですか? 大したことはしてませんよ」

「まあ、こんな時でも自然体なのですね」

 パメラは少し驚いた後、愉快そうに笑顔を見せた。
 それに影響されて、思わず笑ってしまった。
 俺と彼女の笑い声が調理場に響いた。
 
「あははっ、話を逸らしてしまいましたね。食事の下ごしらえを始めましょう」

「はい、そうですね」

 俺たちは二人で作業を分担して、それぞれに動き始めた。
 助手の人たちには調理器具や食器の配置を覚えてもらうのと、提供予定のメニューを把握する時間に充ててもらうようにした。

 ちなみにパメラとは息が合うようで、慣れない中でもやりづらい感じはなかった。

「――マルクさん、私の方は準備が完了しました」

「すいません、こっちはもう少しでペーストが出来上がるところです」

 注文ごとに作っていては時間がかかりすぎるため、ペーストは作り置きするかたちで準備をしている。
 先にジャガイモのポタージュを作ったことで、思ったよりも予定が押していた。

「時間はまだ大丈夫ですので、焦らないでくださいね」

「はい、ありがとうございます」

 パメラのさりげないフォローがありがたかった。
 ペーストはメインの一つなので、味つけをいい加減にはできない。

「……ちょっとだけコクが足りないか」

 完成形に近いのだが、味を確かめながらハチミツを少しずつ足していく。
 用意された材料はどれも質が高く、分量さえ上手くいけば完成度も高くなる。
 それと、トリュフを何度も味見できるのは役得であることに気がついた。

「……よしっ、これで十分だ。パメラさん、こっちもオッケーです」

「それでは、ホールの様子を見に行きますね」

「お願いします」

 今日は予行練習とお披露目を兼ねている。
 バラムを含めたランス王国の文化として、王都の式典でもない限りは時間を厳守するような傾向は見られない。
 この後の流れも何となく始まると予想していた。

「余裕を持って準備したし、よっぽど大丈夫だよな」

 最後にもう一度、ペーストの味を確かめたところでパメラが戻ってきた。

「今からホール担当の方が注文を取り始めるそうです」

「分かりました。もうすぐ始まるってことですね」

 助手の人たちは普通の町民なので、町長たちに料理を出すことに緊張を覚えているように見えた。

「複雑な手順はないですし、今日はそこまで数も出ないので、気楽にいきましょう」

「「はい!」」

 適度な緊張感と初顔合わせではあるものの、わりといい雰囲気に感じる。
 これならプレオープンはどうにかなりそうだと思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

知識を従え異世界へ

式田レイ
ファンタジー
何の取り柄もない嵐山コルトが本と出会い、なんの因果か事故に遭い死んでしまった。これが幸運なのか異世界に転生し、冒険の旅をしていろいろな人に合い成長する。

転生王女は現代知識で無双する

紫苑
ファンタジー
普通に働き、生活していた28歳。 突然異世界に転生してしまった。 定番になった異世界転生のお話。 仲良し家族に愛されながら転生を隠しもせず前世で培ったアニメチート魔法や知識で色んな事に首を突っ込んでいく王女レイチェル。 見た目は子供、頭脳は大人。 現代日本ってあらゆる事が自由で、教育水準は高いし平和だったんだと実感しながら頑張って生きていくそんなお話です。 魔法、亜人、奴隷、農業、畜産業など色んな話が出てきます。 伏線回収は後の方になるので最初はわからない事が多いと思いますが、ぜひ最後まで読んでくださると嬉しいです。 読んでくれる皆さまに心から感謝です。

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

捨てられた転生幼女は無自重無双する

紅 蓮也
ファンタジー
スクラルド王国の筆頭公爵家の次女として生を受けた三歳になるアイリス・フォン・アリステラは、次期当主である年の離れた兄以外の家族と兄がつけたアイリスの専属メイドとアイリスに拾われ恩義のある専属騎士以外の使用人から疎まれていた。 アイリスを疎ましく思っている者たちや一部の者以外は知らないがアイリスは転生者でもあった。 ある日、寝ているとアイリスの部屋に誰かが入ってきて、アイリスは連れ去られた。 アイリスは、肌寒さを感じ目を覚ますと近くにその場から去ろうとしている人の声が聞こえた。 去ろうとしている人物は父と母だった。 ここで声を出し、起きていることがバレると最悪、殺されてしまう可能性があるので、寝たふりをして二人が去るのを待っていたが、そのまま本当に寝てしまい二人が去った後に近づいて来た者に気づくことが出来ず、また何処かに連れていかれた。 朝になり起こしに来た専属メイドが、アイリスがいない事を当主に報告し、疎ましく思っていたくせに当主と夫人は騒ぎたて、当主はアイリスを探そうともせずに、その場でアイリスが誘拐された責任として、専属メイドと専属騎士にクビを言い渡した。 クビを言い渡された専属メイドと専属騎士は、何も言わず食堂を出て行き身支度をして、公爵家から出ていった。 しばらく歩いていると、次期当主であるカイルが後を追ってきて、カイルの腕にはいなくなったはずのアイリスが抱かれていた。 アイリスの無事に安心した二人は、カイルの話を聞き、三人は王城に向かった。 王城で、カイルから話を聞いた国王から広大なアイリス公爵家の領地の端にあり、昔の公爵家本邸があった場所の管理と魔の森の開拓をカイルは、国王から命られる。 アイリスは、公爵家の目がなくなったので、無自重でチートし続け管理と開拓を命じられた兄カイルに協力し、辺境の村々の発展や魔の森の開拓をしていった。 ※諸事情によりしばらく連載休止致します。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

転生キッズの魔物研究所〜ほのぼの家族に溢れんばかりの愛情を受けスローライフを送っていたら規格外の子どもに育っていました〜

西園寺若葉
ファンタジー
高校生の涼太は交通事故で死んでしまったところを優しい神様達に助けられて、異世界に転生させて貰える事になった。 辺境伯家の末っ子のアクシアに転生した彼は色々な人に愛されながら、そこに住む色々な魔物や植物に興味を抱き、研究する気ままな生活を送る事になる。

ブラック宮廷から解放されたので、のんびりスローライフを始めます! ~最強ゴーレム使いの気ままな森暮らし~

ヒツキノドカ
ファンタジー
「クレイ・ウェスタ―! 貴様を宮廷から追放する!」  ブラック宮廷に勤めるゴーレム使いのクレイ・ウェスターはある日突然クビを宣告される。  理由は『不当に高い素材を買いあさったこと』とされたが……それはクレイに嫉妬する、宮廷魔術師団長の策略だった。  追放されたクレイは、自由なスローライフを求めて辺境の森へと向かう。  そこで主人公は得意のゴーレム魔術を生かしてあっという間に快適な生活を手に入れる。    一方宮廷では、クレイがいなくなったことで様々なトラブルが発生。  宮廷魔術師団長は知らなかった。  クレイがどれほど宮廷にとって重要な人物だったのか。  そして、自分では穴埋めできないほどにクレイと実力が離れていたことも。  「こんなはずでは……」と嘆きながら宮廷魔術師団長はクレイの元に向かい、戻ってくるように懇願するが、すでに理想の生活を手に入れたクレイにあっさり断られてしまう。  これはブラック宮廷から解放された天才ゴーレム使いの青年が、念願の自由なスローライフを満喫する話。 ーーーーーー ーーー ※4/29HOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝! ※推敲はしていますが、誤字脱字があるかもしれません。 見つけた際はご報告いただけますと幸いです……

処理中です...