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クレイフィッシュの誘惑

湖上の決着と料理の報酬

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 あっけない幕切れに誰もが静かになっていた。
 今もシーマンティスの残骸から、くすぶるような煙が上がっている。
 氷が張ったままの湖面を歩いて船に戻った。

「……アデルさんがやってくれましたな」

 俺が腰を下ろしたところで、ガストンがぼそりと言った。

「ガストンさんたちはアデルに頼んで正解でしたよ。彼女は優れた魔法使いなので」

「マルクさんとハンクさんがやつを引きつけたおかげもあるでしょう。とにかく、皆さんには感謝してもしきれません」

 ガストンは感極まっている様子だった。

「これ、船が漕げませんけど、岸まで戻れそうですか?」

「少し難しいです。申し訳ありませんが、魔法で氷を解かしてもらうことはできますか?」

「はい、お安いご用です」

 俺はサスペンド・フレイムを唱えて、氷の表面に炎の熱を当てた。
 すると、徐々に氷が溶けて水面が顔を出した。

「ありがとうございました。あとはパドルで氷を割って進めば、問題ありません」

「そうですか、岸までお願いします」

 ガストンは流氷を砕いて進む砕氷船のように、氷が浮かぶ水面を突き進んでいった。
 やがて小島の周辺から、アデルの待つ岸へと到着した。
 
「おかえりなさい! 私の活躍はどうだったかしら」

「膠着状態だったので、すごく助かりましたよ」

「魔法ではアデルに勝てそうにねえな」

 俺とハンクの感想を聞いて、アデルは気分をよくしている。
 
「アデルさん、本当にありがとうございました」

「来て頂いてありがとうございました」 

 ガストンとエリクが深々と頭を下げていた。
 それを見たアデルは偉ぶる様子もなく、彼らの方を向いた。 

「私は冒険者ではないけれど、約束は果たすわ。報酬のクレイフィッシュは食べさせれくれるだろうし、ギブアンドテイクってところよ」

 彼女は手の動きで頭を上げるようにガストンとたちに促した。

「それはもちろんです。今からご用意するのは難しいので、明日の昼はいかがでしょうか?」

「マルクの予定は大丈夫なの?」

「はい、明日も定休日なので、二日後に間に合えば構いません」

「そう、それなら明日の昼にお願いするわ」

 シーマンティスの件は解決を見せた。
 それから俺たちはガストンに用意された宿に泊まった。



 翌日の昼頃。
 ガストンに指定された場所へ行くと、漁師らしき人たちの姿があった。 
 湖畔の漁師小屋のようなところで、壁はなく風が吹き抜けている。

「お三方、こんにちは!」

 俺たちの存在に気づいたガストンが声をかけてきた。
 それに合わせて、他の人たちもざわざわし始めた。

「ありがとうございました!」

「あんたたちはこの町の英雄だ!」

「好きなだけクレイフィッシュを食べていってくれ!」

 そんな呼びかけが方々から聞こえてくる。
 このように歓迎されるのは気持ちのいいものだと思った。

「ささっ、こちらへどうぞ」

 俺たちは用意された椅子に座るように促された。
 
「どうも、座らせてもらいます」

「なかなかの歓迎っぷりだな」

 俺とハンクが腰かけた後、アデルは立ったままだった。

「クレイフィッシュはどこかしら?」

「もちろん、ご用意しています」

「ガスさん、もう持ってきてもいいか?」

「ああっ、頼む」

 ガストンとエリクのやりとりが聞こえて、エリクが漁具のようなカゴを運んできた。

「あそこに入っているのは、新鮮なクレイフィッシュです」

 エリクはそのまま俺たちの方に近づくと、カゴを開いて中を見せた。
 彼はそのうちの一匹を掴んで持ち上げた。

「ほら、こんな感じで元気なんですよ」

「わっ、すごいわね」

 鮮度抜群のクレイフィッシュがエリクの手から逃げようとしている。  
 俺自身はほとんど見たことがなかったのだが、日本のイセエビのように朱色の殻ではなく、灰色の胴体に縞模様が広がっている。

「エリク、早速皆さんに振る舞って差し上げよう」

「ああっ、分かった」

 近くにレンガを組み合わせた焼き台があり、その上に焼き網がセットされている。
 エリクは近くのまな板でクレイフィッシュを豪快に二分すると、一つずつその網へと乗せた。

「マルクさん、ハンクさん。どんどん乗せちゃいますね」

「はい、頼みます」

「おう、よろしく頼む」

 大ぶりのクレイフィッシュの殻は頑丈に見えるのだが、エリクは次々に半分に割っていった。
 それらが網の上で焼かれると、香ばしい匂いが辺りに立ちこめた。 

「うーん、すごくいい匂いがするわ」

「やっぱり、こういうのが好きなんですね」

「今回は海で育った季節限定のエビよ。好きに決まっているわ」

 アデルはかなりテンションが上がっている。
 彼女にはとても世話になっているので、デール湖の件で多少は役に立ててよかったと思った。

「皆さん、お酒はいける口で?」

 クレイフィッシュが焼き上がるのを待っていると、ガストンの仲間の男が声をかけてきた。

「はい、飲めます」

「おれもいけるな」

「もちろん、私も」

 俺たちが答え終えると、彼はうれしそうな笑顔になった。

「よしっ、そうこなくっちゃ!」

 その反応からして、何となくどうなるか予想がついたが……。

「地元のエールだ。よかったら飲んでくださいな」

 中ぐらいのジョッキに入ったエールが三人分用意された。
 もちろん、俺たちはそれを受け取った。

「もうそろそろ、こっちのエビが焼ける頃だな」

 ガストンはそう言って、いつの間にか手にしたジョッキを掲げた。

「デール湖のシーマンティスを退治した皆さんの健闘を讃えて!」

「「「うぉーい!!」」」

 漁師風の乾杯が始まった後、次々と焼き上がったクレイフィッシュが運ばれてきた。
 甲殻類は加熱すると押しなべて赤くなるようで、これも同じような見た目だった。

「どんどん食べてください」

「漁師の皆さんはエールだけですか?」

「わしらは地魚を向こうで焼いてます」

 ガストンの示す方向には、もう一つの焼き台が設置されていた。

「なるほど」

「よかったら、魚もお出しできるので、遠慮なく言ってください」

「はい、ありがとうございます」

 ガストンと話していると、アデルはすでにクレイフィッシュにかぶりついていた。
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