上 下
245 / 452
クレイフィッシュの誘惑

湖に隠された秘密

しおりを挟む
 自前の船が沈んだこともあり、ガストンはへたりこんで動けないままだった。
 キングクレイフィッシュとは何であるか問いかけたかったが、彼が平静を取り戻すまで待つことにした。

「……すみません、お見苦しいところを」

 俺とハンクが見守っていると、少ししてガストンは立ち上がった。

「とんでもないです。ガストンさんの操船技術のおかげで事なきを得ましたから」

「そんな、とんでもない。がむしゃらに漕いだら、どうにか逃げ切れました」

 俺も一定の動揺が残っているのだが、ガストンの顔は青ざめていた。
 湖の漁ならばそこまでの危険は伴わないはずなので、あんな場面に遭遇すれば当然の反応だろう。

「ところで、聞こえてしまったんですけど、キングクレイフィッシュって何ですか?」

「あっ、わしとしたことが……。我を忘れて口にしていましたか」

 ガストンはバツの悪そうな顔を見せた後、開き直るように吐露した。

「さっき見た通り、調査と討伐には危険が伴います。あのクレイフィッシュについて、知っていることがあれば教えてください」

「今更になってしまいましたが、お話ししましょう。昔からの言い伝えで、湖周辺のどこかにクレイフィッシュの王が潜む洞穴があると言われていました」

「それは伝承みたいなものですか?」

 こちらがたずねると、ガストンはしっかりと頷いた。

「よくある昔話だと、地元の人間で真に受ける者はほとんどいないようなものでした。ただ、レストルを訪れた旅人の一人が、湖に浮かぶ小島に空いた穴を訪れてから、次第に状況が怪しくなりました」

 ここからもそれしき島は見えるが、そんな穴があるようには見えない。
 デール湖は汽水湖なので、潮の満ち引きで入れる場所なのだろう。

「おそらく、封印されていたか、眠りについていたキングクレイフィッシュを起こしてしまったのでしょう。地元の人間はあそこに入ろうという発想がないので、対応が後手に回ってしまいました」

 後悔するような漁師頭の様子にいたたまれない気持ちになる。

「ガストンさん、起きてしまったことはどうしようもないので、これからどうするか考えましょう」

「そうだ、まだ何とかなるかもしれねえ。もう少し対策を考えようぜ」

「お二人とも……ありがとうございます」

 ガストンは深々と頭を下げた。
 俺やハンクの存在で少しでも気が楽になればと思った。

 それから、俺たちは陸で待機しているアデルのところに向かった。

「おう、バカでかいクレイフィッシュが見えたぜ」

「おかえりなさい。それで、退治できたの?」

「いや、船が沈められて、命からがら逃げてきたってところだ」

 ハンクの答えを聞いて、アデルは小さく首を傾けた。

「あなたが一緒にいて、そんなこともあるのね」

「ただのクレイフィッシュとは思えないほど狡猾でしたよ。捕まえるにしろ、退治するにしろ、もう少し話し合った方がよさそうです」

 ハンクの話に補足するように伝えると、アデルが納得したような表情を見せた。

「なかなか厳しい相手みたいね。マルクの言う通り、作戦が必要なのかしら」

「お三方、エリクに報告したいので、さっきの建物に戻ってもよいですか?」

「はい、もちろん」

 俺たちは来た道を引き返して、エリクを待たせている建物に戻った。

「ガスさん、どうだった?」

 室内に足を運ぶと、エリクが椅子から立ち上がって近づいてきた。
 期待と不安が入り混じるような表情をしている。

「……いや、見つけることはできたんだが」

「うん、そうなんだ」

 俯き加減のガストンを見て、エリクは何があったかを悟ったようだった。

「あんたらも大変だと思うが、あんなクレイフィッシュを放置するわけにはいかねえ。何とかした方がいいだろ」

「俺も同じ意見です。今は水中から出ないですけど、陸に上がる可能性もゼロじゃない。非常に危険なモンスターだと思います」

 俺とハンクが順番に発言すると、ガストンとエリクは互いの顔を見合わせた。

「……この方たちの力を借りて、何としてでもやつを退治しよう。それでもダメだった時は湖が封鎖になることも覚悟しなければいけないな」 
 
 少しの間を置いて、ガストンが渋い表情で口を開いた。
 漁業が生活の糧である以上、そんなことは考えたくないはずだ。
 それでも、現実を直視して向き合おうとしている。

「できればそうしてくれ。おれが関わった件で犠牲が出るのは胸くそが悪い」

「もしもの時は王都の力を借りるようにします」

 ガストンの言葉は重たく、大きな意味を持つように感じられた。

「とりあえず、それは最終手段ということで、俺たちで何とかできないか話し合いましょう」

「私も賛成よ。モンスターの知恵に人やエルフが負けるなんておかしいもの」

「皆さんに来て頂けて、とても心強いです」

 エリクは感極まるように涙ぐんでいた。

「おいおい、泣くのは成功してからでいいんじゃねえか」

「はい、すいません」

 ハンクは言葉とは裏腹に優しい言い方をしていた。

「それで質問なんですけど、あのクレイフィッシュが出没する場所に規則性はありませんか?」

 俺はガストンとエリクに問いかけた。

「例の小島に空いた穴が巣みたいで、あそこから出入りしている可能性が高いです」   

「その近くまで行くことはできそうですか?」

「潮の満ち引きに合わせる必要はありますが、時間が合えば中に入れます」

 ガストンがしっかりした声で言った。

「回遊していたら見つけるのは難しくなるので、今度は待ち伏せするかたちでいきましょう」

「マルクの意見に賛成だ。不意打ち食らうのはまずいが、待ち伏せできるなら、状況が変わってくる」

 次の方針が決まってくると、ガストンの顔に生気が戻るのが感じられた。
 キングクレイフィッシュの存在が未知数だからこそ、できるだけのことは試してみたいと思った。


 あとがき
 漁師頭の名前がビクトル→ガストンに変更になっています。
 読む際に違和感などございましたら、申し訳ありません。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

なんか最初から無双してるやつの物語

桜庭琳太郎
ファンタジー
面白いぜ!なんか途中から主人公変わるけど!

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

【完結】ちょっと待ってくれー!!彼女は俺の婚約者だ

山葵
恋愛
「まったくお前はいつも小言ばかり…男の俺を立てる事を知らないのか?俺がミスしそうなら黙ってフォローするのが婚約者のお前の務めだろう!?伯爵令嬢ごときが次期公爵の俺に嫁げるんだぞ!?ああーもう良い、お前との婚約は解消だ!」 「婚約破棄という事で宜しいですか?承りました」 学園の食堂で俺は婚約者シャロン・リバンナに婚約を解消すると言った。 シャロンは、困り俺に許しを請うだろうと思っての発言だった。 まさか了承するなんて…!!

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

影の筆者と秘密の地図

マッシー
ミステリー
著名ながら謎に包まれた作家、ジェイコブ・ハート。彼は古い街で古びた屋敷を見つけ、そこで不思議な女性に出会う。彼女は地図を手渡し、新たな物語の始まりを予告する。ジェイコブは地図の示す場所へ向かい、秘密に満ちた冒険が展開する。彼の執筆と現実が交錯し、読者もその魔法に惹きこまれていく。やがて彼は突然姿を消すが、彼の作品と謎は後世に語り継がれるのだった。

処理中です...