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異国の商人フレヤ

ぎこちない距離の二人

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 それから、しばらく雑談した後、流れで解散した。

 エスカとシリルが帰ったところで、フレヤが残ったままだった。
 先ほどからどこか様子に違和感があった。
 何か悩みでも抱えているのだろうか。

「フレヤ、何かいつもと違う気がするけど」

「そうかな? いつも通りだと思うよ」

「もしかして、俺に何か用事があった?」

 フレヤは椅子に座っていて、俺は立ったままだったので、同じように椅子に腰かけた。

「エスカがいると話しにくかったんだけど、明日時間があれば、一緒に出かけようかなと思って」

「あっ……ああっ、そういうこと」

「たぶん、エスカはマルクのことが――」

「はい、ストップ。それ以上は言わない方がいいかなと」

 フレヤが何を言おうとしているのか、最後まで聞くまでもなかった。
 ただ、それよりも彼女の口から聞きたくなくて、気づけば遮っていた。

「いや、何ていうか……気まずくしたいわけじゃないので」

 いたたまれない気持ちになり、言葉を絞り出した。

「……うん、分かってる」

 フレヤは椅子に座ったまま俯いていた。  
 その様子から複雑な感情を抱いていることが想像できた。

 店の前の道は人通りがまばらで、辺りを静寂が包んでいた。
 営業中の忙しさ、フレヤの気軽なノリがないと、彼女を異性として意識してしまう自分を無視できないことに気づかされる。

「そ、それで出かける話でしたよね」

「うん、そうだね」

 話題が振り出しに戻ったようなやりとりだった。
 彼女とこんなぎこちない会話をしたのは初めてだ。 

「どこか、行きたいところはある?」 

 俺は気を取り直して、フレヤにたずねた。

「行き先は決まってないけど、目的は珍しい食材探し。定休日は二日だけだから、そんなに遠くにはいけないと思うんだ。あとは美味しいものを食べに行くのもよさそうだよね」

「最近は情報を仕入れてないから、候補はないんだよなあ」

 俺は腕組みをして、うーんと唸るように言った。

「しばらくお店を手伝って分かったけど、セバスのところのお肉はいいから、すぐには停滞しないと思う。でも、食材を充実させれば遠くから足を運ぶ人が出てくるはずだし、もっと可能性が広がるような気がするんだよね」

「実は同じようなことを考えてたところで……最近は売上も好調で、焼肉で繁盛させることが中心でしたけど」

 多忙な日々で忘れかけていたが、心の底から冒険が好きなのだ。
 だからこそ、レア食材の調達は趣味と実益を兼ねたフィールドワークになる。

「焦って考えなくてもいいと思うけど、二日の間にどこか探しに行ってみたいよね」

「今日は疲れてるだろうし、この辺で解散にして……明日の朝に予定を決めても、まだ時間はあると思うから」

「うん、そうだね。連勤は疲れるものだよ」

 フレヤは椅子から立ち上がると、両腕を真上に突き出して伸びをした。

「じゃあ、また明日」

「じゃあねー」

 フレヤは普段より少し重たげな足取りで去っていった。
 遠ざかる背中を見送りながら、彼女への気持ちを確かめていた。  



 翌朝。いつも通りに出勤するようなかたちで店に来ていた。
 定休日だというのに落ちつかず、気づけば掃き掃除をしている自分がいた。

「やれやれ、完全に習慣化されてるな」

 苦笑交じりに掃除を終えると、屋根の下のテーブル席に腰を下ろした。
 朝方は気温が上がりきらず、日の当たらない場所は肌寒いほどだった。
 
「ここは、ハーブティーでもいれるか」

 俺は店内の厨房に入ると、小鍋で湧き水を沸かした。
 密封容器から適当にハーブを見繕って、鍋の中のお湯を用意したカップに注ぐ。

「うん、いい香りだ」

 準備ができたところで、カップを手に取って椅子へと戻る。
 気温の低さも相まって、湯気が立ちのぼって流れていく。

 椅子に座ったまま、ハーブティーをすすってぼんやりしていると、とてもくつろげるような心地になった。
 そのうち、フレヤが来るはずだが、それまではゆったりと時間を使おうと思った。

 マーガレット通りの方に比べてこの辺りは静かで、この瞬間は自分だけの時間がすぎていくようだ。
 さわやかな空気と透き通った感触に浸るように、頭の中がすっきりしていく。

 それから、どれぐらい時間が経っただろう。
 敷地の方に人が近づく気配に気づいて、現実に引き戻されるような感覚を覚えた。

「マルク、おはよう」

「やあ、おはよう」

 足音のする方に顔を向けると、フレヤがこちらに歩いてくるところだった。
 彼女はテーブル席に近づいて、そのまま椅子に腰かけた。

「旅の目的地なんだけどさ、この町への道中で美味しそうな肉料理を見かけることがあったから、そこに行ってみるのはどうかな?」

 フレヤはいつも通りの無邪気な笑みを見せて、こちらに問いかけた。
 彼女の提案は魅力的で興味を引かれる内容だった。

「へえ、そんな料理があるとは知らなかった。できたら行ってみたいけど、どれぐらいの距離?」

「うーん、歩くとちょっと遠いかも」

「そうか……フレヤは馬に乘ることはできる?」

「子どもの頃に何度か乗ったことがあるから、すぐに感覚は戻ると思う」

 二人で話しながら、頭の中で計算する。
 馬車を使うのもありだが、急な申し出では確保できない可能性が高い。
 そうすると、ギルド経由で馬を借りる方が無難だろう。

「ちなみに荷物はどうする? フレヤは軽装だけど」

 目的地が決まってなかったとはいえ、俺自身は手ぶらに近い状態だった。
 久しぶりの休日でうっかりしていた。

「私は旅慣れてるから、この量の荷物で二日、三日は大丈夫」

「そうか。出発前に部屋に行って、荷物を取ってくるから、少し待っててもらってもいい?」

「ここで待ってるから、気にしないで」

 フレヤは明るい表情を崩さぬまま、こともなげに言った。

「ごめん、すぐに戻るから」  

 そそくさと店の敷地を出ると、自宅へと小走りで向かった。


 あとがき
 以前、コスタに行く際、マルクはアデルの馬を使わせてもらいました。
 それ以降は彼女に返したので、今回はギルド関係で融通してもらいやすい馬を使おうとしています。
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