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異国の商人フレヤ
シリルの新たな挑戦
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気づけばシリルが働くようになってから、約一ヶ月が経過していた。
すっかり店になじんでおり、貴重な戦力となっている。
今日も何ごともなく営業が終了して、昼食後のティータイムを満喫していた。
仕事が終わってから、シリルと何かを飲みながら世間話をすることが多かった。
特に申し合わせることなく、流れで話すようになっていて、時にはエスカやフレアが参加することもあった。
「マルクさん、実は新しいメニューが思い浮かんだのですが、提案してみてもいいですか?」
「えっ、すごいね? そこまでやる気があるなんて」
「それほどでもありません」
シリルは照れくさそうに頭をかいた。
「ちなみにどんな料理?」
「いつも店では、肉と野菜を別々に出していますが、野菜を肉で巻いた状態で提供するというのはいかがでしょう?」
彼の言い方からは謙遜するような気持ちが伝わってきた。
提案など慣れてはいないだろうから、勇気がいることだったと思う。
「いいんじゃないかな。面白いと思う」
「そうですか、ありがとうございます!」
こちらの言葉を聞いて、シリルはうれしそうな笑顔を見せた。
「試作がしてみたいけど、今は使える食材がないから、明日以降に試してみよう」
「分かりました。よろしくお願いします」
この日は二人で雑談をして、区切りのいいところで解散となった。
シリルの提案があってから数日後。
営業を終えた後のテーブル席には、俺とフレヤ、シリルの三人がいた。
エスカは冒険者の依頼があって不在だが、フレヤは新しいメニューに興味を持ったため、同席しているというかたちだ。
「お待たせしました。準備ができたので、焼いていこうと思います」
すでに鉄板は加熱してあり、牛肉の野菜巻きは用意してあった。
シリルは創意工夫を凝らして、串焼きに使う串に間隔を空けて肉を巻いたものを刺すことで肉と野菜を留めている。
事前の説明では、ネギやニンジンにアスパラガスなどを使っているという。
「面白い料理だよ。完成するのが楽しみ」
「シリルはすごいな。なかなか思いつかないアイデアだ」
「いえいえ、それでは始めていきます」
シリルは野菜巻きの刺さった串を持って、鉄板の上に一つずつ置いていった。
牛バラ肉を使っているため、熱が通るほどに脂がしみ出てくる。
ランス王国では串焼きは珍しいものではないものの、こういった食べ方は見たことがないので、新鮮さがお客の興味を引きそうな気がした。
「それで味つけはどうするんだっけ?」
「はい。マルクさんお気に入りのタレに柑橘類を刻んだものと砂糖を入れて、味を変えたものをかけます」
シリルは取っ手のついた容器を掲げてみせると、中身を野菜巻きにかけていった。
さわやかで甘さを含んだ匂いが広がっていく。
「うわー、いい香りがする」
フレヤは待ち遠しいと言わんばかりの様子だった。
これから昼食なので、お腹が空いているのだろう。
「マルクさんが自分用に料理している時に、この調味料の使い方を覚えました」
「ははっ、意外にちゃっかりしてる」
「いえ、美味しそうだなと思いまして」
シリルは恥ずかしそうな様子で、伏し目がちに言った。
彼はテーブルに容器を置くと、手袋をはめて串を回し始めた。
「火の通り加減もだいぶ分かってきた感じ?」
「はい、お客さんの食べるところや、マルクさんが肉を焼いてくれるのを見ているうちに自然と覚えることができました」
シリルは俺と話しながらも、串を握って焼け具合を確かめている。
料理に集中している時は凛々しい表情になり、普段の頼りなさを忘れてきたかのような佇まいだった。
そんな彼の様子を見守るうちに、野菜巻きが完成した。
「マルクさん、火はもう消してもらって大丈夫です」
「うん、分かった」
俺はシリルに言われて、サスペンド・フレイムの火を落とした。
まだ余熱が残っているため、鉄板からは肉の焼ける音がする。
「これから、串から外していきますね」
シリルは肉の刺さった串を全て皿に移して、フォークを使って肉を外した。
彼の手際はよく、野菜巻きが次々と皿の上に並んでいった。
「これがマルクさんの分、こっちはフレヤさんの分です」
「ありがとー」
「これはいい出来だ。早速、食べてみよう」
「はい、どうぞ」
ナイフとフォークを使って半分に切ると、断面にはニンジンが見えた。
まずはその一切れを口へと運ぶ。
「うん、これは美味しい。全体的に甘めの味つけだけど、しつこい感じはしない」
「うんうん、美味しいよ。面白い味がするね」
俺とフレヤの感想を聞いて、シリルはホッとしたような顔を見せた。
そんな彼には気の毒なのだが、大事なことを伝えなければならない。
「これはすごく美味しいんだけど、メニューとしては難しいかもしれない」
「……どこがダメでしたか?」
シリルは不安げな顔でたずねてきた。
「広い意味では焼き肉として出せるけど、これだと店の人間が調理を手伝わないといけないから、今のお客に焼いてもらうスタイルから離れてしまう」
「ああっ、そうか。そこまで気づきませんでした」
落ちこみかけた彼の様子を見て、フォローのために考えた話を始める。
「ああっ、でもダメなわけではないよ。それこそ、故郷の村で食堂を手伝うつもりなら、そこで出してみるとよさそうな気がする」
「えっ、いいんですか?」
「それはもちろん。シリルが考案したわけでだし、俺が口を出すことじゃない」
シリルの顔がにわかに明るくなり始めた。
だがしかし、何かに気づいたように固まった。
「……肉の仕入れはどうしましょう。肉の質が担保されないと同じ味を出し続けるのは難しいです」
「それなら、市場のセバスに頼んでおこう。村の食堂で使う分を配達するだけなら、そんなにコストはかからない。配達することで増える費用はしばらく俺の方で持つよ」
こちらの申し出を聞いたシリルは目を白黒させた。
「……そこまでして頂いて、本当にいいんですか?」
「シリルのおかげでだいぶ助かったから、それぐらいお礼をさせてほしい。さっきの料理に人気が出て儲けることがあれば、かかった費用を支払ってくれてもいい」
「分かりました。頑張ります」
そう答えたシリルの瞳に力強い決意の色を垣間見ることができた。
すっかり店になじんでおり、貴重な戦力となっている。
今日も何ごともなく営業が終了して、昼食後のティータイムを満喫していた。
仕事が終わってから、シリルと何かを飲みながら世間話をすることが多かった。
特に申し合わせることなく、流れで話すようになっていて、時にはエスカやフレアが参加することもあった。
「マルクさん、実は新しいメニューが思い浮かんだのですが、提案してみてもいいですか?」
「えっ、すごいね? そこまでやる気があるなんて」
「それほどでもありません」
シリルは照れくさそうに頭をかいた。
「ちなみにどんな料理?」
「いつも店では、肉と野菜を別々に出していますが、野菜を肉で巻いた状態で提供するというのはいかがでしょう?」
彼の言い方からは謙遜するような気持ちが伝わってきた。
提案など慣れてはいないだろうから、勇気がいることだったと思う。
「いいんじゃないかな。面白いと思う」
「そうですか、ありがとうございます!」
こちらの言葉を聞いて、シリルはうれしそうな笑顔を見せた。
「試作がしてみたいけど、今は使える食材がないから、明日以降に試してみよう」
「分かりました。よろしくお願いします」
この日は二人で雑談をして、区切りのいいところで解散となった。
シリルの提案があってから数日後。
営業を終えた後のテーブル席には、俺とフレヤ、シリルの三人がいた。
エスカは冒険者の依頼があって不在だが、フレヤは新しいメニューに興味を持ったため、同席しているというかたちだ。
「お待たせしました。準備ができたので、焼いていこうと思います」
すでに鉄板は加熱してあり、牛肉の野菜巻きは用意してあった。
シリルは創意工夫を凝らして、串焼きに使う串に間隔を空けて肉を巻いたものを刺すことで肉と野菜を留めている。
事前の説明では、ネギやニンジンにアスパラガスなどを使っているという。
「面白い料理だよ。完成するのが楽しみ」
「シリルはすごいな。なかなか思いつかないアイデアだ」
「いえいえ、それでは始めていきます」
シリルは野菜巻きの刺さった串を持って、鉄板の上に一つずつ置いていった。
牛バラ肉を使っているため、熱が通るほどに脂がしみ出てくる。
ランス王国では串焼きは珍しいものではないものの、こういった食べ方は見たことがないので、新鮮さがお客の興味を引きそうな気がした。
「それで味つけはどうするんだっけ?」
「はい。マルクさんお気に入りのタレに柑橘類を刻んだものと砂糖を入れて、味を変えたものをかけます」
シリルは取っ手のついた容器を掲げてみせると、中身を野菜巻きにかけていった。
さわやかで甘さを含んだ匂いが広がっていく。
「うわー、いい香りがする」
フレヤは待ち遠しいと言わんばかりの様子だった。
これから昼食なので、お腹が空いているのだろう。
「マルクさんが自分用に料理している時に、この調味料の使い方を覚えました」
「ははっ、意外にちゃっかりしてる」
「いえ、美味しそうだなと思いまして」
シリルは恥ずかしそうな様子で、伏し目がちに言った。
彼はテーブルに容器を置くと、手袋をはめて串を回し始めた。
「火の通り加減もだいぶ分かってきた感じ?」
「はい、お客さんの食べるところや、マルクさんが肉を焼いてくれるのを見ているうちに自然と覚えることができました」
シリルは俺と話しながらも、串を握って焼け具合を確かめている。
料理に集中している時は凛々しい表情になり、普段の頼りなさを忘れてきたかのような佇まいだった。
そんな彼の様子を見守るうちに、野菜巻きが完成した。
「マルクさん、火はもう消してもらって大丈夫です」
「うん、分かった」
俺はシリルに言われて、サスペンド・フレイムの火を落とした。
まだ余熱が残っているため、鉄板からは肉の焼ける音がする。
「これから、串から外していきますね」
シリルは肉の刺さった串を全て皿に移して、フォークを使って肉を外した。
彼の手際はよく、野菜巻きが次々と皿の上に並んでいった。
「これがマルクさんの分、こっちはフレヤさんの分です」
「ありがとー」
「これはいい出来だ。早速、食べてみよう」
「はい、どうぞ」
ナイフとフォークを使って半分に切ると、断面にはニンジンが見えた。
まずはその一切れを口へと運ぶ。
「うん、これは美味しい。全体的に甘めの味つけだけど、しつこい感じはしない」
「うんうん、美味しいよ。面白い味がするね」
俺とフレヤの感想を聞いて、シリルはホッとしたような顔を見せた。
そんな彼には気の毒なのだが、大事なことを伝えなければならない。
「これはすごく美味しいんだけど、メニューとしては難しいかもしれない」
「……どこがダメでしたか?」
シリルは不安げな顔でたずねてきた。
「広い意味では焼き肉として出せるけど、これだと店の人間が調理を手伝わないといけないから、今のお客に焼いてもらうスタイルから離れてしまう」
「ああっ、そうか。そこまで気づきませんでした」
落ちこみかけた彼の様子を見て、フォローのために考えた話を始める。
「ああっ、でもダメなわけではないよ。それこそ、故郷の村で食堂を手伝うつもりなら、そこで出してみるとよさそうな気がする」
「えっ、いいんですか?」
「それはもちろん。シリルが考案したわけでだし、俺が口を出すことじゃない」
シリルの顔がにわかに明るくなり始めた。
だがしかし、何かに気づいたように固まった。
「……肉の仕入れはどうしましょう。肉の質が担保されないと同じ味を出し続けるのは難しいです」
「それなら、市場のセバスに頼んでおこう。村の食堂で使う分を配達するだけなら、そんなにコストはかからない。配達することで増える費用はしばらく俺の方で持つよ」
こちらの申し出を聞いたシリルは目を白黒させた。
「……そこまでして頂いて、本当にいいんですか?」
「シリルのおかげでだいぶ助かったから、それぐらいお礼をさせてほしい。さっきの料理に人気が出て儲けることがあれば、かかった費用を支払ってくれてもいい」
「分かりました。頑張ります」
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