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異国の商人フレヤ
賑やかな店とマルクの喜び
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正直なところ、客の入りがどうなるかは予想できなかった。
見通しを立てるのが得意そうなフレヤも、具体的な数字は読めないと話していた。
事前情報としては店の前を通れば改装していたことは分かることだし、そのために臨時休業することを伝えてあった。
そんな中で迎えた新装開店の時。
緊張を覚えながら店を開くと、常連客を中心にすぐさま集まってきた。
瞬く間にテーブルは五つとも埋まり、入りきらないお客は予備の鉄板と焼き台を設置したスペースを使ってもらうことにした。
フレアはテーブルごとに注文を取り、俺が肉と野菜のセットを運んでいった。
経験したことのないようなペースで、用意した食材が出ていく。
「こいつは立派な店になったもんだ! 開店当初からの常連としては感慨深い」
「ほほう、今日は肉だけじゃなくて、焼き野菜にも気合が入ってるな」
「お手伝いのお嬢ちゃんはなかなかの美人じゃな。マルクも隅に置けんのう」
常連客たちはおしゃべりに夢中で楽しんでくれているようだ。
店内はこれまでにないほどの賑わいを見せており、とてもうれしい気持ちだった。
いつまでも浸っていたくなるような心地よい空気が流れていた。
「ほらほら、足が止まってるよ」
「ああっごめん、店の様子を目に焼きつけておきたくて」
席の全体が見える位置で立っていると、威勢のいいフレヤの声が飛んできた。
彼女は忙しいのに慣れているようで、店内をきびきびと動いている。
「まあ、気持ちは分からないでもないけどね」
「それはどうも」
フレヤは同意を示すように言った後、トレーを片手に歩いていった。
彼女の背中を見送ると、見慣れた人影がこちらへやってきた。
「マルクさん、すごいですね。こんなに人がいっぱいなんて」
「エスカ、どうしたんだ?」
「近くを通りがかったら忙しそうだったので、よかったらお手伝いしますよ」
彼女にも新装開店の日は伝えてあったので、様子を見にきたのかもしれない。
日頃から助けられてばかりだが、その心遣いがありがたかった。
「今は人手がほしい、ぜひ頼む」
「はい、喜んで」
エスカは店内に置いてある彼女専用の前掛けを身につけると、フレヤと共に食器運びや接客を始めた。
二人の間に何やら緊迫した空気をわずかに感じたが、どちらも目の前の仕事に切り替えたように見えた。
「あれ、店の外に何人か立ってるな。もしかして、席が空くのを待ってるのか……」
すでに五組以上入っているのに、待ちが出ることは予想を超えていた。
ここが日本だろうと異世界だろうと、そのまま放っておくわけにはいかない。
ひとまず、声をかけておいた方がいいだろう。
「――すみません、満席なので時間がかかりそうです」
そそくさと敷地の外に出て、待っている人たちに向けて伝えた。
反応はまちまちで諦めたように去っていく人もいれば、気にしない様子で動かない人もいるような状況だった。
「通りを歩いてたらいい匂いがしてきて、外から覗いたら美味そうな肉を食べてるじゃねえか。バラムにこんな店があったんだな」
「設備に金かかってそうだが、また食べに来るから頑張って続けてくれよ」
様々な意見が飛び交っていたが、どれも好意的なもので胸が熱くなった。
感情が高まるのを抑えつつ、伝えておくべき言葉を考える。
「ありがとうございます! よかったらまた来てください。お待ちのお客さんはもう少しお待ちください。席が空いたらすぐにご案内します」
俺が対応していると、エスカが椅子を持ってきてくれた。
何脚か抱えていて少し重そうだが、冒険者をしているだけあって腕っぷしは強いようだ。
「マルクさん、これを使ってください」
「さすがだ、ありがとう」
そのまま待つ様子の人たちに椅子を差し出して、順番に並んでもらうようにした。
バラムの人たちは温厚な人が多いので、我先にとならなかったことに助けられた。
これからは待ちが多くなった時のことも含めて、考えていかなければいけないだろう。
「マルク、ちょっといい?」
「はい、すぐに行きます」
店の前はひとまず区切りがついたので、フレヤの呼びかけに応じて戻った。
彼女のところへ行くと、空になった皿を見せられた。
「おかわりってある? お客さんが気に入ったみたいで、もっと食べたいみたい」
「まだ大丈夫ですけど、外のお客も考えるとちょっと厳しそう……」
仕入れの計算を読み違えたことを痛感しつつ、厨房内の簡易冷蔵庫を覗く。
精肉のように保存が利きにくいものは予備をストックしていない。
セバスが収めてくれた分が切れたら、そこで在庫切れになってしまう。
「とりあえず、おかわりの分と予備で何人前かは用意しておくので、注文が入ったら出してください。俺は追加の肉を買ってきます」
「それじゃ、頼んだよ」
フレヤと息が合うことに心が満たされるような感覚を覚えた。
彼女も同じことを思ったのか、目が合ったまま静止したような時間がすぎる。
「二人とも、何やってるんですか? 見つめ合うような暇はないですよ」
「いや、悪い。すぐに行ってくる」
エスカがぷんぷんと言わんばかりに頬を膨らませていた。
まさか、フレヤに嫉妬を覚えている?
……いや、さすがにそれはないだろう。
俺は二人に店を任せると、財布を片手にマーガレット通り方面に急いだ。
店がいい具合に盛り上がることで、全身が加速するように力が湧いてきた。
踏み出す足は軽やかで町の景色が通りすぎていく。
市場の近くに到達してからは人通りが多くなるため、通行人にぶつからないように気をつけながら小走りで進む。
俺は息を切らせながら、マーガレット通りの市場にあるセバスの店に到着した。
セバスはこちらの存在に気づくと、きょとんとした様子で口を開いた。
「お、おう、どうした、何か緊急事態か?」
「はぁはぁ、驚かせて悪いな。肉が足りなくなりそうで、追加を仕入れにきた」
セバスに用件を伝えると、彼は納得したような表情になった。
「お前のとこに卸してる分は別注扱いで、そっくりそのまま同じ部位はない。ただまあ、代わりに使える部分があるから、そいつを持っていけばいい」
「そうか、それは助かる」
少しずつ呼吸が整い、身体が自由に動かせるようになった。
ようやくセバスと向かい合って話すことができる。
「それにしても繁盛してるみたいだな。今日卸した分が足りなくなるなんて」
「席を増やした分だけ鉄板が多くなって、肉の焼ける匂いが遠くまで広がったみたいなんだ。狙ってやったわけじゃないけど」
「市場の串焼きだって似たようなものだ。匂いは客寄せに最高だな」
「ああっ、間違いない」
セバスは会話をしながら、塊肉を分割して切り分けていた。
それから、そのうちの一つを包み終えるとこちらに差し出した。
「実はマルクに影響を受けて牛肉を勉強し直してるところでな。それは自分で焼いて食べるつもりだったハラミだ。よかったら使ってくれ」
ハラミと聞いて包みを少しだけずらす。
中に覗いた牛肉には良質な脂が確認できた。
「セバス、いい肉をありがとう」
値段を聞く前にいつもの相場よりも多めの代金を支払った。
セバスはそれに目を見張った。
「……ちょっと、多くないか」
「つりはいらねえって、言ってみたいセリフの一つじゃないか?」
「そうか、これは受け取っておく。次の仕入れもいい肉を揃えるからな」
「ああっ、よろしく頼む」
肉をしっかりと抱えてセバスと頷き合うと、足早に自分の店へと引き返した。
あとがき
本作を読んでくださり、ありがとうございます。
エールも励みになっております。
引き続きお楽しみ頂けたら幸いです。
見通しを立てるのが得意そうなフレヤも、具体的な数字は読めないと話していた。
事前情報としては店の前を通れば改装していたことは分かることだし、そのために臨時休業することを伝えてあった。
そんな中で迎えた新装開店の時。
緊張を覚えながら店を開くと、常連客を中心にすぐさま集まってきた。
瞬く間にテーブルは五つとも埋まり、入りきらないお客は予備の鉄板と焼き台を設置したスペースを使ってもらうことにした。
フレアはテーブルごとに注文を取り、俺が肉と野菜のセットを運んでいった。
経験したことのないようなペースで、用意した食材が出ていく。
「こいつは立派な店になったもんだ! 開店当初からの常連としては感慨深い」
「ほほう、今日は肉だけじゃなくて、焼き野菜にも気合が入ってるな」
「お手伝いのお嬢ちゃんはなかなかの美人じゃな。マルクも隅に置けんのう」
常連客たちはおしゃべりに夢中で楽しんでくれているようだ。
店内はこれまでにないほどの賑わいを見せており、とてもうれしい気持ちだった。
いつまでも浸っていたくなるような心地よい空気が流れていた。
「ほらほら、足が止まってるよ」
「ああっごめん、店の様子を目に焼きつけておきたくて」
席の全体が見える位置で立っていると、威勢のいいフレヤの声が飛んできた。
彼女は忙しいのに慣れているようで、店内をきびきびと動いている。
「まあ、気持ちは分からないでもないけどね」
「それはどうも」
フレヤは同意を示すように言った後、トレーを片手に歩いていった。
彼女の背中を見送ると、見慣れた人影がこちらへやってきた。
「マルクさん、すごいですね。こんなに人がいっぱいなんて」
「エスカ、どうしたんだ?」
「近くを通りがかったら忙しそうだったので、よかったらお手伝いしますよ」
彼女にも新装開店の日は伝えてあったので、様子を見にきたのかもしれない。
日頃から助けられてばかりだが、その心遣いがありがたかった。
「今は人手がほしい、ぜひ頼む」
「はい、喜んで」
エスカは店内に置いてある彼女専用の前掛けを身につけると、フレヤと共に食器運びや接客を始めた。
二人の間に何やら緊迫した空気をわずかに感じたが、どちらも目の前の仕事に切り替えたように見えた。
「あれ、店の外に何人か立ってるな。もしかして、席が空くのを待ってるのか……」
すでに五組以上入っているのに、待ちが出ることは予想を超えていた。
ここが日本だろうと異世界だろうと、そのまま放っておくわけにはいかない。
ひとまず、声をかけておいた方がいいだろう。
「――すみません、満席なので時間がかかりそうです」
そそくさと敷地の外に出て、待っている人たちに向けて伝えた。
反応はまちまちで諦めたように去っていく人もいれば、気にしない様子で動かない人もいるような状況だった。
「通りを歩いてたらいい匂いがしてきて、外から覗いたら美味そうな肉を食べてるじゃねえか。バラムにこんな店があったんだな」
「設備に金かかってそうだが、また食べに来るから頑張って続けてくれよ」
様々な意見が飛び交っていたが、どれも好意的なもので胸が熱くなった。
感情が高まるのを抑えつつ、伝えておくべき言葉を考える。
「ありがとうございます! よかったらまた来てください。お待ちのお客さんはもう少しお待ちください。席が空いたらすぐにご案内します」
俺が対応していると、エスカが椅子を持ってきてくれた。
何脚か抱えていて少し重そうだが、冒険者をしているだけあって腕っぷしは強いようだ。
「マルクさん、これを使ってください」
「さすがだ、ありがとう」
そのまま待つ様子の人たちに椅子を差し出して、順番に並んでもらうようにした。
バラムの人たちは温厚な人が多いので、我先にとならなかったことに助けられた。
これからは待ちが多くなった時のことも含めて、考えていかなければいけないだろう。
「マルク、ちょっといい?」
「はい、すぐに行きます」
店の前はひとまず区切りがついたので、フレヤの呼びかけに応じて戻った。
彼女のところへ行くと、空になった皿を見せられた。
「おかわりってある? お客さんが気に入ったみたいで、もっと食べたいみたい」
「まだ大丈夫ですけど、外のお客も考えるとちょっと厳しそう……」
仕入れの計算を読み違えたことを痛感しつつ、厨房内の簡易冷蔵庫を覗く。
精肉のように保存が利きにくいものは予備をストックしていない。
セバスが収めてくれた分が切れたら、そこで在庫切れになってしまう。
「とりあえず、おかわりの分と予備で何人前かは用意しておくので、注文が入ったら出してください。俺は追加の肉を買ってきます」
「それじゃ、頼んだよ」
フレヤと息が合うことに心が満たされるような感覚を覚えた。
彼女も同じことを思ったのか、目が合ったまま静止したような時間がすぎる。
「二人とも、何やってるんですか? 見つめ合うような暇はないですよ」
「いや、悪い。すぐに行ってくる」
エスカがぷんぷんと言わんばかりに頬を膨らませていた。
まさか、フレヤに嫉妬を覚えている?
……いや、さすがにそれはないだろう。
俺は二人に店を任せると、財布を片手にマーガレット通り方面に急いだ。
店がいい具合に盛り上がることで、全身が加速するように力が湧いてきた。
踏み出す足は軽やかで町の景色が通りすぎていく。
市場の近くに到達してからは人通りが多くなるため、通行人にぶつからないように気をつけながら小走りで進む。
俺は息を切らせながら、マーガレット通りの市場にあるセバスの店に到着した。
セバスはこちらの存在に気づくと、きょとんとした様子で口を開いた。
「お、おう、どうした、何か緊急事態か?」
「はぁはぁ、驚かせて悪いな。肉が足りなくなりそうで、追加を仕入れにきた」
セバスに用件を伝えると、彼は納得したような表情になった。
「お前のとこに卸してる分は別注扱いで、そっくりそのまま同じ部位はない。ただまあ、代わりに使える部分があるから、そいつを持っていけばいい」
「そうか、それは助かる」
少しずつ呼吸が整い、身体が自由に動かせるようになった。
ようやくセバスと向かい合って話すことができる。
「それにしても繁盛してるみたいだな。今日卸した分が足りなくなるなんて」
「席を増やした分だけ鉄板が多くなって、肉の焼ける匂いが遠くまで広がったみたいなんだ。狙ってやったわけじゃないけど」
「市場の串焼きだって似たようなものだ。匂いは客寄せに最高だな」
「ああっ、間違いない」
セバスは会話をしながら、塊肉を分割して切り分けていた。
それから、そのうちの一つを包み終えるとこちらに差し出した。
「実はマルクに影響を受けて牛肉を勉強し直してるところでな。それは自分で焼いて食べるつもりだったハラミだ。よかったら使ってくれ」
ハラミと聞いて包みを少しだけずらす。
中に覗いた牛肉には良質な脂が確認できた。
「セバス、いい肉をありがとう」
値段を聞く前にいつもの相場よりも多めの代金を支払った。
セバスはそれに目を見張った。
「……ちょっと、多くないか」
「つりはいらねえって、言ってみたいセリフの一つじゃないか?」
「そうか、これは受け取っておく。次の仕入れもいい肉を揃えるからな」
「ああっ、よろしく頼む」
肉をしっかりと抱えてセバスと頷き合うと、足早に自分の店へと引き返した。
あとがき
本作を読んでくださり、ありがとうございます。
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引き続きお楽しみ頂けたら幸いです。
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