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高級キノコを求めて

【幕間】二人の思い出話

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 マルクの店を離れた後、エステルはアデルと二人で町中の通りを歩いていた。
 近くにはエレーヌ川が流れており、遠くに見える夕日が周りの全てを橙色に染め上げている。
 水面から浮かび上がるような橋は美しい輝きを纏った芸術作品のようだった。

 エステルは血のつながった姉妹でありながら、アデルと離れて暮らす時間が長く続いた。
 アデルが赤い髪で生まれたこと、エルフの村での生活を窮屈に思ったことから、家出同然に村を飛び出したことが理由だった。

 そんな姉が隣を歩く姿を目の当たりにして、感慨深い気持ちになった。
 あるいは夕暮れのきれいな景色がエステルの感情を動かしたのかもしれない。

「ここから見える町並みはきれいだね」

「そうね、見慣れてしまって新鮮味は薄れてしまったけれど」

 アデルはエステルに同意を示しつつ、わずかに笑みを浮かべた。
 バラムを訪れてから日が浅いエステルに比べて、アデルは長い期間滞在している。
 エステルほどの感慨を抱かないとしても自然なことだと言えた。

「もう吹っ切れたみたいだね」

「……何のことかしら?」

 周囲を歩く人影はまばらで、エステルは気になっていたことをたずねた。
 帰郷した際、アデルが赤い髪で生まれたことについて両親と話し合うことがあり、彼女は感情を露わにすることはなかったものの、同じエルフに「不吉の前兆」と揶揄されて深く傷ついたことを打ち明けた。

 もっとも、同じといっても他部族のエルフであり、今ではほとんど関わりがない。
 幸いなことに姉妹と同じ村のエルフたちは、アデルが稀有な存在であっても冷たい仕打ちをすることはなかった。

「……わたし、前から気づいてたんだよ。姉さんが赤い髪の毛で生まれたことで悩んでいた時期があったこと」 

 エステルは感傷的な気持ちになりつつ、姉へと思いを伝えた。
 当の本人は素知らぬ顔で、何でもないことのないように言葉を返す。
 
「もう終わったことよ。それに私は特別なんだから、負い目を感じる必要なんかないじゃない」

「あははっ、そうだね」

 アデルの言葉は強がりではなく、本心からであると感じられた。
 先天的に高い魔力を持つエルフという種族にあって、選ばれし者のようにさらに強力な力を有して生まれたアデル。
 彼女がその気になれば、小国を牛耳ることすらできただろう。

 しかし、彼女が選んだ道は美食を堪能して、諸国漫遊を続けることだった。
 
「姉さん、昼食が遅かったからお腹が空かないんだけど」

「ええ、私も同じ」

「まだ寝るには早いし、わたしの泊まってる宿の一階でもう少し話そうよ」

「一階……たしか酒場になっていたわね?」

 アデルが確かめるように問いかけて、エステルは肯定を示すように頷いた。

「もちろん、お酒は飲まないよ」

「あら、何も言ってないわよ」

「……姉さんのいじわる」

 アデルは涼しげに笑いを浮かべており、エステルとのやりとりを楽しんでいるように見える。
 微笑ましい様子は二人の関係性を表すようだった。 

「さあ、行くわよ」

「うん」

 二人は町の中を歩いて、エステルが泊まっている宿の前に着いた。
 この宿は日没が近づいてくると、内と外にある魔力灯を点灯するため、周囲はその明かりでうっすらと明るくなっている。

 バラム滞在に際して、アデルは立派な邸宅を借り上げているが、この宿は標準的な等級だった。質素なところがあるエステルに似合うような雰囲気でもある。

 エステルとアデルは正面の入り口から店に入った。
 一階は酒場になっているため、それなりの広さがある。
 カウンターとテーブルの二種類の席があり、客の姿がちらほらと見えた。

「おやっ、おかえりなさい」

 宿の店主がエステルに顔を向けて、明るく声をかけてきた。
 彼女はそれに応じるように、朗らかな笑顔であいさつを返す。

「店主さん、戻りました」

「今日はお姉さんも一緒なんだね」

「はい、そうなんです。ちょっと一階で話します」

「どうぞどうぞ。注文は後でいいかな?」

「わたしはアイスティーで。姉さんは?」

 エステルは傍らに立つアデルにたずねた。

「グラスワインをお願いできるかしら」

「赤と白、どちらで?」

「それじゃあ、赤でお願いするわ」

「了解。席は空いているところなら、どこでもいいからね」

「ありがとうございます」

 エステルとアデルは店主のところを離れて、店の奥のテーブル席で腰を下ろした。
 
 その近くの席には行商人風の男が二人で座っていた。
 片方の男が姉妹の美しさに興味を惹かれたような様子を見せたが、もう一人の男が諫めるように左右に首を振った。
 おそらく、一人はアデルのことを知らなかったが、もう一人は知っていて止めたのだろう。

 ある程度の情報通ならば、アデルがただのグルメ女子ではなく、強力な魔法使いであることも知っている。
 男たちは何ごともなかったように食事を済ませると、会計を済ませて店を出ていった。
  
「ここのお店は家庭的でいい雰囲気でしょ」

「そうね、落ちつく感じがするわ」
  
 男たちの様子をに気に留めることもなく、エステルとアデルは楽しそうだった。
 そして、そこへ二つのグラスを手にした店主がやってきた。

「お待たせ。アイスティーとグラスワインだね」

「ありがとうございまーす」

「美味しそうなワインね、ありがとう」

 二人にお礼を言われた店主は親しげな笑みを浮かべて離れていった。

「そういえば、見合い話のこともあるのに、村へ向かおうと思ったのはどうしてなの? わたしがこっちにいるから、放っておいても問題なかったのに」

 エステルは気になりながらも切り出せなかったことをたずねた。
 その問いかけに対して、アデルは唇を濡らすようにワインをわずかに口にした後、淡々と話し始めた。
 
「父さんと母さんに直接断っておかないと、エス以外の使いが世界の果てまでやってきそうだったからよ」

「なるほど、そっかー。それはあるかもしれない」

「今はマルクの変化を見ているのが楽しいから、故郷でのんびり生活しようとは思えないわ。それに、まだまだ食べたことのない料理があるはずだから、これからも旅は続けるつもり」

 アデルは優しげな表情を見せた後、どこか遠くを見るような瞳をしていた。 
 エステルの目からも、アデルがマルクに関心を抱いていることは分かった。
 
「この際、見合いのことはどうもでいいけどさ。マルクって男の子はどうなの、見守りたいような感じってこと?」

 年若いエルフであるエステルの目から見ても、マルクが人間である以上、ずいぶんと若く――言い方を変えるならば幼く見える。
 少し考えるだけで、アデルが恋心を抱く可能性が低いことは推察できた。

「ふふっ、面白いことを訊くわね。小動物は言いすぎだとしても、見守りたくなるような感覚はあるかもしれない。それに彼と行動を共にすれば、美味しいものにたどり着く可能性が上がるのよ」

 アデルがマルクのことを気に入っていることを示唆するように、彼女は楽しそうに話していた。
 かつては近寄りがたく、ピリピリしていた頃の彼女を思えば、今の彼女は別人のように思えてしまうほど、雰囲気が柔らかくなっている。
 その一端がマルクであることに気づき、エステルは彼に感謝の気持ちを抱いた。
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