上 下
195 / 469
高級キノコを求めて

コショネ茸の試食と新たな方針

しおりを挟む
 コショネ茸のソテーが完成した後、厨房から外に出てハンクを待つことにした。
 屋外のテーブル席には煌めく陽光とさわやかな風が当たっている。
 空には薄い雲がいくつか浮かび、まずまずの晴天だった。
 
「……あれ、おかしいな? 朝食の時間に来るって言っていたような」

 しばらく待っていても、彼の姿は現れなかった。
 ハンクは細かいことは気にしないものの、基本的に約束を守るような性格だ。
 何か来れなくなることがあったのかと思うと、少し心配になってきた。

「どうする、探しに行くか……」

 バラムの町はそこまで狭いわけではない。
 探し回るうちに入れ違いになる可能性もある。
 
「まあ、こんなこともあるか」

 俺はもう少し待つことにして、コショネ茸のソテーをフォークに刺して食べた。
 店の前を歩く人はまばらで、ここはのどかで落ち着く雰囲気だった。
 時折、街路樹に小鳥が飛んできて、ピーピーと鳴いては去っていく。
 
「ひとまず、明日の営業の準備はしておいた方がいいか」

 急ぎの予定はなく、今日中に肉の仕入れや敷地内の手入れは済ませておきたい。  
 それ以外は自堕落にすごしたところで、何の問題もないだろう。
 しかし、日々活動で動き回っているせいか、何もしないのもソワソワする。

「……ハンクじゃなくてもいいから、誰かに食べてもらうのもいいか」

 そんなことを考えていると、誰かが店の敷地に入ってきた。
 気配のする方へ目を向けたところで、見慣れた人物が近づいていた。
 
「――マルクさん、おはようございます」
 
「あれっ、エスカ? 今日はどうしたの?」

 ハンクが来たと思ったので、何だか間の抜けた反応になってしまった。
 エスカはこちらを向いたまま、質問に答えようとしている。

「ええと、ハンクさんは町の人のお手伝いが急に入ってしまったみたいで、ここには来れないみたいです」

「……ああっ、なるほど」

 ハンクが来なかった理由が分かり、すっきりする気持ちだった。
 そういった事情があるのなら、仕方がないことだと思った。

「たまたま、近くをわたしが通りがかって、マルクさんに行けそうにないことを伝えてほしいと頼まれました。大工仕事をしてたみたいなんですけど、ハンクさんは何でもできてすごいです」

「それで来てくれたのか、わざわざありがとう」

「いえいえ、どういたしまして」

 エスカはにっこりときれいな笑顔を見せた。
 冒険者仲間だった頃から、異性として意識しないようにしているが、愛くるしいところはあると思う。

「そういえば、ハンクに食べてもらうつもりで作った料理があるけど、よかったら食べる?」

「えっ、いいんですか?」 
 
「材料はまだ残ってるし、全然気にしなくていいよ」

「それじゃあ、お願いします」

「今から用意するから、座って待ってて」

 テーブルの上にあるものは冷めている上に、少しつまんだ残りだった。
 俺は厨房に戻り、フライパンに残してあった分を新しい皿に盛りつけた。
 余熱で温かさが残っていたので、加熱する必要はないようだった。

「はい、お待たせ」

「うわぁ、いい匂い」

 エスカの前に皿を差し出すと、彼女は目を輝かせた。
 バラムではコショネ茸は手に入らないと思うので、エスカがこれを食べるのは初めてかもしれない。

「コショネ茸って知ってる?」

「うーん、名前ぐらいは聞いたことあるかなって感じです」

「これはそのコショネ茸なんだ。デュラスに行くと流通してるみたいで、けっこう高級らしい。説明はこれぐらいにして、食べてもらおうか」

 自分の手に持ったままだったフォークをエスカに手渡す。
 彼女はしっかりと受け取ると、待ち遠しいと言わんばかりの表情で皿をじっと見た。

「いただきまーす」

「どうぞ、召し上がれ」

 エスカは慎ましい所作で香りを堪能した後、皿の上のコショネ茸をフォークに刺した。
 うっとりするような表情に、彼女の期待値の高さが窺えた。
 
「うん、すごい美味しい!」

 エスカは料理を口に運んだ後、満足そうに言葉を紡いだ。
 今までに見た中で指折りの好感触だった。

「気に入ってもらえたみたいでよかった」

「すごいなー。こんなキノコが存在するんだ」   

「これはデュラスの山の方で採ってきた」

 俺が説明すると、エスカは疑問が浮かんだかのように首を傾けた。

「あれれ、デュラスってそんな近かったですか?」

「そういえば、まだ話してなかったな……」      

 俺はデュラスまでの往復が短かった理由とテオについてざっくり説明した。
 エスカに隠すほどでないと判断して、信頼していることが大きな理由だった。

「――えぇっ!? 飛竜に乗れるんですか!」

「向こうが協力的なところが大きいけどな」

「何も知らない人に見られたら大騒ぎになるので、たしかに目立たない方がいいと思います」

 エスカは驚いたような反応を見せた後、納得したように頷いた。
 今までの関係性も大きいと思うが、予想通りで安心した。

「テオ……飛竜の話はこの辺にして、キノコのことをもう少し話せるか?」

「ええ、いいですよ」

 コショネ茸を提供する場合、食べたことのないバラムの人たちが対象になる。
 エスカの意見はある程度参考になるはずだと考えていた。

「試食で出すのは大丈夫そうだけど、お金をもらうのはどうか気になるんだ」

「あの、マルクさんが気にしてるのは金額ですか? それとも量のバランスとか?」

「常連の人が多いとはいえ、いい加減な値付けはできないと思っていて。採ってきた量は少なくないんだけど、一時的な提供だと定着しないよな」

 エスカは大らかな雰囲気ではあるものの、頭はそれなりに切れる。
 いい質問を返してくれたおかげで、考えが深まった気がした。

「試食として出してみたり、付け合わせ的に出したりすれば、しばらくは足りると思いますよ。でも、鮮度とかも気にしないといけませんよね」

「そうなんだよ。コショネ茸は長持ちしやすいとはいえ、限度があるんだよな」

 レア食材商人のジョゼフに触発されて、まずはコショネ茸導入に着手した。
 現物を手に入れられたところまではよかったが、一時的な取り組みで終わってしまいそうだった。

「うーん、ハンクさんなら詳しそうですよね。それにアデルさんも。二人に協力してもらったらいいじゃないですか?」

 エスカはあっけらかんとした様子で言った。
 俺自身も気づいていたことだが、二人が協力してくれれば、どうにかなりそうな気がしていた。

「……ふうっ、悩んでもしょうがないな。コショネ茸はお客に出すのはやめて、自分たちで食べるか。それなら、量を気にしなくて済むし」

 頭にまとわりつくような霧が晴れる感覚がした。
 せっかく手に入ったのだから、コショネ茸は自分や仲間と堪能するとしよう。

「エスカ、ありがとう。次の食材はまた探すとするよ。ところで、おかわりはいるか?」

「ええ、ぜひ!」

 エスカの晴れやかな笑顔をみると、これでよいのだと思えた。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

異世界で家族と新たな生活?!〜ドラゴンの無敵執事も加わり、ニューライフを楽しみます〜

藤*鳳
ファンタジー
 楽しく親子4人で生活していたある日、交通事故にあい命を落とした...はずなんだけど...?? 神様の御好意により新たな世界で新たな人生を歩むことに!!! 冒険あり、魔法あり、魔物や獣人、エルフ、ドワーフなどの多種多様な人達がいる世界で親子4人とその親子を護り生活する世界最強のドラゴン達とのお話です。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

転生テイマー、異世界生活を楽しむ

さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

称号は神を土下座させた男。

春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」 「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」 「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」 これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。 主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。 ※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。 ※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。 ※無断転載は厳に禁じます

処理中です...