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飛竜探しの旅

メルツ共和国のモルジュ村

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 次第に高度が上がり、村の様子が眼下に広がっていった。
 まだ昼頃の時間帯なので、モルジュに向かうだけなら明るいうちに到着するはずだ。
 こわごわと離れていく地面を見つめていると、脳裏にテオの声が響いた。

(マルクよ。話しておらんかったが、速度はどうする?)

「とりあえず、安全運転で」

(何やら専門用語めいた言葉だな)

「要約すると、俺たちを振り落とさない程度に控えめでお願いします」

(そういうことか。加減をするのは初めて故、しっかり握っておれ)

 ここまでは高度を上げるだけだったテオだが、徐々に前進を始めた。
 本人が言うように、どこかおっかなびっくりというような動きだった。

「ハンクと地図を確認してましたけど、方向は問題ないですか?」

(我を侮るでない。その程度のことなど、すぐに覚えられる)

 多少風の抵抗があるものの、話を続けられる状態だったので、そのまま会話を続けることにした。

「そういえば何か得意なこととかあるんですか?」

(ふむ、得意なことか)

 少し考えるような間があった後、テオの話が続いた。

(剣術は得意だ。本を読むうちに興味が湧いて自己流で覚えた。草原を訪れた人間相手に模擬戦をしたこともある)

「へえ、剣が使えるなんて意外です」

(おぬしが望むのならば、相手をしてやろう)

「それは面白そうですね。また今度やりましょう」

 テオは飛ばしすぎないように気をつけてくれているはずだが、移動距離が伸びるにつれて吹きつける風が強くなってきた。
 これ以上は会話を続ける余裕がなくなり、口を閉じた。
 少しの間、その状態のままでいたが、風が静まったところでテオに声をかける。

「幻覚魔法が使ってあるので、高度をもう少し下げてもいいかもしれません」

(ふむ、そうしてみよう)

 テオは思ったよりも素直に応じて、ゆっくりと高度を下げた。
 地上が近くなった分だけ、風も和らいだ感じがした。

 飛竜に乗った状態はまるで鳥になって滑空しているような感覚だった。
 眼下に森が見えてその上を通過した後、緑の広がる草原が目に入った。
 命綱がないのは恐ろしいが、爽快感のある乗り心地でもある。

 テオの背にしがみつきながら、地上の様子に目を向けていたが、国境を見分けることができなかった。
 関所周辺は砦があって分かりやすいものの、国境線に沿って延々と壁があるわけではない。
 移動時間を計算すれば、すでにメルツ領に入っているような気もする。

 あらかじめ聞いていた通り、田舎のようで人工物はほとんど見当たらない。
  
「あと、どれぐらいで着きそうですか?」

(我の感覚ではそこまでかからん。しばし待つがよい)

「了解です」

 テオの声が穏やかに響いたような気がした。
 彼のいた世界がどこまでの広がりを持つかは分からないが、こうやって自由に空を飛べることが心地よいのかもしれない。
 全身を流れていく風を浴びながら、テオの心中について思いを巡らせた。

 やがて目的地が近づいたようで、テオが徐々に高度を下げ始めた。
 緩やかに下降しているため、そこまで風の抵抗は大きくない。
 
「向こうの方に家がいくつか見えますね」

 俺は後ろを振り向いて、アデルに声をかけた。

「人が生活していそうな雰囲気だけれど、幻覚魔法が効いていればテオの姿は見えないはずよ」

「念のため地面に下りたら、すぐに人の姿になってもらいますか?」

「そうね、その方が無難だと思うわ」

「テオ、聞こえますか? 着地したらなるべく早く人の姿になってください」

 俺はアデルに確認したことをテオに伝えた。

(ふむ、問題ない)

 テオは翼を動かすのに集中しているようで、短い返事が返ってきた。
 
 徐々に草の生えた地面が近づき、テオはゆっくりと着地した。
 俺はその背中に手を突きながら、足元を確認して下りた。

 状況を確認してみると遠くには小高い山があり、この周りには緑がなびくような草原が広がっている。
 上空からは分かりにくかったが、高低差のある地形だった。

 エルフの村は平地にぽつりぽつりと家が建っていたが、ここは山の低いところから高いところまで、広めの間隔を空けて建っている。

 こういう地形を見ると、無性にやってみたくなることがある。

「――ヤッホー!」

 耳を澄ませるまでもなく、俺の声はリフレインして遠くまで響いた。
 こういうことをしてしまう辺り、転生前の記憶は侮れないと思う。

「何それ、何かの呪文?」

 アデルが不思議そうな顔でたずねてきた。
 俺は適当な理由をつけて答えることにした。

「何となくやってみたくなるやつです」

「よく分からないけれど、何だか楽しそうね」

「ちょっとだけ恥ずかしいですね」

 アデルが親切に応じてくれたので、何だか照れてしまう。
 二人で話していると、テオの背中から下りてきたハンクが加わった。

「今のやつ、けっこう面白そうだな」

 ハンクはそう言った後、俺たちから少し離れてから遠くに向かって叫んだ。
 大迫力のシャウトが響き渡り、遥か彼方まで届きそうな声だった。

「うーん、すごい声ね」

「これはこれで楽しいが、遊びの時にしかできないな。冒険の途中でやるとモンスターに見つかるし、繊細な種類は逃げちまう」

 ハンクはいかにも冒険者らしいコメントを残した。
 皆に時間を取らせてしまったので、仕切り直すようにたずねる。
 
「ところで、ここがモルジュの村でよかったですか?」

「ああっ、そうだ。間違いない」

 ハンクは自信ありげに答えた。
 テオの方に視線を向けると、伝達した通りに人の姿になっている。

「皆の者、温泉に向かうぞ」

「けっこう乗り気じゃねえか。温泉の効能が気になるってどこか悪いのか?」

「ふん、些末なことよ」

 テオはぷいと背を向けた。
 俺には不機嫌というよりも弱点を晒したくないという強がりに見えた。
 ハンクも同じことを思ったようで、それ以上は訊かなかった。
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